Chapter2-4-1「事案13-3:竜騎士襲撃」

懐かしさを感じる焦げ臭さでカーネイジが目覚めると、そこは自分のよく知る光景だった。

というのも、彼女はいつも似たような夢を見るのだ。

そこは灰に沈んだ古戦場か、あるいは灰に埋もれた世界の果てか。

どちらかは分からないが、彼女はこの場所を知っていた。

そこは、生前の自分の最後の場所だったからだ。

その中心には必ず、自分がいる。悲しいくらい弱弱しい火がともったたき火の前で座っている自分が。


「カーネイジ、起きて」ミグラントの声で覚醒すると、いつもの世界、いつからか彼女はゴミ箱世界と呼んでいる、この異世界の空と、それを背景にミグラントの覆面が見えた。

「朝っぱらから酷いものを見せてくるなんてひどい、謝罪して」

「起きていきなり暴言を吐かれるアキチが謝ってほしいよ」

そんなことよりも、と彼が言って彼女は山の方を見た。


山の頂上が、燃えていた。


焦げ臭さと獣の鳴き声と獣臭さで藤森椎奈が目覚めると、最初に見たのは体に乗った猿だった。

「ぎゃああ!?」思わず悲鳴を上げて飛び起きると猿も驚いたような声を上げて逃げていった。

「また気絶してたのね…だけど、この焦げ臭さは一体…」

反射的に腕で口や鼻を覆って辺りを見回すと、焦げ臭さに相応しいように辺りは煙が充満していた。「山火事…?それとも何かの祭りかな…」

言いながら歩いていると、唐突に上から人間が滑り落ちてきた。

軽く悲鳴を上げて、それが明らかに人為的な傷を負った死体だと分かったのと、それを追うように男たちが降りてきたのは流れるように起きた。

男たちが手にした武器に血がついていたのを彼女の目が見たのと、背中から反射的に飛び出した触手が一人の胴を貫いたのは同時だった。


恐らくこの人たちがこの死体を作ったのだから、ころそう。

彼女の思考はすぐにそう考えて、今度はそれに疑問を抱く間もなかった。

一瞬で、身体の何処かから湧き上がる衝動が彼女を染め上げた。


一方、頂上の村は地獄が終わった後であった。

手下たちに生き残りが居ないか山を下りて探させている数分で、村は壊滅した。

やり方は至ってシンプルで、空からひたすら竜にブレスを吐かせる。

ワイバーンであるため連続して使えないが、一回の放出時間は長い。絵の具の筆で絵を塗り潰すようにブレスを吐かせて、家屋や人々を一瞬で焼いていったのだ。

この村は周りを高い柵で囲っていたのだが、そうする理由を作ったのは二人の助言だった。勿論本当の目的はこのように焼き払うためである。

「これで全員であってほしいが…悲鳴をなるべく上げさせずに仕留めたが生き残りが居たらそいつの悲鳴や血の匂いを嗅ぎつけて…」

彼の不安は、生き残りの存在そのものである。自分らのことを話されるのではない、見つけ出して殺した場合高い確率で悲鳴が上がるし、何なら殺した際に血が出ようものなら、

「ウェステッドは、人の血と悲鳴を辿ってやってくる」という噂。

蒼天の蹂躙を体験して以来、彼はウェステッドに関する噂に対して人一倍敏感になってしまっていた。

即座に離れるために。彼らからほんの少しでも近づいたら、次は自分たちが殺されるからと。

「ウェステッドが殺し損ねた獲物は、別のウェステッドが貰うルールがある」という噂を信じての行動であった。事実、ウェステッドの襲撃を生き延びた人間の多くが、別のウェステッドに襲われて死亡していた。実際は単なるレアケースで、別にウェステッドでなくても起きる事態ではあるのだが。

だが彼も彼女も、既にまともではなかった。


悲鳴が木々の方から聞こえてきて、思わずビクッとティナが身構える。

「くそ、絞め殺して声を出させるなってあれほど言ったのに!」男が言うが、その直後、手下が返り血を浴びた状態で飛び出してきた。

「ウェステッドだ!噂通りこの山にいたんだ!たすけ」助けを求めた男の胸を、巨大なムカデのような触手が貫く。そのまま持ち上げると、ブンと二人の前に投げ飛ばした。

そうして二人の前に姿を見せたのは、勿論藤森椎奈だ。手下の誰かが持っていたのだろう、その手には自身の身長と同じくらいの長さの大剣が握られていて、地面を引きずっていた。節足はまだ出ておらず、触手がまるで尻尾のように掲げられていた。

そしてその眼は、光があるのに暗く見えるウェステッド特有の違和感を感じる瞳であった。

椎奈が二人を見て、その後ろのドラゴンを見て少し怯むような素振りを見せるが、その背後や周りで焦げた人間や建物を見ると虫と人間を合わせたような雄叫びを上げた。

その怪物となってもなお人らしさを残そうとしたような叫び声を聞いた瞬間、二人は反射的に竜の背に乗った。その僅か数秒後に二人の居た場所目掛けて触手が突っ込み、空を突いて「あれ?」と吹き出しが出そうな動きをしてから椎奈の元へ巻き戻っていく。

「ティナ!ブレスは使えないから一撃離脱でいくぞ!」

下位種族のワイバーンはブレスを何回も吐けない。吐きすぎると火炎を放つ器官と口付近を激しく火傷してしまうのだ。

続いて椎奈自身が剣と触手を引きずりながら二人と二匹に接近するが、遥か前で飛ばれてしまう。椎奈は浮上した二匹を見上げてから、次の瞬間一匹が急降下してきたので慌てて家屋の一つに飛び込むが、竜は構わず家屋に突進。カートゥーンアニメか「三匹の子豚」にて鼻息で吹き飛ばされた藁の家の如く吹き飛んだ家の跡に、頭を抱えて蹲る椎奈がいた。しかしその体勢のまま触手が通り過ぎた竜を追うが、届かない。驚いた猫の尻尾のように伸びきった触手は、届かないと見るやすぐに巻き戻る。

元の長さまで戻ると、すぐに椎奈が剣を持ちながら起き上がって、Uターンして再び突進してくるティナの竜目掛けてジャンプするが、届くわけもなく降下してきた竜の頭突きを受ける事になり吹っ飛んでいった。

ゴロゴロと転がっていきながら剣を地面に突き刺して急ブレーキをかけるが、身体を押さえきれずに剣から手を放してしまいなんとも変な転がり方をした。

すると背中から節足が飛び出して地面に突き刺さり、更に左手の爪が地面に突き立てられて勢いを殺してから、決して短くない長さの地面を削った自分の爪が全くの無事なのを見た椎奈は首をかしげるようなそぶりを見せた。しかし竜の声を聞いて前を見た時には、竜の顔がほぼ眼前にあった。竜の口が開いていくのがスローモーションで見えているが、同じくらいのゆっくりさで触手が彼女と竜の間に飛び出して盾のようになる。


衝突の瞬間、足が引き裂かれたような激痛が身体の外側から伝わって、触手が粉々に千切れ飛んでいったのが見えた。



一方、カーネイジらは山を登っていた。

少し登るとそこかしこにズタズタに引き裂かれたような人間の死体が転がっている。

「例のウェステッドもここにいるようだね。おまけにドラゴンまで騒がしい。やり合ってる最中だ」

「蟲種っぽいけどドラゴンに勝てると思うかい?」「僕の希望としては無理かな!」

いつの間に拾ったのか、頭部から目玉を引き抜きながら笑顔でカーネイジが答える。

「希望って…まあ飛べなきゃ難しいよね。それでなくても、竜の甲殻は硬いんだけど」ミグラントの言うように、ドラゴンの甲殻は硬い鱗が複数集まって形成されているのもあり非常に頑丈だ。いくら規格外の膂力を誇るウェステッドでも、容易に破壊できるものではない。

が必要だね。どいつもこいつも力押しばっかりだけどね!」「なんで君嬉しそうなの?」

半ば呆れたような雰囲気でミグラントが聞きながら、ふとカーネイジの方を見てマスク越しに怪訝な顔をした。

何故なら、彼女は引き抜いた目玉をまるで飴玉のように口に含んで転がしていたからだった。

「何してるの君…」「これをすると大抵の相手はすぐ心が折れるよ!」「今やる?」



椎奈に戻ると、触手が竜の突進によってばらばらに千切れてしまった上に、そのまま突進を受けて地面に転がっていた。ゴーレムの時もそれなりにボロボロになったが、今回はその倍ほど傷だらけになって倒れていた。死にかけの動物よりは虫みたいに小さく痙攣しながらも、何とか起き上がる。

その姿を男は空から見て軽い恐怖を覚えた。ウェステッドは、逃げを選ばなかった個体は全てどんなにボロボロになっても死ぬまで戦いを辞めないからだ。

その理由は分からない。だからこそ怖い。しかし。

「飛行型じゃない!このまま押し切れるぞ!」目の前のウェステッドは飛行型ではなく、また遠距離への攻撃手段も乏しいことが、彼の励みとなっていた。

起き上がった椎奈は上空から見ると虫のように妙に素早く自分が突き刺して離した剣まで走ると、それを引き抜いて。

振り返りざまに男の竜目掛けて全力で投擲した。

高速で放たれた剣は男の兜を掠め飛んでいき、何が起きたか理解できなかった男を前に、椎奈が怒りに震えるように叫び、もがき始めた。

四股を踏むように地面を強く踏みつけ、身体から滾り、溢れてくる何かを解き放つように体を震わせると、背中の節足が猛々しくその刃を掲げる。

「な、なんだ、なんなんだよ!竜の体当たりを受けてその程度の傷で無事なのもおかしいけど、怯まないで暴れるなんて無茶苦茶だろお前!」

その様子に逆に怯む男。ティナは手綱で竜に合図し再び突進する。

今度は逃げる様子を見せず、むしろ立ち向かうように一際力強く節足が持ち上がる。

やはり突進を受けて吹き飛び、転がっていく椎奈だが、今度は荒々しくすぐに起き上がり、ティナの竜を追うように飛び跳ねては節足を振り下ろす動きを始める。

何回も。何回も。天井に吊り下げられたバナナを取ろうとする猿のように。

「なんだ?あいつは一体なにをして…!?」男は椎奈の奇行を見て疑問を感じるが、何回目かで気づいた。


「ティナ!もっと高度を取るんだ!!」

その声に彼女が反応して後ろを振り返ったのと、椎奈が彼を遮るように姿を見せたのは同時。

節足の刃が、太陽の光に反射して煌めいたように見えた。それが大きく振り下ろされ、ティナの右太ももとその下の竜の甲殻を同時に突き破り竜に食いつくと、落下の勢いを借りて無理矢理地面に引きずり下ろした。

一年ほど言葉をしゃべれなくなっていたティナから激痛に響く叫び声が飛び出す。

それでも剣を抜き、ほぼ同時に竜から節足を抜いた椎奈目掛けて振るう。

激しい金属音が響いて節足が刃を弾く。ティナの振り払いで節足が打ち上げられ椎奈が眼中に入り、痛みに呻きながら渾身の突きを放つ。

それを椎奈は掴んで封じ、その直後に立て直した節足の片方がティナの胸を貫く。続いて鎧と服を肉ごと削ぐように節足が身体を引き裂きながら左太ももを貫く。

竜が主人を守ろうともがくが、四度目の刺突は竜自身に繰り出され、主人を間にして致命的な一撃を受ける。それでも竜、ただでは死なない。

それを本能で理解していたのか、椎奈はティナの剣を奪って竜の後頭部に突き刺した。そこは偶然にも頭蓋骨と背骨の境目であり、数少ない竜の急所の一つでもあった。

ウェステッドの膂力で甲殻を貫通した刃は骨と骨の間を通り、今度こそ致命的な一撃を竜の脳に加え、絶命させた。

そして竜から引き抜いた剣を、最後にティナを竜の身体に繋ぎ止めるように突き刺した。その頃には、既に彼女は死んでいたのだが。


敵を倒した椎奈が放心状態になっていた時、男が叫びながら竜に彼女を噛み付かせた。

今までない激痛で椎奈が叫ぶ。原形を留めているのが不思議なくらいの強烈な力で噛み付かれ、椎奈の判断でも危険な量の血が噴き出している。

だが、それでも。椎奈は女性どころか人間とは思えない力でもがいてどうにか右腕を引き抜くと、叫びながら竜の顔面を殴り始めた。

数回目で何かが折れる音が響き、右手の指が人間の骨の構造上無茶苦茶な状態になったが、気にせず椎奈は腕を振るう。その結果、バキッという割れる音と共に竜の甲殻の一部にひびが入った。

「はっ早く火を噴け!火傷になっても治してやるから!早くそいつを、焼き殺してくれ!」その様子にいよいよ恐怖してきた男が叫んで命じる。

だが、少し遅すぎた。具体的には、椎奈の拳が砕ける前に命じるべきだった。


十何回目のパンチの振りかぶりと同時に、彼女の腰の後ろ側から竜の咬合力を跳ね除けて新しい器官が飛び出した。

それは、見ようによっては巨大な虫の脚のようにも見えた。節足よりも短く太く、頑丈そうなものだった。それは巨大な拳のように関節を曲げると、その瞬間椎奈自身の拳よりも早く、重く、竜の顔面を打った。


すると、骨と肉が同時に裂けて砕けたような音を立てて、竜の顔面が

巨蟲の脚とも呼ぶべきそれは、昆虫ならではの硬く厚い甲殻に包まれた、獣と蟲の筋肉の長所だけを足した筋肉とそれを整える骨で構成された、生物のハンマーともいうべきものであった。

重く、扱いづらいが、その一撃は、椎奈が出せる全力の一撃よりも強く、そしてその一撃を放つために強靭であった。

ドワーフの一撃と同等の一撃を受けて砕けた竜が椎奈を解放する。解放と言っても、顎が頭蓋骨ごと粉砕されたことで噛めなくなったのだが。

その光景を見た男が悲鳴を上げる。続いて椎奈は、左側からも飛び出した脚を振るい、無事だった竜の右顔面も砕く。その一撃で竜の脳は頭蓋骨とシェイクされどうしようもなくなっていたが、衝動的にしか動いていない椎奈は、トドメに両脚を同時に竜に叩きつけ、頭部を完全に破壊した。

「化物!化物めえぇっ!!」半狂乱になりながら男は手にした槍を突き出す。

しかし、再生が半分ほど終えた触手が犠牲になって槍を止める。

男の呼吸が動きと共に一瞬止まる。その時に、椎奈の節足が彼の胴体を貫き、持ち上げて彼女と目を合わせた。

「…ッ!……!!…っ…」血を吐きながら、血の泡を出しながら彼は何かを彼女に叫ぼうとするが、やがて力尽きて、動かなくなった。

動かなくなった男から節足を引き抜いて、倒れても男が動かないことを確認したか否か、椎奈が今日一番の咆哮を上げた。

それは勝利の雄叫びのようにも聞こえたし、行き場のない衝動を撒き散らすような声だった。


しかし、叫び終えると同時に椎奈も膝から崩れ落ちた。

身体から露出した器官がしおれたり、または衰弱した蟲のように透明な体液を流しながら力を失っていく。椎奈自身も傷が深く、噛まれた痕の再生が追いついていないようだった。身体を維持できず、そのまま倒れてしまった。


視界が暗くなっていく。血も止まらない。全身が痛くて何処が本当に痛いのかも分からない。

「また…死ぬのかな…」何も分からないまま襲われて、殺して、死ぬ。

なんとも呆気ない転生だった。笑えそうだけど、笑えない。私自身は笑う気力がもうない。

「次は…人間じゃなくてもいいから…もう少しましな…生き物か…世界に…」

生まれ変われるといいなと思って、私は意識を失った。



頂上に辿り着いたカーネイジが見たのは、竜二体の死骸と人間二人の死体。

そして焦げた人間の死体と、全焼した建物の残骸だった。

「すごいね、例の奴は想像以上に強い奴みたいだ」感心したような、警戒するような雰囲気でミグラントが言う。

ある種の芸術品のように竜に釘付けにされた女性、ティナの死体を見ていると、ミグラントが二匹目の近くに一人の女性が倒れているのを発見する。

衣服の背中の部分が特に大きく裂けていて、そこから蟲のような触手や節足が、ピクピクと痙攣しながら息絶えようとしていた。

「いたよ!生きてるか分からないけど、この人に間違いない!」

大声で彼女を呼びながら振り返ると、カーネイジは何故かティナの首を持っていた。

「うん?なんだ見つかったのか。ぼくとしては見つからなくてもよかったけどね!」

「君がそれをどうするのか知りたくないけど、この人がやったのは確かかも。君の言う、やり口が出来る器官の形状をしてる。死にかけだけど」

「竜を倒すとはね。まあ及第点、な感じかな。死んでても生きてても連れていくとしよう、はよう!はよう!」

急かすように騒ぎ始めるカーネイジを無視してミグラントは椎奈を抱きかかえると、村の跡地を後にした。

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