Chapter3-1「ウェステッドの国」
はっと気がつくと、そこはいつもの教室だった。
窓から見えるのは青空で、自分の着ている制服は元に戻っていた。
「どうしたの椎奈さん。悪いものでも見たみたいな顔して」
女子が心配そうに声をかける。「悪い夢を見てたみたい」
そう答えると別の女子が笑う。「アンタが飛び起きるような悪夢があるなんてね。スパゲッティの怪物に殺される夢でも見た?」
「スパゲッティの怪物よりも危ない怪物に襲われる夢かな…」えへへと笑いながら頭を掻く。
そうか、夢だったんだ。そりゃそうだよね、死んだら怪物に転生して、何が何だか分からない内に殺して死ぬなんてそんな出来の悪いゲームのような現実がある訳が
教室に教師が入ってくるのを見た時、椎奈は妙な既視感を感じた。
前にも同じようなものを見た気がする。いや違う。これは、この風景は見覚えがある。ないわけがない。
だってこれは、就職するか進学するかを決める時のものだったからだ。
もしかして、こっちが夢?そう考えた瞬間、冷や汗をかいた。現実はどっちなのか、分からないからだ。
「そういや椎奈はどうする?就職?それとも進学すんの?」クラスメイトが聞いてくる。そうだ、私は何となくな理由でこの後「うん、私は就職―――」
「椎奈さんはもう決まってるじゃない」女子がそう言って言葉を遮った。
その姿を見た彼女は椅子から崩れ落ちた。「え…?え…!?えええ!!?」
いつも見慣れた、大人し気な友達のその身体と顔が、ズタズタに切り裂かれていた。
特に首なんてどうして繋がっているのか不思議でならないくらい、ぱっくりと割れていて気道か骨なのか分からない、白いものが覗いていた。
「化物だって」その首の裂け目か口か分からない場所から彼女は声を発した。
「だって、だってあれは夢に決まってる!」誰に聞かせているのか分からないことを叫びながら彼女から後ずさる。「そんなことはない。それに、お前にうってつけじゃないか」
声のする方向に振り向いて、振り向いたことを後悔した。
今度は野球部員の誰にでも気さくに触れ合う男子なのだが、頭の上半分が、ない。
それを見た椎奈が悲鳴を上げる。「良かったな椎奈。お前にも進路があって」
今度は教師の声。度々げんこつを貰った先生。その先生はというと、頭を半分に割られていて、パカパカと動いていた。妙にコミカルなグロテスクに悲鳴が上がる前に吹き出しそうになった。
「ほら、お前の履歴書だよ」やはり何処から声を出してるのか分からないが教師が誰の血で汚れたか分からない履歴書を差し出した。
そこには、赤いボールペンで「化物」「怪物」とグチャグチャに書き殴られていた。続いて教師が咳きこんだと思ったら、断面から血が噴き出して履歴書と椎奈の顔面に降り注いだ。
その瞬間、辺りから拍手が聞こえてきて、それを掻き消すくらいの音量で自分が叫んだ。
「きゃああ!」叫びながら飛び起きると、自分が荷車で寝ていたことに気付く。
ゴトゴトと揺れていることから、動いているのだということにも気づくと、後ろから物音が聞こえる。振り向くと、そこにはペストマスクの黒一色の人物。
蚊の鳴くような声で悲鳴が口から零れる。「それだけ叫べれば問題ないね。いやー大変だったザマスね。まだ痛むところはあるかい?」
「い、いえ、酷い夢を見たのを除けば…あっ」奇妙な語尾で話しかけてくるペストマスクの人物に話しかけられ、普通に返した所で気づいた。
この人、日本語喋ってる。いや、私が分かる言葉を話してる。
「やっぱ何かあったかい?」「貴方の言ってる言葉が分かるから、びっくりしたんです…皆何言ってるか分からないし問答無用で襲い掛かってくるから…」
それを聞いたペストマスク、もといミグラントは気づいたような素振りをした。
「君も言葉が分からなかったのか…まあアキチもそうだったんだわさ」
「だわさ?」「気にしないで、職業病だから。それよりも君、自分についてどこまで知ってる?」
「知ってるって…?」「自分が何なのか、それだけでもいい」
「次々と突然起こって分からないけど…どうやら私は、化物、なんですよね。ウェステッド、という。蜘蛛のロボットみたいな人?に教えてもらいました」
「クモから聞いたのか、なら、山を登ったのもクモから?」
「山の向こうで待ってると、老紳士としか言いようのない、格闘技が強いおじいさんに言われたんです」
「老紳士…?ふむ、多すぎて分からないザンス。でも、君と話せるなら十中八九アキチら側、だね」「それよりも私、襲われたとはいえ多くの人を…殺して…」
「知ってるよ。君を追ってアキチたちは来たんだからね。だけど、まあ、悔やむなら今のうちに悔めばいいし、償う手段なんて命以外にだってたくさんあるさね」
「どうせ、君も同じ畜生に成り果てるんだろう?そうさ、そうに決まってるとも」
少女の声に椎奈が振り向くと、そこには短い金髪の、活発そうな少女が立っている。学校の制服にも見える服を着ている彼女は、どうも近寄りがたい明るさを発していた。
学校でいつも見た、住む世界が次元レベルでズレているような同級生を思い出す。
一緒に声やどんなことを話したかも思い出せたのだが、どうも顔が思い出せない。
その代わりなのか、目の前の少女に書き換えられていくのを感じる。
書き換えられている、というよりは、思い出せないけどこの少女が一番近いだろうと考えている。というべきか。
「あなたは…?」「ぼくはカーネイジ。君と同じウェステッド!つまりは世界を揺るがす畜生の一人!そこにいるのはミグラントと言ってね、幼い女の子を殺す事を至上の歓びにしてる大変態さ!」
その言葉に反射的にミグラントから離れる椎奈。それにミグラントが「やっぱ君だろ、アキチの風評被害撒いてるの!」と叫ぶ。直後に椎奈に振り向き「この子が人や組織を説明する時の半分は嘘だからね!アキチそんなものじゃないから!」
「半分は嘘…?」「勿論、アキチがロリペド殺人鬼の下りは嘘だから!」
「私は、藤森椎奈と言います。背とおっぱいが大きいだけが取り柄です…」
「カーネイジが先に言ったけど、アキチはミグラント。見た目はこんなだけど、目の前の畜生よりはまともだから安心して」
「ひどい、泣くよ?」そう言って泣き真似をするカーネイジをミグラントは無視して続ける。
「さて、じゃあ君とアキチたちが置かれてる状況について説明しよう。君もクモから聞いたように、アキチもカーネイジも、恐らくその老紳士も、ウェステッドという怪物に転生した、主に元人間なんだわさ」
「主に…?」「うん、時々人間じゃなくて動物やロボットが前世だった奴がいるんだ。おかしなことに、生前が人外でもウェステッドになると始めは必ず人間になるみたい」
「まあ畜生には変わりないんだよなあ!どいつもこいつも腑抜けばかり!」泣き真似に飽きたのかカーネイジが大声を上げる。何だろうこの人と思いながら椎奈は聞く。
「異世界に転生する、みたいな話は読んだことがありますけど、それに、私が?」
その中には動物や魔物に転生する話もあって、中には神様になったり、時にはかつて遊んだゲームの悪役に転生するものもあった。
「その通り、アキチらは色んな理由で死んで転生して、ウェステッドという存在になった。そしてそのウェステッドは、どんな世界でも倒すべき敵として存在しているみたいなんだ」「しかも、とびっきり凶悪な存在みたいな扱いを受けてるんだよなあ!ぼくも君もこんなにも可愛いのに!」
「き、凶悪な存在!?どうしてなんですか!?なにも、してないのに…」
「それはアキチも知りたいよ。君ももう経験したと思うけど、自分が何なのか分かった瞬間相手がひどく怯えなかったかい?」
そう言われてすぐに思い浮かぶのは、自分を殺そうとしてきた人間の顔だった。
ひどく、恐ろしいものを見たかのように恐怖に歪んだ表情。その表情のまま襲い掛かってくる人間の姿。その様子は今思うと、まるでホラー映画の恐怖の表情だけをコピーアンドペーストしたような状態だった。何せ、一瞬で変わったのだ。
「その顔は、思い当たる節はあるようだね。ていうか、君派手にやってるしなあ」
「それなんですが、私、人を殺すどころか手を上げるなんて…」
そこまで言って、頭の中でノイズが走った気がした。それは声にすれば「嘘をつくなよ」と言っているようだった。聞き覚えのある、男の声だった。
憐れみを混ぜた、笑いを含む声に感じれた。
「…とても、できなかったのに、身体が勝手に…」そう言って自分の両手を見る。
至って普通の、見慣れた手がそこにある。しかし、この両手さえも真っ赤に染まった。記憶はおぼろげでも、感触ははっきりとそこにある。
それを見たミグラントが言う。「それもまた、ウェステッドの恐ろしい面ザマス。アキチらは、まるで当然のように人や怪物に挑みかかって殺す事が出来る」
「え…?」「うん、アキチも他のウェステッドから聞いた時も同じ反応だったよ。そんな予め設定されたような思考で、死屍累々を築くなんてありえないと思っただわさ」
そこにカーネイジが満面の笑みで割り込んだ。
「だけどできちゃうんだよなあ、これが!でも楽しかっただろ!ウェステッドは畜生の頂点、最底辺の頂点に位置する存在さあ!」いきなりのハイテンションに意見する前に気圧される椎奈。
「腑抜けた奴らはいちいち殺したり戦うことに決意だの覚悟だの、力だの意思がいるとかほざいているけど、そんなものが必要ないのは俺たちを見てれば一目瞭然さ!」
「要はウェステッドがすぐやる気になれるのは至って普通の思考だって言いたいのかな君は。いや事実そうなんだけど、でも人間にはタガというかストッパーがある生き物ザマス」それに椎奈も続く。「そ、そうですよ。なかったら今頃人間は滅んでます。全人類異世界転生ですよ。下手なSFの移民ものみたいですけど」
まあ、近年の流行的に言えば、その全人類全員が何らかのチート能力か加護を貰ってるのかもしれないけど。と椎奈は思った。
「そのストッパーがないんだよなあ
その言葉を聞いた瞬間、椎奈の頭に先程と同じノイズが走った。痛みにも似た不快感。
「違うっ!!」そして衝動的に声を上げた。「私は、あんな、ことがしたいわけじゃ、ありません…!」そして慌てて口調を抑えた。
「ま、これからぼくがお前が飲まれないように世話してやろう!丁度着いたし、降りる用意をするんだ!はよう、はよう!」
そう言ってカーネイジが椎奈の背後に回って背中を蹴って急かす。
「降りますから急かさないでください!」悲鳴を上げながら椎奈が落ちるように馬車から降りる。
そして背中を擦りながら立ち上がった椎奈は、見た光景をそのまま口にした。
「…なにこれ?」
深い森の中、椎奈の目の前にあったのは、明らかに場違いな古臭い建物が並んだ街だった。例えるなら、1950年代のアメリカの街並みのような。
古い未来感を感じる建物に唖然とする椎奈に、後ろからカーネイジが声をかけた。
「ようこそ
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