水竜退治

絵に描いたような暴風雨の中、船が360度回転しかねないような荒波の中からカーキ色のロボットが飛び出した。

「蒼天のイカれドラゴン野郎!マジで俺達を海に突っ込ませやがった!」

<畜生、俺は今どっちを向いているんだ?マリオ、俺は今どこにいる?>

「お前は俺のすぐ後ろでひっくり返ってる!バラストなりバルーンなり作って膨らませろ!アイツの言う通り、数メートル下は嘘みたいに穏やかだ!」

続けて、機械の獣か亀のようなロボットが機体各部にバルーンを膨らませたことで浮き上がってきた。

<身体に張り付いた水がまるで重りみたいにくっついてくるのを感じた!ほんとにこの海域全体が例の水竜とやらなのか?>

「そういうことらしい。それで、王様連中はどうやってこれをドラゴンに変える予定なんだ?」

≪こちらドラゴン1。メタル1、メタル2、応答せよ≫

蒼天がコールサインで呼びかける。「お前のおかげでこの身体になってから海水浴が出来るとは思わなかったよ!水がまるでスライムみたいに張り付いて俺達を沈めようとしてきやがるぞ、どうする?」

≪ヤクモ、やれ≫

言葉の後、空から一つの火の玉が落ちてきた。正確には、先端部が発光しているミサイルだ。「てめまさか核を―――」

瞬間。炸裂。音がない閃光がサイクロプスことマリオの視覚センサーを一時的に光で塗り潰した。ホワイトアウトの後、ブラックアウト。システム再起動。

再起動完了。視界が戻る。波一つない静かな海になっていて、その中心に全身を金と色とりどりの宝石の装飾品で着飾った翼を生やした巨大なワニのような怪物。怪物自体の色は白。

「あの成金趣味の白ワニがリヴァイアサン?」≪メタル1、2仕留めろ。方法は任せる≫「てめえも手伝え!」

直後、怪物、リヴァイアサンが咆哮を上げて動き出す。それに合わせて上空から降ってきた砲弾が頭部に直撃し、持ち上げた顔が海面に叩きつけられる。

≪戦いながら奴を倒す方法を探る。このままではまた液状化して逃げられる≫

「前もやったのかよこれ」≪ああ。液状化を強制解除する方法への対策が出来ていないようだから同じ事をやった。ヤクモがどこかで拾った対異能技術は、どれもどこの世界でも通用するようだ≫

<マリオ!水中しか見えないぞ!白いワニはどこだ!?>

ライノの情けなさそうな悲鳴で後ろを向くと、未だにひっくり返ったまま水面に浮かんでいた。

「お前はいい加減体勢を立て直せ!戦闘が始まったぞ!」


<方法は任せると言ったって、何が通じるんだアイツは!?>

「少なくとも物理攻撃の類が命中しないってことはないみたいだ」

≪奴は全身に魔法障壁のようなものを纏っている。衝撃は防ぎ切れていないようだが。だがそれは奴が全身にまとっている装飾品が発生源だ。奴の膨大な魔力が―――≫

「つまりあの成金趣味みたいな飾りを壊せってことだな」≪正確には四肢、両翼、頭部の角の八カ所。そこに攻撃を集中しろ。角に関してはおれがやる。まずは四肢の装飾品を破壊するんだ。ヤクモの調べた通りなら破壊された衝撃で一時的に動きが止まるはずだ≫

「そういうのあいつどうやって調べてるんだか」≪前聞いたら企業秘密と返された≫

<スキマの化け物が会社なんて持ってるのか?>「どっかの世界の妖怪なんかは人間のフリして会社経営してるって言うぜ」

≪とにかく、あの飾りを攻撃して隙を作れ。一番エネルギーが集中している角はおれが破壊する≫


「一番おいしそうなところを持ってくつもりだなありゃ」

そんなことを呟きながら(例え誰もいないコックピットの中にしか響かない音声であっても)素手だったはずの右手にいつの間にか握られてるライフルを構える。

機械型、あるいは機械種と呼ばれるウェステッドの標準能力の生成能力によるものだ。本人でもどういう原理や理屈で起きているのか分からないが、このように自由自在に武器をどこからともなく調達、創造することができる。

分かっているのは、どうも自分の身体や周囲から材料になりえる物質を使って作っていることと、使いすぎると疲れること、そして個体によっては作れないものがある、ということである。

こうした本人も理解できない現象は、ウェステッドのことを一番よく分かっていないのは他ならぬウェステッド自身という証左だ。

もっとも、ウェステッド自体数が少ないのか遭遇することがこれまでほとんどなかったため、敵対者もウェステッド自身も研究や考察が全く進んでいなかったのだが。

とにかく、瞬時に生成された60ミリアサルトライフルを上空から容赦なく降り注ぐ砲撃にもがく巨大な白いワニに向けて発砲する。狙いは言われた通りの四肢。

放たれた曳光徹甲弾が輝線を描いて前脚の装飾品に命中する。

「効いてないか?」≪魔法障壁がダメージを抑えているだけだ。続ければ負荷が限界に達して通じるようになる。続けるんだ≫

<そういうときは俺の出番だろ>音声の後、轟音と共に左前脚が爆発に包まれた。

後方でようやく体勢を整えたライノガンナーの背中の大砲から発射された大口径弾によるものだ。

煙が晴れると彼の言ったとおりに装飾品にヒビが入っていた。

≪続けろ、奴の動きを止めるんだ≫「すでにやってるよ!」≪時間をかけると奴が逃げ出す恐れがある、ついでにカーネイジも我慢の限界が訪れる≫

<それはもう王同士の問題だろ!>電気信号で声のない会話を続けながら、機械の身体は正確に動作を続けて攻撃を続けている。


一方。港町。


「わたしはいつまでここにいればいいのかしら」

「蒼天もといミハイルがなんとかするまでだ」

「あなたがやればよかったんじゃないの?」

カラーリングが正反対の女性二人が海の向こうを眺めながら言う。

一人は身長190cm以上の黒いドレスの女性。背中に身の丈に見合う大剣を背負っている。

もう一人ははるかに常識的な身長の少女。白を基調とした制服のような服を着ている。

黒い方は藤森椎奈。コールサインはディートリンデ。

白い方はカーネイジ。コールサインもカーネイジ。

「あなたはどうしてかは知らないけど、どう戦うのか見せたくないように見えるわ」

「手の内をあっさり明かす奴が何処にいるというんだ」

「一応は仲間でしょうに。良いじゃない別に」

「どう戦うかを知られたら対策されるだろう」「知られても対策される前に勝てばいいのよ」「お前駆け引きというのを知らないのか?」「わたしの基本戦術は相手が何かする前に、何かし終わる前に倒せ、あるいは死ぬ前に倒せ。よ」

「完封負けする未来しか見えない…待て、たまにぼくと稽古する時に毎回ワンパターンで突っ込んでくるのって」

「あれ稽古だったの、わたし新手のリンチだと思ってたんだけど」

「お前が「たいあたり」「八つ裂き」しか使わなすぎるから動きを覚えさせてたんだぞ」「あなたみたいな動きする奴なんていないわよ」

「それはお前の突進にどいつもこいつも対応しきれないだけだ。金級の冒険者、それも前衛職みたいな奴がなんでお前の攻撃をスキルなしじゃ回避できないんだよ」

「ゲームが違うのよゲームが。わたしはハイスピード女の子アクションで、あっちはTRPGかコマンド式RPGなんでしょう」

「ファミコンのアクションゲームのボスみたいな動きしかできないようなお前がハイピード女の子アクションと言うか」

「パンツ一丁に折れた直剣で神をしばき倒せるゲームの出身みたいなこと言ってるくせに、あなたは考え過ぎなのよ」「お前は他の面々に比べて一層何も考えてなさすぎる」


海に戻る。


両前脚の装飾品が粉々に砕け散る。ライノとサイクロプスの同時攻撃によるものだ。

瞬間、まばゆい光を放ったかと思いきや白いワニことリヴァイアサンが大きくひるみ、床に這いつくばる犬のような体勢になる。

「怯んだぞ!」≪そのまま奴に飛び乗って押さえつけてくれ。どっちでも構わない≫

<はぁ!?>「とにかく乗ればいいんだな!」

蒼天の声に困惑するライノ、深いことは考えずに命令通りにリヴァイアサンに飛び乗るサイクロプス。水上を滑るように進んでブースターを吹かして大きく跳躍。

まるで牛の背中に乗るように飛び乗って、暴れるリヴァイアサンを全身で押さえつけた。

≪そのまま押さえろ。今そっちに行く≫「なんだって?」

声の後、彼、蒼天が飛行する時に聞こえる轟音が集音センサーに響く。

サイクロプスが前を向くと、そこには低空飛行でこちらに突進してくる蒼天の姿があった。

「お前まさか―――」≪やはり竜を相手するのなら≫


「竜らしく爪と牙で相手しなければ失礼に値するだろう」

数十メートルの巨体を有する機械竜が、同じくらいの大きさの巨大な四足竜に正面衝突した。その衝撃で十数メートルの人型兵器であるサイクロプスが吹き飛ばされた。

しかし彼の視覚センサーは捕捉していた。衝突の寸前、蒼天は身体を起こしてまるで鷹か鷲が獲物をしとめる時のような姿勢になっていたことを。

速度が加わった質量攻撃の直撃を受けたリヴァイアサンも遅れて吹き飛ぶ。

その頭部にあったはずの角は無惨に圧し折れていた。正確には砕け散っていた。

角を頂いていた頭部は、兜のような飾りがなければ潰れていたのではないのかと思うほどに拉げていた。

リヴァイアサンの巨体が不意に歪み出す。「なんだ?」≪身体を維持できなくなったんだ、トドメを刺すぞ≫

<こんなの、もう死んでるような>ライノが言おうとして言葉を中断する。

拉げた兜のような飾りを着けていた頭部から細長い人間のようなものが這い出てきたからだ。正しくは異様なまでに細い体のトカゲのような生き物が。

「なんだありゃ!?寄生虫か?」≪エンチャントドラゴン、というものらしい≫

<エンシェントじゃなくて?>≪ああ、エンチャントだ≫


回想。蒼天が初めてこの世界に現れた時、帝国は竜を祭る祝祭の最中で七竜の一匹、赤竜サラマンダーが人々の前に姿を現していた時だった。

彼はサラマンダーに挑み、そして倒した。良いパイロットだった。

機械竜になってしまった蒼天エースパイロットにとって、同体格の竜が好敵手であった。

竜の聖堂と呼ばれているらしい建物がサラマンダーとその叫び声を聞いて現れた風竜テンペストの血で真っ赤に染まっている中、蒼天は見たのだ。

何やら人の声で喚き散らしながら急速に朽ちるように消滅していく身体から異様に細長いトカゲのような生き物が這い出して来るのを。

ただ、消滅していく遺骸の代わりに高エネルギー反応を発していたそれを放置するわけもなく、蒼天の機械の脚が容赦なくその生物を踏み潰した。

その直後、エネルギーが炸裂して彼は吹き飛ぶことになった。

回想終わり。


≪おれがこの世界に来た時に倒した竜からも、あれとそっくりの生物が這い出してきた≫「あいつらは世界の始まりから生きていて、昔の勇者に力を授けたって話だろ?」<そいつらに寄生していた生き物ってだけじゃないのか?>

今の氾濫している勇者よりも前に存在した、初代と二代目の勇者に力を授けた創世から生き続けている竜の祖たち。それが七竜だとこの世界の大国は語っている。

宗教の違いでセントレア、帝国といがみ合っている教国でさえ、七竜がかなり長寿の個体であるのは認めている。

勇者に関する記録によれば初代と二代目に試練を与え、力の一端を授けたとされている。その力は竜の武具、ドラゴンウェポンと称されている。

「勇者を助けたドラゴンたちが、なんか不気味な生物に寄生されてたってか?」

≪実際そうだ、しかし七竜はすでに死んでいたんだ≫

「死んだって…でも奴は生きてたぞ、お前に体当たりされる前までは」

≪サラマンダーとテンペストを倒し、あれと全く同じ生物を発見したおれは色々あって身を隠しながら七竜について調べ、そしてその寝床を突き止めて向かった≫

生物を踏み潰した瞬間に炸裂したエネルギーに吹き飛ばされ、思わぬ損傷を負っていた。帝国では二匹の竜が最後の力を振り絞って邪竜を撃退したと伝わっている。

≪そこにあったのは、巨大な竜の遺骸だった≫

「…七竜は既に死んで骨になっていた?」<じゃああれは何なんだ?子孫に寄生していたとでもいうのか?>≪そこでエンチャントドラゴンと呼ばれる種族だ≫

見つけ出した(ヤクモが見つけた)寝床で七竜と思しき巨大竜の遺骸を発見した蒼天は、調査(主にヤクモが)によりあることを発見した。

それは、骨になった現在も巨大竜の遺骸からは強力なエネルギーを絶えず放出し続けていたこと。そしてそのエネルギーが結晶の形で物質化したのが、この世界で資源として扱われるエレメントと呼ばれる物質であること。

そして、そのエレメントを餌にするドラゴンの一種が存在することを。

≪エンチャントドラゴンと呼ばれるドラゴンの仲間がこの世界には存在する。種族としての格はワイバーンよりも下で、人間の間ではトカゲ扱いされることも少なくない≫「なんか世知辛そうな種族だな」

≪ただ、この竜は魔力を餌に巨大化し、やがてため込んだ魔力ごとに様々な姿の肉体を得る。その頃になると立派なドラゴンで、そいつの体内にはこの世界では重宝されるエレメントをため込んでいる≫

魔力が一カ所に集まり続けることで発生するエレメントは、燃料や魔術の触媒として用いられる。宝石のように磨かれ加工された装飾品は触媒や増幅器として女性の魔法使いならず男性にも重宝されている。

その中でもエンチャントドラゴンは最も容易にエレメントを得れる手段としてしばしば討伐依頼が出されている。

しかし、竜種の中では下位に位置するとはいえ、体内にエレメントを生成できるまでに長生きした個体は魔力を自衛の為に使いこなすことができる点で同サイズの竜種よりも遥かに危険な生物となる。それゆえに、熟練の冒険者の登竜門の一つとして扱われている。

「じゃあ今の七竜はそれだけ長生きしたエンチャントドラゴンってことか」

≪俺も思ったんだが、そうではないみたいだ。何故ならあの姿は幼体だからだ≫

しかし、目の前の七竜から這い出した個体は幼体だった。サラマンダーとテンペストから出てきたものも同様に。

≪だからこそ、どういうことなのかを調べる為に今からこいつを捕獲する。下手に攻撃すると、体内のエネルギーが暴走して爆発する≫

その信号が流れたと同時に、蒼天の巨体は既に行動を起こしていた。

かつて踏み潰して痛い目を見た彼は、白く細長いドラゴンに向けて何やら光線を照射する。すると念力か見えない手につままれたかのようにドラゴンが引きずり出される。大きさは数メートルほど。サイズだけなら成熟したエンチャントドラゴンと同じくらいだ。成熟したものは最も多く餌にした魔力の属性に応じて色や体格が変わる。

無属性のエレメントもなくはないが、それを餌にした場合でも姿形が幼体のまま成熟することはない。

間違いなく突然変異した個体だと、専門知識を持たない彼でも分かることだった。

もがく幼体の周囲に箱の一部のような部品が現れ、次の瞬間には幼体を格納したコンテナに組み上がった。

≪確保が完了した。ヤクモ、持っていってくれ≫彼の声と同時に、コンテナの真下の空間が裂け、穴に落ちるようにコンテナが引き込まれてから裂け目が閉じた。

「なんだ今のは…」<今のがヤクモって奴なのか?>二人(二機)はヤクモがどのような姿をしているのか知らない。蒼天も、他の王も今のような空間の裂け目だけを見たことがあり、本体と呼ぶべきものがあるのかさえもわからない。

分かっているのは、何故か自分たちを助けるような行動をすること。

頼めばだいたいのことはやってくれること、情報を持って来てくれること。

彼女或いは彼を知るウェステッドからは、便利屋として頼りにされている。

しかしその正体や実態は、誰も知らない。

≪水竜リヴァイアサンは倒れた。どういうわけか奴はおれ達を海に行かせたくなかったようだがこれで問題はなくなった≫

「つまり俺たちの役目は終わりって事か?」≪いいや。まだ仕事はある≫

<休みくらいくれるんだろうな>

≪おれ達機械種に休みはない≫そう告げられた時には、既にサイクロプスは両脚に掴まれ、ライノは尻尾に接続したかのように持ち上げられていた。

≪おれ達が頼るヤクモが珍しくおれ達に頼みごとをしてきた。その手伝いをする≫

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