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問。

質問。

疑問。

困ったことに。

わたしのこれらに対する答えは得られていない。

「そんな物知らない」か「自分で考えろ」のどれか。

…わたし?いつどこで問いかけたのだろうか。

もしかしてだが、わたしは私ではなかった?

前世の前世の記憶が混濁して混ざっているのか?今になって?

いやそもそも、私、藤森椎奈とはホントにいたのか?

記憶が信用できなくなっている。いや、思い出せない。思い出せないというよりこれは。


初めからそんな記憶などない。…そんなことってあるのかな。


「というわけでカーネイジ、あなたの記憶って確かなものなのか証明できる?」

「いきなり「私の記憶が不確かになってきたんだけどあなたはどう?」とか言い出してどうしたんだ」

「わたし、卒業式の帰りで子供を庇って死んだのは覚えてるんだけど、それ以外のことが殆ど、いえ覚えてないというか記憶にないのよ」

「転生する0.5秒前くらいにトラックがお前の脳みそを地面に擦り込んだとかで記憶がなくなったんだろ、多分」

「それでもある程度記憶は残るものでしょ?脳が地面に削られても」

「あるいは転生した今のお前の脳が健忘症でも起こしてるんだろ」

「その手のボケは古い記憶が最後に残るって言うわよ。それよりも、あなたはどうなのよ」

「ぼくはきみと違ってボケちゃいないよ、衝撃的な記憶が多すぎて忘れられないだけかもしれないけど」

「へえ、例えば?」

「それはいつか話すさ、あときみも早く朝食を取りなよ」

「あなた誰よ」

「ぼくはぼくだよ」

「???」


自分の記憶が本当に自分のものなのか分からなくなった。

そんなことを言い出した藤森が、朝食を食べていた私の目の前でフリーズした。

うるさいから私が氷の魔術で凍らせたわけではなく、時間が止まったように喋らなくなり、そして見たら止まっていた。

記憶の混濁、というものなのだろうか。だが、私が知る限りウェステッドの記憶障害なんてものはなかったと思う。正気を失うやつはいくらでもいるが。

そんな私の記憶だが、二つの人生がある。どっちも王になったりその世界の神に喧嘩を売って叩き殺したり、竜だの怪物を倒してばかりだったのだけど。

確か彼女に「どうして神様を倒しに行ったの?」と聞かれたことがある。

私にとって神というのは、倒さなきゃいけないものだったからだ。と答えた。

物心ついた時から、神という存在を倒さなければならないと思っていたからだ。

それはなぜなのだろうか。正直な話、私にも分からない。

これこそ神が望んだものなのかもしれないが、私を使って他の神を殺させようとしたのなら計画したものも最後に私の手で殺している。

そして今もそれは変わらない。少なくとも多くの世界にそれなりに神がいる。

それらを倒し、世界を人間のモノにしなければならない。

これは、私の願いだったのか。どうして私は神を殺せば世界が人間のものになると思っているのだろう。

誰かの願いなのか、誰かへの報いなのか。私も、私が知らない間におかしくなっているのかもしれない。

…私の存在意義は、それだけなのか。そんな思いが過ったものだ。

だからこそ、私は神に、世界に叛逆したのかもしれない。

手駒のままで終わりたくない、という私なりの生きる意思が途方もない神殺しの道を選ばせたのか。

その過程でアンデッドの大群やら他の王を名乗る者も標的に入れるようになったのだが、そっちは個人的な信仰の都合上なのと私の人生において私も含めて王を名乗るに値しないものが名乗っていることが多かったためなのだが。

力こそ、王の証。みたいなことを言っている奴に前世で遭遇したこともあったが。

とにかく私は玉座を二度も捨てたが、またしてもありがたくもない玉座を得てしまったのが現状だ。

…そんなことを、私は何回か、それこそ十年前の敗戦においても言ってきた。そして目の前で涎まで垂らしだすほどの放心状態になっているデカい女にも説明したはずだが、何故か誰も分かってくれない上にこっちは忘れている始末だ。


涎垂らして放心状態になった藤森を引っぱたいて意識を取り戻させてから、私は彼女を引っ張って鍛錬をすることにしている。のだが相変わらず変わらない。

違いは速度と一撃の破壊力が手合わせする度に上がってるくらいだ。今となっては称号や名前が有名な冒険者の類では残念なことに彼女を自力で捉えられる人間はいないだろう。

まだ直線で突っ込んでくるのが主なので回避は楽なのだが、私の膂力では彼女の一撃をいなしたりはじき返すのが出来なくなってきている。

最近ではわざと低速で突っ込んできたかと思ったら急加速して飛び蹴りを繰り出してくるようにもなった。それでも避けようと思えば避けれるのだが、盾で防ごうとしたら左腕から折れる寸前くらいの感触と異音と激痛が走って以来避けるようにしている。

あと、私の得意技の一つに、致死に至らない威力の電流をぶつけて相手の筋肉を一時的にマヒさせて行動不能に陥らせる技がある。

これは藤森にも効果てきめんだったのだが、ある日を境に通じなくなった。

なんなら普通の威力の電撃を浴びせても焦げるくらいでビクともしなくなった。

仕方ないので蒼天とヤクモに監視してもらったところ、彼女の筋組織や神経組織に絶縁性の膜のようなものが追加されているとのことだった。また、彼女の体内に蓄電器官のようなものが形成されているらしく過剰な電流が体内を流れるとそっちに流れてしまうようになっているらしい。

ただでさえ、気づいたら藤森に火属性の攻撃が通じなくなっている中で、私が得意とする魔法が封じられたも同然になってしまっている。

火属性に関しては、藤森の体内にある脂肪がどうしたことか耐熱性の物質に変わったのと、かなり高いレベルの火属性防護がいつの間にか発動していたことで耐性を得られてしまっていた。

残るは出血を強いる魔法と氷、単純に魔力をぶつける魔法なのだが下手に使うと今回のように耐性を得られてしまう。問題は私が使う魔法と同じものをこの世界やどこの世界の人間も使おうと思えば使えてしまうので、私が注意していても誰かが闇雲に放って耐性を付けてしまうのだが…。


突っ込んできた勢いを活かして彼女を背負い投げして吹っ飛ばして今日の鍛錬を終え、私は冒険者ギルドが運営する建物に来ていた。

一応私も冒険者なのだが、私を見る目は良いものではない。傭兵ギルドというものが、不正行為を働いていたとかなんとかで取り潰しになって以来、傭兵と呼ばれる面々はだいたい厄介者扱いだ。金さえ払えばどんな陣営にも着いてあっさり裏切るスタイルがまかり通っていたのが原因だと、叢雲は嘆いていたのだが。

「実績さえあれば文句は言われない」なんて格言が傭兵ギルドにはあり、みんなそれに従った結果がこれだが、一応冒険者の中ではまず信頼度が高い金級に位置するものが多いので依頼には不自由がない。はずだった。

「依頼が、ない?」

「はい。この辺りの依頼は全て達成されています」

これで六軒目。冒険者ギルド内部で起きてる問題。

ある一人、あるいはある一人が参加したパーティによってあらゆる依頼が遂行されてしまい、他の冒険者が仕事を失ってしまうという問題だ。

困ったことに現在、各地は安定しており紛争や大国同士の小競り合いすらない。

あったとしてもそれに関する依頼すら遂行されてしまうだろう。

それだけなら、ただの迷惑な一個人の暴走で済む。だがこの問題には続きがある。

そのある一人が参加したパーティは、依頼を達成して暫くして行方不明になっている。

誰もがそのある人物を疑うのだが、その人物がやったという証拠は何処にもない。

それに行方が分からなくなるのは決まっておらず、人物と同行中もあれば、人物と別れてからそれなりの日数が経ってから消息を絶っているのだ。


その人物の名は、レフィーナ。

私の目の前で同じように依頼がないことに驚いている、冒険者の一人だ。

そして今私に起きているのは。

「ええ、レフィーナさんのおかげで、依頼は全部達成されちゃったんですよ」

「55!?cnnubszzw3ljr?」

「あるんです、というかあなたがやったんですよ」

「3a77~...jqgjr...」

トボトボした様子で去っていくレフィーナ。その間も何かを呟いているようだったが私には異音にしか聞こえていなかった。だが職員や冒険者たちには彼女は人間の言葉をしゃべっているようだ。

そして彼女の後を付けようと私も外に出た時には、既にレフィーナの姿は何処にもなかった。転送魔法を使ったにしても姿を消すのが早すぎる。

仕方ないのでヤクモを呼び出して彼女を追わせたのだが、すぐに戻ってきて一言。

追跡不能。追いかけようとしたが、まるでこの世界から消えてしまったように後を追うことができなかったという。次元移動を可能とするお前が追えなくてどうするんだと私は虚空に向かって叫ぶことになった。


だがそれは些細なことになってしまった。


その翌日。行方不明になっていた冒険者たちが遺体で発見されたのだ。

何故か検視のまねごとをやらされている私とミグラントが着いたのは、六軒目のギルド事務所の近く、レフィーナがここに来て最初に遂行した依頼の場所の森林。

遺体は人間に友好なゴブリンが発見した。元同胞のねぐらで、人間が無防備に寝ていたので起こそうとしたら遺体だったことに気付き、連絡したらしい。

遺体はその時に彼女と同行した冒険者たち。どれも真っ二つになっていないのが不思議なくらい背中を大きく切り裂かれていた。致命傷はどう考えてもその傷で、他に外傷はなかった。

異常なのは血が流れていないことだった。こうも切り裂かれればそこら中に血が飛び散ってもおかしくはない。

そんな遺体が遠方の森やら制圧されたゴブリンやオークの巣から次々と発見された。

どれも共通して背中か、胴を大きく切り裂かれていること。

ここまでくるともはやレフィーナを問い詰めるしかなくなったわけだが。

今度は重要参考人であるレフィーナが行方をくらませてしまった。


だがこれにはもっと異常な話が加わっている。

レフィーナが行方をくらませる直前、決して行き来が容易ではない距離に位置する複数のギルド事務所でレフィーナが彼女を名指しした依頼を請けた姿を目撃されているという。転送魔法を使えば、それこそヤクモの追跡すらかわせるような代物を使えばあらゆる場所の事務所に送られた彼女宛ての依頼を請けることは可能だろう。

だが話を聞く限り依頼を請けに来たレフィーナは、少なくとも11人以上いなければ不可能なほど、同時に依頼を請けたのだ。11カ所以上も冒険者ギルドの事務所があることに驚いたが、ここにきて何故レフィーナを指定した依頼が送られたのかも謎だ。


ヤクモのインタビューで受付嬢から聞き出したことで、彼女に送られた依頼の内容が分かった。

どれも未踏査のダンジョンや、突然出現した遺跡や建築物の先行調査のようだ。

そのいくつかは冒険者や傭兵の間で噂話として広まっている存在するかも怪しい場所だった。

そして依頼人は全て「A」とだけ記されていた。

いや、正確にはこうだ。

どうにかヤクモが「A」と翻訳できただけで後は解読不能の、未知の言語で依頼人の名前が、いや依頼文が記されていたのだ。

だが分かったのはこれだけで、それ以来レフィーナの姿は現れることもなくなってしまい、捜査も早々に打ち切られてしまった。

理由としてはレフィーナが行方不明であるのと、彼女がやったというにはやはり証拠が不足しているから。だ。


そして、レフィーナが請けた依頼の正体も分からないままとなった。


それから少しして。

私は藤森、ミグラント、宮廷道化師を自称するサイボーグ三人組を連れて港町にいる。

冒険者や傭兵としてやることがなくなったのなら、私達の種族としてやることをやるだけだ。


目的地は海を渡った和風の国、蓬莱。

ヤクモが珍しく何か用があるらしく、そしてウェステッドとしては10年ぶりの組織的な活動の慣らしとして向かう。


ただ、私が見る限り海は荒れ放題。さて、藤森とブリキ三人組を海に投げ込めば生贄としてはちょうどいいだろうか…

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