Ⅲ.この物語の終わりは冒険の始まりを意味する

第1話 冒険の定義

「誠人くん。魂が抜けてしまったのかな?」

 

 その一言で、俺は我に返った。


「あ、そんなことない」


俺の返答に秀は目をパチクリさせた。


 そうか、俺らはさっきまで軽く言い争っていたんだった。それが急に毒を吐かなくなったらなんだか変に思うよな。でも、俺はもう苛ついてなどいない。なぜだろう。


 それは、俺らが冒険に出るきっかけとなった一連の出来事を思い出したからだろうか。御徒町秀人に対するイメージが変わった、あいつも俺らと同じ心を持っていると気づかされたあの出来事。決して悪いものではなかったな。


 俺は御徒町の方に体を向けてこう言った。


「さっきは悪かったな。ごめん」


「何故謝るのかな? まぁいいけど」


「でもこの吊り橋は渡るから、絶対に」


「……はぁ。誠人くん、少しは危険を顧みてくれないかな?」


呆れた表情かおで溜め息をついて訊く秀。そいつに俺はドヤ顔でこう言った。


「嫌だね。危してこそ冒険だろ?」


「はぁ~……。寒いな。順番逆だし」


 どうやら俺と秀の会話はずっとこんな感じで続いていくらしい。秀才ならではの毒舌もそのうち慣れてくるだろう。


 そんなわけで、俺らは現在いま、冒険の開始点となる吊り橋の前にいる。これから何があるか、どんな試練が待ち受けているのかは分からない。実際に渡ってみないと分からない。それが人生冒険というものだ。


 いつの間にか、風はぴたりと止んでいた。吊り橋は微動だにせず、勝ち気に誇っているようだ。強風に勝ったのだろうな。おめでとう。なんだか、止んだ風と動かない吊り橋が俺らを応援してくれているようにも見えてきた。


「よしっ、行くぞ!」


 俺は吊り橋に足をかけた。


「はぁあっ、ちょっ、待っ!!」


秀才に似つかわしくない秀の叫び声は、晴れ渡る渓谷にこだました。

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