Ⅱ.日常は小さな事件でできている

第1話 ミラージュ

 強い日差しが照り付ける中、俺は長い道のりを歩く。遥か遠くに水溜まりがある。近付けば近付く程、それは遠のいてゆく。そうか、これは水溜まりではなく逃げ水なのか。――暑い。もう10月下旬だというのに。まだ朝の8時にもなっていないというのに。地球温暖化の影響だろうか。


 ――そんな事を考えながら1㎞先の学校を目指す。市内とはいえど、田舎だ。暑いなんてずっと考えていたらやってらんない。でも、頭の片隅から「暑い」の2文字は消えない。消えてくれない。


 ようやく学校に着いた。[3118]というシールが貼られた下駄箱の扉を開ける。この中に、冒険という非日常的な出来事の招待状が入っているとは知らずに。


 キィィッ。


 何気なく下駄箱に目をやった俺は、普段入っていない物があることに気付いた。そして、口を開けて呆然としてしまう。


「おはよ、セイ。お前何でさー、ポカーンって口開けて突っ立ってんの?」


 俺に話しかけてきた彼の名は、ゆう――たわら優。勉強はそこまで出来ないし、運動もずば抜けて出来るわけじゃない。そんな彼の取り柄は優しさだ。とても優しい俺の親友。


 寝癖がついた彼は俺の下駄箱を覗き込む。


「すごっ……。これって……」


 彼も俺と同じように口を開けて突っ立っている。その間も登校ラッシュを迎えたこの時間はたくさんの児童が通り過ぎてゆく。呆れたような、不思議そうな目で俺たちと開けっ放しの扉を交互に見ながら。――その開けっ放しの下駄箱に入っていた物とは――。

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