50

藤森椎奈。コールサインはディートリンデ。

身長189cm、推定体重107kg。

本人曰く最後に測った時は60kgだったらしいのだが、蒼天が言うには100kg以上なのだと。デリカシーがないなと思いながらも、そもそもそんなものなんて必要ないだろうとサイバービーストことジョン・ゴールドマンは思った。

自分にとって重要なのは、彼女がアメリカの敵なのか、そうじゃないのかだけだ。

彼女がどういう人物なのかはどうでもいい。

ただ日本は一応アメリカの敵ではなかった。曽祖父の時代では敵だったがアメリカに敗けたあとアメリカの味方になったと聞いている。

なので日本人の名前を持っている彼女もアメリカの敵ではない。今のところは。

そんな彼女は船の壁に寄りかかって全身が脱力した、巨大な人形のように動かない。

両目を目隠しで隠しているせいで寝ているのか、ボーっとしているのか分からないのもあってどうしたらいいのか。

本人曰く100cm以上の胸が船の揺れに合わせて揺れているのを相方のガンヘッドが凝視していたのだが、彼も目が慣れたのか飽きたのか船室に戻っていった。


蒼天が連れてきたロボットたちによって海の問題が解決した。

なので無人の港町に放置されていた船を拝借してジパングだか蓬莱だか日本に向かっているところだ。

少なくとも日本のような国らしいが、日本ではないので基本的にアメリカの敵。という認識で問題ないと思う。王様、カーネイジはそんな自分が心底嫌いらしい。

何も考えていないのか、とよく言われたしここにはいない叢雲からも言われている。

よくわからない政治用語みたいなものをぶつけられたが、俺にとってどうでもいいことでしかない。兵士は、国が定めた敵を倒せばいい。それだけのはずなのに。

叢雲は話によれば少し違う歴史を辿った日本の特殊部隊、カーネイジは言葉通り王様をやっていたらしいので、自分のような下っ端兵士のことは分からないのだろう。

そういうことではない。と叢雲が色々投げ出しそうな表情で言っていたのを思い出す。

カーネイジからはゴブリンの方がまだ物事を考えていると言われた。

ゴブリンはアメリカの敵で問題ないのは分かっている。と答えたら殴られた。

これってパワーハラスメントってやつじゃないのか?


カーネイジの顔と、姉貴の顔が一瞬重なった。

発電所を爆破しようとして、俺にスイッチを握っていた腕を撃たれ、両太ももを撃たれ、もう一方の腕を撃たれ、最後に心臓に二発撃ち込まれた時の顔。

きょうだいではなく、何か恐ろしいものを見るような顔。

とはいえアメリカの敵になってしまったので。俺は務めを全うしただけのはずなのだが。似たような表情を上官も、俺に姉を殺してでも止めて来いと命じた上官も顔を引きつらせながらしていた。

記憶に残るくらいにはインパクトはあったが。問題なかった。

…この間日本人の子供たちを襲撃したのはまずかったのかもしれないが。

でも連中は虐殺を働いていた。叢雲も冒険者が魔物や人間を何も考えず襲っていると嘆いていたのを覚えている。ならアメリカの敵で問題ない。

そういうものから人々を守るものがアメリカだったはずだから。

そう、親父もじいちゃんもひいじいちゃんも聞いていた。


そんなどうでもいいことはさておき、結局俺たちは何処で何をするのかは聞いていないのだ。いるのか本当に怪しい九番目ことヤクモが何か欲しいものがあるということで連れてこられている。

島が見えてくる。無人島かと思うくらい何もない。港のようなものはあるがそれだけだ。船がないのだ。そもそも人間がいるのかここ?


そう思ったのが数分前。

今はどうかと言えば。

左腕と融合したミニガンかガトリングガンが吼える。違いがあるらしいのだが正直俺にはどっちも同じものにしか見えない。六つの銃口が向いている方向にいる、ジャパニーズオーガ…鬼の胴体中心が頭部ごと砕ける。

虎柄のパンツに棘だらけの金棒を持っていれば見ごたえがあったと思うが、目の前の鬼は角が生えていて目の色が明らかにヤバいことを除けば人間にしか見えない。

そんな人間が金棒どころかでかいカタナとかを持って襲い掛かってきた。大勢で。

右腕のエナジークロ―、太陽みたいに光っている鉤爪を振るえば幸いにもそんな鬼の身体はバラバラになる。この手の妖怪とか怪異に武器は通じないのが日本の常識らしいが、そんなものはないようだ。

あるいはおれ達にはそういう常識は通じないのかもしれない。

それ以外にも頭がカラスの羽が生えた人間が空から角材のような武器を持って襲い掛かっている。あれも金棒の一種なんだろうか。急降下してきたカラス人間、もとい天狗(こうして戦っている最中にヤクモから連絡が来て、目の前のものがなんというものなのかを教えてくる)の突きを避け、返す形でクローを突き出し胸を貫く。

勢いを殺さず身体をねじって砲丸投げのように目の前の鬼の集団に天狗を投げる。

そこ目掛けて左腕を複雑に変形させてビーム砲に変え、撃つ。

捕捉完了かチャージ完了を知らせる音の後、赤いレーザービームが反動付きで発射されて鬼と天狗を爆砕した。

蒸気を吐き出すビーム砲からさらに変形させ、ロケットランチャーに変えて別の集団に向けて連射。マイクロロケット弾が放たれ、一際大柄の鬼に全弾命中する。

ビクともしなさそうだったがそいつがニヤける直前でその顔にニーキックを見舞う。

顔を押さえてよろめいたところにクローを振るい、そいつを真っ二つに切断。

射撃を再開しようとしたところで左腕に白い糸のようなものが張り付いたと思ったら、次の瞬間には俺が宙を舞い、近くの家屋に叩きつけられた。

糸の主はパニック映画に出てきそうなデカい蜘蛛だ。日本にはデカい蜘蛛の妖怪もいるらしいとカルロスから聞いたのを思い出したのと、そのカルロスの狙撃でそいつの頭と思しき部分が吹き飛んだのは同時。


漸く少し落ち着けるので思い返すと、船から降りて少ししてからディートリンデ…椎奈が今さっき倒した鬼よりもでかい鬼にぶっ飛ばされた。

彼女は人間サイズのボーリングのピンみたいに転がっていったが、すぐに起き上がった所に無数の天狗の急降下攻撃を受けてそれ以降見ていない。

蒼天とヤクモから死んだ系の話を聞かないので生きてはいるだろう。

とにかく、それを皮切りに戦いが始まった。

どこかで俺たちウェステッドが攻めてくると情報を掴み、待ち構えていたようだ。

あるいはこの辺りを縄張りにしている所に俺たちが侵入してきただけか。

「こんのゲテモノ共が!」鬼にぶっ飛ばされた椎奈の怒鳴り声が聞こえた。どうやら無事のようだ。その後に鬼と思しき化物の悲鳴が聞こえる所を見るに、最初に彼女を叩きのめした鬼は悲惨な目に遭っただろう。

自分の衝突によって半壊した長屋から出てみると、自分を金棒で殴ったデカい鬼をほぼ素手で引き千切る彼女の元気な姿が見えた。両顎を掴んで思いっきり引き裂き、続けて胴に大剣を見舞って斬っている。下あごと上あごを強引に拡張手術された鬼はメタボのようなデカい腹から大量の血と腸っぽい内臓を溢しながら自分の血の海に沈んだ。

デカ鬼を惨殺した彼女は続いて大剣を持ったまま素早く動き、横に一閃。

それだけで人間サイズの鬼数人が上半身と下半身を分断されて宙を舞う。あの程度では死なないとか、首を斬らない限り鬼は死なないとか聞いたことがあるが、自分たちが相手している鬼は人間が死ぬレベルの怪我を負えば死ぬように思える。

天狗の一撃がムカデのような触手(ヤクモたちはテンタクルテールと呼んでいる。協力関係にあるゴブリンは双頭の蟲竜と呼んでいるようだ)に塞がれたと思ったら一瞬で武器ごと巻き付かれて地面に叩きつけられ、そのカラスそのもののような顔に彼女のブーツの底がめり込むのが見えた。

デカいムカデのような化物と俺を振り回した蜘蛛の妖怪が彼女に襲い掛かる。

だが、次の瞬間には彼女の突進に対応できずまずムカデが大剣の一撃でズタズタに斬り捨てられ、続いて蜘蛛が縦に割られて倒れた。

王様は突っ込むことしか能がないとは言うが、ぶっちゃけそれで大体どうにかなってるんだから問題ないと思うのだが。それを言ったら王様は何ができるのか見たことないし、旦那ことミグラントはグロテスクな再生能力と狙撃くらいしかできない。

叢雲は剣術の使い手とか誰かから聞いたことがあるが、それも見たことはない。

「手の内を明かす奴が何処にいる」と言われたが、一応仲間なんだから手の内をある程度明かしてもいいと思うんだが。

カウンセリングが必要なレベルの人間不信かもしれない。もう人間ではないが。

人外専門のカウンセラーか心療内科って世界から敵とみなされてる怪物でも受診できるだろうか…。

そんなことを思いながら、人間に換算したら多分十代前半の鬼に頭突きを喰らわせて顔面を潰している椎奈の様子を眺めていた。

そこで気づいたのだが、いつの間にか彼女のドレスが黒一色ではないことに気付いた。

正しくは黒と藍の二色、リボンや紐が白や赤の四色になっていた。前見た時は確かに黒だった気がするのだが。

まあ、そんなことはどうでもいい話なのだが。今はこの妖怪ラッシュがいつ終わるのかだ。こんなことを考えている間も、身体は動いてナイフ(クナイというらしい)を持って的確に関節や装甲の間を狙って来ようとする小鬼ジャパニーズゴブリンに火炎放射器を向けて火を放ちながら、背中のユニットから対人地雷を発射して追い払っている。

流れ作業のように処理しているが、段々ときつくなっている。

どうも初めに大物をぶつけ、その後小物の波状攻撃で押し切るという戦法のようだ。

逆な気もするが、どちらにせよ波状攻撃なのは変わらないのだろう。


それから時間が経って。辺り一面に妖怪の死体が嫌でも目に入ってくるくらい転がっている。ようやく打ち止めになったのか、後方に隠れていた鬼っぽい妖怪がそそくさと逃げようとして。

まるで地面に穴が開いたかのように地面に。ヤクモが足元に空間を開けて捕らえたのだ。妖怪がどこの差し金か、口ではなく頭に直接聞くはずだ。

つまり尋問にそんなに時間はかからない。妖怪もすぐに解放されるだろう。

…生きているかは別にして。


「王様、鬼とを深めていないよな?」一緒に降りたはずのカーネイジは、全身返り血に塗れたビーストとは反対に綺麗なままだった。

「ぼくが遅れを取るとでも?」「何できるか分かんないからな。後方系はあの手の物量に弱いらしいし」

「見ての通り無事だ。藤森は?」「ディートリンデなら自分を金棒でぶん殴った大鬼をズタズタに引き裂いた後はでかめの妖怪を次々と倒していったよ。おかげで俺の相手は最終的に小鬼だけになった」

「それで、こいつらがヤクモが欲しがっていたものか?」「こいつらを束ねてる奴だろう、ヤクモならこいつらなんて全員ボッシュートで終わりだ」


ヤクモから聞かずとも、おそらくこいつら妖怪を束ねている大物が狙いなのは分かる。

なにせヤクモは強い妖怪や化物を喰らうと言われている。

そして日本の妖怪というものはたいてい名前を持った大物がいるという。

ならヤクモの狙いはここにいる大物妖怪だろう。


それが何体いて、どんな奴なのかはすぐに教えられるだろう。

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