第4話 マユミ、入会す。

 後半もみっちり先生にしごかれ、それでも楽しそうにあーだこーだと楽譜に書き込んでいき、楽しそうに歌っている皆の姿を見ていると、見学に来てよかったとマユミは思った。雰囲気が本当にいい。

「はい、今日はここまで。お疲れさまでした」

「お疲れさまでしたー!」

 先生が終了を告げて合掌して一礼する。と、皆も合わせて合掌して一礼した。……まぁ、お坊さん気分が抜けないのだろうなぁ、とマユミはその様子をぼんやりと眺めていた。ぼんやりしているところへ、先生がやってきた。

「モリタさん、練習を見学した感想はいかがですか?」

「あ、はい。ええと、皆さん楽しそうで良かったなぁって。あの、私もこちらにお邪魔させていただきたいなって思っているのですが」

 まだ仮の見学だというのにぽろっと言葉が出てしまった。

「まぁ!入会してくれるの!?」

 モリヤマさんがトーンの高いソプラノ声を出す。

「さてはてパートはソプラノかアルトか。人数的にはアルトに欲しい所ですがね」

 タナカさんも上機嫌だ。アルトパートの人たちもさわさわとささやいている。

「入会の決意、ありがとうございます。書類関連はタナカさんに任せているので、タナカさんにお聞きくださいね。ようこそ、晴れるや会へ。モリタさんの入会を一同喜んでお迎えいたします」

 先生も嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。わー、今頃ドキドキしてきた。

「では次に来れる日から参加してください。曜日は決まっていますので、来れない日にメールでお知らせいただけると助かります。あ、メールアドレスは後日で結構です。今日はもう遅いですしね。手続きは次回行いましょう」

 タナカさんが時間を気にして退席を促してくれた。そういえばあっという間に時間が過ぎた感じがする。ありがとうございました、と席を立ち、先生と皆に向かって一礼した。

「ソプラノに来てね~!」

 モリヤマさんが手を振って見送ってくれた。いやいやアルトでしょーとアルトパートからツッコミが来る。また次回よろしく!お疲れさまでした~、と声を掛けられつつ、練習室を後にした。


 入会、してしまった。たった2回、歌声を聞いただけで。

 帰宅途中、ふわふわとした感覚で道を歩いていた気がする。気が付くとアパートの部屋の前に立っていた。なんだか新しい道が拓けた気がして、気持ちが高揚している。今日はうまく眠れるかしら、とマユミは思いながら玄関のドアを開けた。



 翌日、講義の合間にミッタさんがやってきた。おはよう~と欠伸をしながら隣の席へ座る。

「で、どうだったの商店街サークル」

「うん、入会することにしたの」

「早っ 即決?その場で?すごいじゃんそんなに良かったの?」

「うーん、歌がものすごくうまいわけじゃないんだけど、歌ってる人たちが練習中でも本当に楽しそうでいいなぁって思って。気が付いたら入りますって言っちゃってた」

「あらら。勢いってすごいねー」

「ねー」

「でもサークル活動もいいけどさ、ゼミの課題もやらないとだよー」

「わかってるってば。本は買ってあるから読み込めばいいんでしょう?」

「そうそう、教授のツッコミに耐えられるようにね」

 そう言ってミッタさんは付箋のたくさんついた資料を机の上に広げた。すごい、よく読み込まれている……。同じマユミの資料はまだ買ったばかりの新品の姿をしていた。これは差をつけられる。晴れるや会に浮かれてばかりはいられない。大学は勉強するところなんだ、と改めて感じた。講義開始のチャイムが鳴る。今日から講義はちょっと気合いを入れて聴かなければと、マユミは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る