Chapter3-3「初仕事」

森の中で、獣の雄叫びと悲鳴が響いている。時々少女の叫び声も聞こえる。

大きく持ち上げられた大剣が振り下ろされ、その先の飛びかかろうとした狼の頭蓋を叩き割った。悲鳴すら上げずに、脳を頭部ごと破壊された狼は絶命する。

大剣の主は藤森椎奈ことシーナ・フリューテッド。

ウェステッドならではの常識外の腕力で振るわれたバスターソードは、仲間が胴を切断されたり頭蓋を割られて死んでもなお襲い掛かるのを辞めなかった最後の一匹を斬るのではなく刀身の面でホームランするように叩いて茂みへと吹き飛ばしていった。

椎奈には見えなかったが、その一撃で狼の首と顎の骨は砕けていた。即死だった。


猟犬のように扱っていた狼が全滅した事に驚いたのか緑色の小鬼がその狼が飛んでいった茂みから飛び出してきた。狼たちの元のリーダーかもしれない、狼の毛皮を被ったそれはゴブリンだ。椎奈はこの時まだ知らなかったが、このゴブリンはレッサーゴブリンとゴブリンから呼ばれる、クローンゴブリン兵士の生き残りか末裔である。

更に正確に言えば、このゴブリンはゴブリンテイマーと呼ばれる動物を使役する能力や技能を有するゴブリンだ。

甲高い雄叫びを上げてゴブリンが手にしたマチェットを振り上げながら椎奈に飛びかかる。その跳躍力は椎奈が思っていた以上に高く、一瞬で彼女の上半身近くまで跳びあがり、マチェットを振り下ろした。普通ならこれで終わりだ、とゴブリンの設定された低い知能が勝利を確信して、直後に地面に叩きつけられた。

何が起きたとゴブリンが知る前に、頭部が胴体から切り離され、死亡した。ゴブリンの胴体を押さえつけるようにして地面に叩きつけていたのは黒光りする触手。それは頭部を失くしたムカデのようにも見える。そして触手は、椎奈の新調したばかりの服に穴を開けて、彼女の背中から伸びていた。

なお、首を切断したのは触手ではなく、彼女の大剣である。地面に突き立てるように突き刺して切断したのであった。

絶命したゴブリンを見て、椎奈は安心したように息を吐く。そして体に食らいつくように押さえつけた触手を労わるように撫でて、引っ込めるように意識を向けると身体のどこに消えていくのか、触手は背中に引っ込み、消えた。


「思ったよりも重いなあ…ゲームだともう少し軽快に振り回していたような気がするんだけど…」突き立てた大剣に寄りかかりながら独り言を言う椎奈。寄りかかったことで豊満な胸がむにゅりと刀身に押し付けられる。

冒険者となって椎奈が最初に受けた、もとい受けさせられた依頼は農場を荒らす狼の退治である。依頼者の村人曰く、妙に組織的な動きで襲ってくると言っていたが、その理由は狼を統率するゴブリンがいたからであった。

「やっぱり、魔物とは言え生き物を殺すのは…なんだろう…嫌だなあ」

耳元で男が囁く。

カーネイジの質問の時と同じ、憐れみを含むような嘲る声で。

「えっ?」振り返るもそこには何もなかった。「疲れてるのかな…」

そう言って前を向くと、そこには金髪の少女がいた。カーネイジである。後ろ手に持つ槍は返り血で染まっていた。

「あっカーネイジさん。そっちも終わったんですね」「カーネイジでいいしタメでいいよ!俺はお前の本心が聞きたいんだよぉ…」明るい声から突然低い声でテンションを上下させて来るカーネイジにやはり苦手意識を感じる椎奈。

まあ、呼び捨てとタメ口でいいなら、いいか。と彼女はスイッチを切り替えるように言い直した。


「ところであなたは、声色を変えて口調も変わるけど、その、女の子なの?」

するとカーネイジは硬直して、二秒後にその否が応でも視界に入る胸を平手で打った。ばちんと乾いた音と共に、椎奈の胸が横に揺れた。

「痛い!」死体が転がる森に、初めて椎奈の悲鳴が響いた。


街に戻ると、二人に近づくフードの人間がいた。

フードは手を振りながらこちらに近づいてくる。「椎奈さん、さん、お疲れ様です。椎奈さんは冒険者として初めてのお仕事でしたね」

「ネージュ?それにあなたはもしかして…」フードの下は椎奈の記憶では中国の演技で見た事のある仮面があった。色合いは主張が激しいが、その表情は愛嬌を誘うような雰囲気だった。

「はい、ワイトです。ネージュはカーネイジさんの冒険者としての名前ですよ。ネージュ・オルレア、それがカーネイジさんの、この世界における名前です」

「人がいる中でそういう秘密をバラすのはよそうね!な!」カーネイジが笑顔でワイトの顔、仮面を掴んで力を込めた。

「いでででで!こんな人だらけじゃ誰も聞き耳なんて立てませんよ!ましてやあなた絡みの話なんてでしょうし!」

仮面の下は頭蓋骨がむき出しであり神経などあるはずもないのに、痛がるワイト。

「どこで!誰が!聞いてるか分からないだろぉ?」更に前後に揺らしていくと、明らかに頭と身体がありえてはいけない動きを始めた。恐らく首の骨が折れたか外れたのだろう。

分かりましたよもう!とワイトが呻くと漸く彼女は手を離した。

「大体かーね…ネージュさんは神経質すぎるんですよ。あなた自身がって言ってる癖に…」

首だけでなく顎にまで何か起きたのか、下顎を押さえながらワイトが言う。当然だがその手には手袋が着けられているが、何故か模様は骨だ。

「おかしい?」そう椎奈が聞くとカーネイジが答える。「おっナメクジの癖にすぐ気づくじゃないか。そうだよ。おかしいんだよ。ここを見ればすぐにわかる」

そう言われたので見回してみると、一人の少女を見つけて、そして真顔になった。

その少女は、あの時助けてもらった少女だったからだ。


そうとは知らないカーネイジは「どうだい?ウェステッドという脅威が平然と存在する世界の割には、どいつもこいつも平和面して暮らしているんだよ?」と理由を言う。

「まあいいじゃないですか、どちらにとっても平和で。それともネージュさんはワイルドな人生がお好きですか?であんなに暴れてるのに」頭と首の位置を戻したワイトが呆れたように言った。

「そうじゃない、そうじゃないんだ、脅威と世界中で言われてるぼく達だけど、どの世界でもウェステッドだと分かるまで誰もぼくを脅威ウェステッドだと分からないんだ」「あなた達ウェステッドは色々謎ばかりですからねえ。いつからいたのかもわからなければ、その総数も不明。そもそも存在理由や目的も分からない。転生者以上に存在がふわふわしてます」

しかしまあ、とワイトは一旦区切って話す。「フワフワしててもいいじゃないですか。何物にも縛られず第二の人生を歩めるというのは、実はかなり自由なんですよ。死してなお縛られている僕のようなアンデッドに比べると、あなた達ウェステッドはとても自由ですよ」

それを聞いたカーネイジは憐れみと怒りが混在するような、一見すると分かりやすく苛立つような表情を浮かべ「どうしてこう剣と魔法の世界の連中は魔物も人間も亜人ものほほんとしてるのか…」と何処かな声色で吐き捨てた。

それは生前の自分の世界を想起したからなのか、それとも多くの世界を彷徨ったゆえの言葉なのか、彼女、彼には分からなかった。

「それで、藤森は何か分かったか…?」椎奈がいる方を向くと、そこにいるはずの椎奈はいなくなっていた。

「椎奈さんなら、何処かへ行ってましたよ。お腹でもすいたんじゃないですかね」そう楽観的に言うワイトの顔に、鋭いチョップが刺さった。

反撃とばかりにワイトの手刀が彼女の喉に地獄突きを決めた。


「もしかして、あなたは冒険者だったんですか?」

「え、ええ。わたしはシーナ。シーナ・フリューテッド。といってもついさっき冒険者になったばかりなんだけどね」

痛烈な攻撃に我慢できなくなったワイトとカーネイジが喧嘩を始めた時、椎奈はこの街で出会った少女と話していた。

改めて少女を見ると、赤い髪で年相応(見た感じは12~15歳ほどか)の体格を包んでいるのは、冒険者組合の建物で十数人くらいは同じ格好をしているのを見た冒険者用の鎧だ。胸部を守るプレートアーマーが装着してある、通気性に優れた(カタログによる)ものだ。腰には一本のロングソード。使い込まれている様子はなかった。

「あなたも、冒険者に?」「うん。あの後ウェステッドが出たって聞いた冒険者の人が助けてくれて…」そこまで聞いたところで椎奈の内心は焦り始めていた。

そのウェステッドが自分だからである。断片的にしか覚えていないが、冒険者たちの立ち話で自分が何をやらかしたのかは聞いていた。

曰く、街のチンピラたちがズタズタに引き裂かれて殺されていた。

曰く、そのチンピラの間で一番巨体を誇るオークの混血児が頭と股間を潰されて死んでいた。

曰く、元裏ギルドの構成員が一蹴された。

そしてこの少女を助けた時に間違いなく見られている。

どうしよう、どうすればいいのか、やはり殺すしかないのか、しかし何処に遺体を捨てる?

そんな事を考えてる内に背中に違和感を感じる。違和感ではない、いつでもやろうと身体が思い始め、せっかく手に入れた新しい服の背中を突き破ろうとしているのだ。

隣の少女の四肢を、頭を、引き裂くために。

しかし

「あ、あの、大丈夫でしたか!?」「え?」思わず間抜けな声を出してしまう。

「実は私、あまり覚えてなくて…あなたが来てくれたのは覚えてるんですけど、その、前後のことは…」

演技かな?と椎奈は思うが、同時にあんな状況に居たらそりゃ記憶も混乱しちゃうだろうなと楽観的に考えた。

「助けてもらった後すぐに屋敷が爆発して、今もあのあたりは混乱しているままなんです。昔ウェステッドの大群が押し寄せた時、一番被害が大きかった場所だったのもあって、みんな震え上がっちゃって」

「この街に、ウェステッドが?」「はい。私も別の街から流れ着いてきたので詳しくは知らないんだけど、何年か前に、大型のウェステッドが何体も現れて、ここに襲い掛かったと聞きました。この街の冒険者さんの何人かは、その時の生き残りみたいです」

自分達ウェステッドには大型とそれ以外がいて、時々群れを成して街を襲うのか。と椎奈は覚えた。しかし、今のところ自分と二人以外のウェステッドは、あのクモのロボットのようなものしか見たことがない。

ウェイストランド、と呼ばれる場所に行ったが、そこにいた人間たち。あれが全てウェステッドなのだろう。

「あなたは、見た事があるの?その、大きなウェステッドを」

「私も見た事はありませんが、帝国出身の冒険者さんの殆どは」「空を怖がる?」

聞くと少女は空を指す。「んだって。帝国近辺に、蒼天と呼ばれる空を飛ぶ巨大なウェステッドがいるらしいですよ。あともう一つ、大物とは別に、がいるって聞きました」

「ウェステッドの、王?」「正直私にとってはウェステッドは憎いよりも怖いだけの化物の集まりだから、王と呼ばれる基準は分からないけど、蒼天は間違いなく、王のウェステッド。その、だって」

そこまで少女が話し終えた瞬間、突然大きな鐘の音が聞こえた。

すると少女は慌てて駆けだしていく。「どうしたの!?」

の合図です!あっ!私、メア!メア・グリルスって言います!シーナさん、また今度!」

そう一瞬振り返って一気にしゃべった後、少女、メアは去っていった。

それと入れ替わるように、衛兵に左右を挟まれながら汗だくで服装が乱れたカーネイジとワイトがやってきた。

「あなた達どうしたの…?」「あなたがいなくなった後でちょっと喧嘩になって衛兵のお世話になっちゃいました」「藤森ぃ!いなくなるなら先に言えぇ!首輪を着けてやろぉかぁ!」

「ちょっとこの街でお世話になった子を見かけて、話してたの」

「お世話ぁ?」カーネイジが聞く。「この街に来た時に空腹やら疲れやらで力尽きてた時に助けてもらったの。その子も冒険者になって、今さっきレイドクエストの合図とかで飛び出しちゃったけど…」

「レイドクエスト、ですか。一瞬しか見てませんけど、あんな出来立てほやほやの冒険者が、レイドクエストに?」ワイトが顎に手を置いて言う。

「レイドクエストって、難しい依頼のことなんですか?私の世界のゲームだと、他のプレイヤーと協力するステージのことを言うけど…私はやったことありませんが」

クエストですからね、ゲームという娯楽を基にしてるのは間違いないでしょう。そして、難しい依頼ですよ。何せの討伐依頼のことを指しますからね、レイドクエストって」

それを聞いた椎奈がえっという顔をした。

「まああの子は捨て駒だろうねえ!他の冒険者たちも同様だろう!」対して嬉しそうなカーネイジ。続けて「お前が助けた奴なんだろう?つまりはお前の正体を知ってるってことだ!口封じする手間が省けたじゃないか!よかったなあ藤森!」と悪そうな笑顔で言う。

しかし椎奈はカーネイジを無視して「ワイトさん、そのレイドクエストって、途中参加ってできますか?」と聞く。「藤森?まさか、そいつを助ける気か?何のために?」

「だって、私を助けてくれた人だから」そう、あっさりと答える椎奈。

「なすべきことをなすって、私が遊んでたゲームでも言ってたから」と付け加える。

「それ余分ですよシーナさん。途中参加は出来ますよ。報酬は時間によって減りますけど…カーネイジさんもこんな平和な地区でレイドなんて年にあるかないかなんですから、稼げますよ」

それを聞くとカーネイジは機嫌が悪くなったような顔から一転して。

「人助けはともかくとして、君には稼いでもらうつもりだったからいいか!オラ行くぞ藤森!」と彼女の胸をひっぱたいて受付へ走っていった。

「いちいち人の胸を叩かないで!腫れたり垂れたらどうするのよ!」椎奈は胸を押さえながらその後を追った。


その後ろ姿を見送りながら、ワイトが呟く。

「頑張ってくださいシーナさん、きっとどうにかなりますよ。だってあなたは…」


その手に握った、図鑑サイズの本を開く。彼の両手の上でひとりでにページがめくれて、あるページで止まる。

いつ撮ったのか分からない椎奈の写真が貼られたそのページには、空白が多いがたった今書き込んだかのように、新しい記述が刻まれていた。


藤森椎奈:と。


「…ウェステッドの中でもなんですから」

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