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レフィーナ。フルネームは誰も知らない。

ただこの世界の冒険者において最高級の証である金剛級の持ち主の一人なのだが、当の本人の希望により金級のままでいるらしい。

基本人と関わろうとしないミグラント、そもそもランクが低いのと何故か姿を見せない椎奈は彼女の存在すら知らないのだが。

私も大した情報は持っていない。…前も思ったのだが、私達は人間と積極的に関わろうとしない気がする。怪物である以上、それは当然のことではあるのだが。

見た目を偽装するのに一苦労する自称海兵隊のサイボーグ三人組、偽装以前の問題の蒼天、する必要がないヤクモはいいとして、外見が個性的なミグラント、女性にしてはでかめなだけの椎奈はもう少し積極的に接触を図ってもいい気がする。

ただ、椎奈についてはそれは誤りで、彼女はあまり前に出さない方がいいと分かってしまった。

不快になる→暴力で解決のトリガーがあまりにも緩すぎるのだ。

自称前世が怪獣で解決するレベルではない。彼女自身がそもそも暴力に訴える速度が速い。まるで、人間が嫌いかのように。彼女が根本的に幼稚過ぎる、というのもあるのだが本人の言を信じるなら普通に高校生活を送っていたらしいのだが。

それもまた、叢雲からすればありふれたものなのかもしれない。私は日本を偏った形でしか知らないが、日本人(自称だが)の叢雲にとっては、彼女のような少女というのはありふれているのだろうか。

そんな思考をしていながら、私はそのレフィーナと戦っている。


動き自体は良く言えば実直。悪く言えば単調。だが椎奈に比べれば彼女の動きはかなり多彩だ。というより、動きがおかしい。

まるで、ではなくその通りに突然全く違う生物と戦わされている。

右手が突然伸びて、短刀が大剣のリーチで襲い掛かってくる。

突然体格が縮んで、私の攻撃を回避してくる。

もう一対の腕がカマキリの(気づいたらなくなっていた椎奈の肩のあれのような)鎌のような形になって振り下ろされたり、私の攻撃を防ぐ。

たった今も、突然左腕がオークのように肥大化したと思ったら強力な一撃を放ってきて、防ぐことはできても勢いで後ろに下がらされてしまった。

冒険者の怪死事件の重要参考人として冒険者ギルドだけでなく様々なギルドに狙われている彼女だが、この様子を見るに彼女が手を下したか、何らかの関係があるのは明白であった。


そこかしこで火の手が上がっている近未来な都市の一角で高周波でもエネルギー刃でもない剣が火花を散らして激突している。

打ち合ってるのはそれぞれ傭兵の中でも上位に位置するカーネイジと金級だが実際は金剛級冒険者のレフィーナなのだが、困ったことにどっちも似たような姿に格好してるのよね。と半壊したコンビニから辛うじて食べれそうな菓子らしきものを食べながら椎奈は見学していた。

どっちも何をやっているのか椎奈にはよく分かっていない。

分かっているのは金髪ツインテールのカーネイジも金髪ポニーテールのレフィーナも互角の打ち合いを続けている、ということくらいだ。

冒険者になったのだが、彼女はギルドに立ち寄った回数は片手で数えれるくらいで、あとはカーネイジがヒナに餌を与えるように依頼を持ってくるのをこなしているくらいだ。そのおかげと最初の依頼を達成した結果飛び級で銀級になったらしいのだが、当の彼女は全くギルドに姿を見せることはなかった。

その為、カーネイジがたまに話す冒険者の話はまるでおとぎ話のように聞こえていた。

その全部をいつかわたし達が殺すんだから覚えておくべきことなんてないと思うのだけど。と思いながら、彼女が遭遇した冒険者たちの話を聞いていた。

今カーネイジが戦っているレフィーナは、そんな彼女が「明るい話ばっかりで本質が分からないから怖い」と言わしめた存在だ。

魔物退治から庭の草むしりまでなんでもかんでもこなしているだけで最高位の冒険者になっただけの、普通の女の子(今や人間かも怪しいが)じゃないのかしら。と思いながら聞いていた。ただ。

カーネイジが話す冒険者たちの話の最後は「だがぼくが殺した」で終わっていた中でレフィーナとあと数人くらいがその締めで終わらなかった。

きっと、何でもやってるから強いんでしょうね。そう思いながら続いておよそおにぎりと思いたい物体を食べていた。中身の具らしきものは多分ツナマヨだと信じながら。


鈍い金属の激突音が剣槍とクレイモアの間で火花を散らして響く。

瞬時に攻撃のリーチが伸縮するとはいえ、動き自体はカーネイジからすれば単調であるため後はリーチが伸びるか縮むかを見極めるだけになっていた。

それはレフィーナ自身も分かっている。なので。

レフィーナが後ろに下がり、第二の両腕が交差して振り抜かれる。

それと同時にカーネイジが剣槍を振るって投げられたクナイのような形をした暗器を弾いたのは同時だった。瞬間、彼女の顔が視界一杯に広がる。第二の両腕は背中に回っている。先程までは腕が昆虫系の魔物に変化しての切り裂きかオークのような屈強な亜人の腕に変わってのアームハンマーのいずれか。

が、カーネイジの耳に入ったのはようやく聞こえるようになってきた変化する時の肉や骨が軋んだり裂けるような音ではなかった。

カチャ。かカチ。と書くような金属質の音。そして腕がこちらを向いた時にあったのは、両腕にそれぞれ握られた古い形の散弾銃二丁。水平二連と呼ばれるような、二つの銃口が横に並んだものだ。

「あ、死んだわね」いつの間にかおにぎりのようなものを食べながら椎奈が思わず呟いたのが耳に入ったのと合計四つの銃口が同時に火を噴いたのは同じだった。


あの子の頭の中ってちゃんと脳みそ入ってるのかしら。中からなんか変な生き物出て来たらどっちを先に潰せばいいのか悩むところね。

そんな事を考えながら指についた恐らく米を食べながら椎奈は硝煙か爆発の煙に包まれた二人の方を眺めている。

「???」疑問符が頭に三つほど浮かんでそうな顔をしたのはレフィーナ。

煙の向こうに青白い光が見え、盾の形の魔力を構えたカーネイジの姿が見えたからだ。

あまりにも何もしてこないもう一人に困惑したのもあったが。

魔力の盾のシールドバッシュを散弾銃で押さえるが次の手を考えるよりも先に剣槍の一撃が散弾銃を両断。一瞬でソードオフショットガンに改造された銃を手放しながらレフィーナが後ろに飛び退いた。

「お前今死んだわねって言っただろ!ぼくが死んだら次の相手はお前なんだぞ!」

「そりゃ銃口×4向けられてたら死ぬとしか思えないじゃない。あなたで知ってるのわたしを巴投げできるくらいしか知らないんだもの」

わたしなら突進一回で済むわよ。と呟きながら三個目のおにぎりらしき黒い三角形の物体を頬張る椎奈。

「いつか殺し合うかもしれない奴相手に自分の手札を全部見せる阿呆がいるか!」

「わたしが出来る手札全部あなたに見せたわよ」

「アレ以外にも出来ることを増やせ!」

能天気そうに何かを食べている椎奈に怒鳴ると、カーネイジは再びレフィーナに向く。その時には既に再び彼女が飛びかかっていた。

触手化した右腕を振るい、続けて蟲化した左腕を振るったのを弾かれると身体を大きくひねる。その動きと共に与えられた三度目の衝撃を剣槍で受ける。見ると、殴打するためだけのような太さの尻尾が振り抜かれた所だった。

回し蹴りではなく尻尾なのは反撃を想定したものか。

と思った時、何かが唸るような機械音がカーネイジの耳に入る。音の主はレフィーナ。そう認識した次の瞬間には身体をひねって一回転した彼女がチェーンソーを突き出してきた。正確には、左腕がチェーンソーのような機械剣になっている。

生物に捉えられるなら機械も変化可能か。と思考しながら魔力で形成された盾で防ぐ。が、その盾が刃に触れた瞬間すさまじい勢いで盾全体にヒビが入った。

魔力に対して効果を発揮する特殊な刃を有しているようだ。あるいは多段ヒット判定のようなものが働いて盾の耐久力が限界にまで削られたのか。

そのまま盾が破壊された上でもう一方の腕が鉤爪状の虫の腕に変わっており、その腕の一撃で剣槍を弾き飛ばされる。第二の両腕が再び背中に回っている。

普通なら確実に負けた状況だ。叩き潰すためにオーガあたりの大型亜人の腕に変化させてのアームハンマーでトドメか、別の何かか。

そのつもりなのは既に分かっていた。


今度こそ死んだかしら。そんなことを思う椎奈。

レフィーナの第二の両腕の手首に巻いていた魔法のスクロール、異空間に物を格納する魔法が記されたスクロールからもう一本の大剣が召喚され、両手に握られる。

先程の突然の暗器はこうしてスクロールに格納されていたのを召喚して放ったのだ。

彼女自身を陰に大剣が構えられ、ばね仕掛けのように振り下ろされた。

それと同時。カーネイジの脇腹付近が突然発光した。それに混じって何か火薬の炸裂音のような爆発音も聞こえ、さらに言えば彼女が脇腹付近で何かを握り、引き抜くような動きをしていて。

カーネイジの頭蓋を叩き割る筈だった大剣が綺麗に切断され、続いて彼女のものではない鮮血が迸った。今まで表情が変わらなかったレフィーナの顔が驚愕に染まる。

剣槍を弾かれた彼女の腕に握られているのは刀だ。青白い、あるいはほのかに緑色に輝く刃を持っている。鞘には古めかしい銃の仕掛けが取り付けられていて、煙が上がっている。

一方のレフィーナの第二の両腕は切断こそは免れたものの骨を砕かれたのかあらぬ方向に曲がり、血に染まっている。スクロールを隠すためと防具として装着していた籠手が粉々に砕けていた。

カーネイジが複数所持している武器。その内の一つが今握られている刀だ。

彼女の言葉を全て信じるなら、彼女の前世、師事した魔術の師から授けられたと言われるその刀は、魔力の刃を放つ能力を持っている。

そして何処かの世界で彼女が死にかけた際に目撃したある特殊な機構を持った刀から着想を得たのが、鞘に取りつけた炸裂機構である。

簡単に言えば、火薬の撃発で居合いの速度を無理矢理上げている。と後にカーネイジは椎奈たちに話した。本当に速くなっているのかと聞かされた全員は思った。

今は火薬の撃発で無理矢理抜刀したのを魔力で刀を保持、居合い切りのように挙動を誘導した。

レフィーナの籠手は対魔法防護が施されたもので、魔力の刃は防ぐことができたものの、師曰く「隕石の鉄」で鍛えられた刃の一撃と正面からぶつかった結果、籠手が粉々に砕けてその下の両腕の骨も破壊されたのだった。

「…っ!?…???」確実にトドメを刺せると思っていたレフィーナの顔が困惑に染まっている。その顔に痛みに呻くような雰囲気はない。痛覚はないようだ。

もはや使い物にならなくなったのだろう、第二の両腕が付け根から外れる。自切能力によって早々に使用不能になった部位を排除したのだ。再生能力を有した生き物は少なくない。それが本来なら存在しない架空の世界の生物であればなおさらである。

「…、…!!!」まるで椎奈が気合を入れる時と同じように、身体をよじりながら両腕を大きく広げて伸びをするように獣か、何かが獣の真似をするように叫ぶレフィーナ。アンジェリカと名乗った怪しいシスターが椎奈をなんどもフレデリカと呼び間違えていたところを思うと、椎奈と何らかの関係がありそうな気がする。

吼えるような挙動をした後、彼女は四つん這いに近い所まで体勢を屈める。

やはり、相手に何をするのかの全貌を見せないような動きをする。つまるところレフィーナの強さは、何をしてくるのか分からせないままイニシアチブを握り続ける戦い方にあるのだろう。どういう能力を持っているのか分かった所で、どの状況で何をしてくるのか察せられないようにすればいい。

そういう意味では、彼女にもはや手札はない。カーネイジに機械生命体というくくりでいけば機械まで取り込むことができると見せてしまったのだ。

つまり、今からレフィーナはとっておきを出すか、別の技を繰り出す必要がある。

もっとも、彼女のとっておきは今現在では何の役にも立たないのだが。

両手を前に突き出し、スクロールから一本の槍を召喚して両手で握り、前に構える。

その間、両脚が蟲の脚へと変化する。形状としてはバッタだ。跳躍のための脚力を、突進の力へと変えるためだ。ダメ押しとばかりに、腰にはブースターが生える。

脚の爆発で飛び出し、その後に点火して更に速度を上げるためだ。

勿論外せばその時点で終わりである。だが、勝っても負けてもレフィーナには問題ではない。能力がバレてしまったのは取り返しのつかない問題だが、バレるのは些事に過ぎない。アンジェリカにとっても、彼女にとっても。


準備は整った。あとはその瞬間を待つだけ。突撃が確実に命中する時を。

あの刀の炸裂よりも速く、魔力の盾で防ぎきれない威力で、眼前の目標を破壊する。

そしてその時は。

「王様ーそっちはどうなってるッスか?」とさっきから食べ物を食べてばかりの黒衣の女性ではない、変に明るい機械音声にカーネイジが顔を向けた時に訪れた。

跳躍。炸裂。ほんの一瞬だけ音速に等しい速度になり、彼女は鉄の槍を備えた肉弾となってカーネイジに命中した。はずだった。

バチリ、と表すような電流が迸るような音が、彼女の背後が黄色く光ると同時にレフィーナの耳に入ったのと、顔を声がした方に向けたままいつの間にか後ろに回していた右腕が凄まじい速度でレフィーナの腹部に叩きつけられた。

違う、正しくは、右腕に握り締められた雷で形成された槍、あるいは杭が。

「?????」流石のレフィーナも何が起きたのか理解するのに時間がかかり、次に訪れた雷属性の魔力の炸裂が高出力の電流として彼女の全身を問答無用で焼いたことで突撃が失敗したのだということを叩き込まれた。

突撃の勢いがそれだけで完全に止められ、多少空中に浮いたレフィーナに続けてカーネイジが身体を大きくねじりながら、レフィーナと同じようにどこからともなく巨大なハンマーを持って振るう。武器を召喚していた彼女とは異なり、カーネイジのものは光の線と粒子で形成されており淡い光を放っている。

「???!!????」今度は何が起きるのか、と彼女の脳が、思考が予想するよりも速く光の大槌はレフィーナに突き刺さったままの雷の杭を強かに打ち、その衝撃が雷の魔力の爆発と共に彼女の全身にもう一度伝わり、彼女は大きく吹き飛ばされていった。

受け身も何も取らないまま地面を転がっていき、全身が焦げ付き、煙をプスプスと上げたままレフィーナは完全に動かなくなった。


「相手に分からん殺し…初見殺しをする時はその技で確実に倒せると確信した時にするべきだったな、レフィーナ」

それと藤森、きみも見たように何かしらの芸を仕込む努力をするべきだ。と言いながらカーネイジが椎奈の方を見ると。


さっきまで何かを貪っていた彼女の巨体はどこにもなかった。

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