Chapter2-4-1「事案5-X5:帝国空軍撃滅」

彼女は夢を見ていた。盗賊や男よりも先に眠った女性の竜騎士の夢だ。

彼女の名前はティナという。


それは蹂躙の記憶。ウェステッドと言う存在に刻み付けられた恐怖の記憶。

最初に甦るのは、出撃した時の記憶だ。任務内容は、帝国領に存在する飛行型ウェステッドの討伐と、ウェステッドの拠点への攻撃。

戦争で廃村となった村の付近の上空で飛行型ウェステッドが確認され、廃村でも人影や異形の影が目撃されたため拠点と判断され出撃が決定したのだ。

投入されたのは小人族が遠隔操作又は装着して使用する飛行機械、帝国の騎竜部隊、ドワーフ族が王国の軍用兵器を真似て製造した戦闘機で構成された大規模な航空部隊。

周辺諸国との戦闘なら、これだけで敵地上部隊を殲滅することもできる。

所謂「本気」とも「オーバーキル」とも取れる大戦力での作戦だった。

これだけの戦力を投入させる理由がウェステッドには実は存在しない。

だが、王国からの要請の名の命令もあるのと、その廃村が帝国の中ではそこそこ大きな都市の近くだったのもあり、急きょ殲滅する必要があると、今回の投入に至ったのだった。


騎竜用の宿舎の扉が開かれ、隊長騎を先頭に次々と騎竜が飛びだっていく。

その横を遅れて離陸したドワーフのプロペラ戦闘機、小人族の飛行機械が並び編隊飛行を開始する。ティナと後に行動を共にすることになる男は後方についていた。

「たかが生物種のウェステッド相手にここまで投入する必要があるの!?」

「ウェステッドが組織的な行動をとり始めているという報告もあるし、もしかしたら近いうちに集団で攻撃するつもりかもしれないだとよ!」

ウェステッドは基本的には単独か、最低3人ほどで行動していることが多い。

しかし、第四形態になると何故か10体ほどのグループを幾つも作って複数回村や町を襲撃することがあり、時には何十体もの大群が押し寄せてくることもあった。

ドワーフ族と小人族が協同で開発した魔導通信機から雑音が入る。通信を受信した合図だ。

「それだけじゃねえ、最近機械種の目撃情報が寄せられててよ、俺達の工場もこの間やられちまった。奴ら、鉄と火薬の香りのする場所を優先的に狙って人諸共食い荒らしやがる」

次に入ったのは小人族だ。風の音からして、飛行機械を装着した者だ。

「目的の廃村は都市に近い。そこには鉄工所もあるから、機械種が狙わない理由はないね。周辺諸国の攻勢も強まってるそうだし、ここでウェステッドに後ろからつかれたくないのかも」

ここで隊長騎から通信が割り込む。「各機、前方に未確認物体を確認した。奴らも気づいたようだ」

白百合のエンブレムを付けた白い鎧を装着した騎竜が見えた。隊長の竜だ。

「“姫騎士”アンジェリカ07、か」「しかも番号持ち。No.47の二ケタ台だっけ」

ドワーフと小人族が言う。帝国の女性兵士の中で特別視されているのが姫騎士と呼ばれる存在たち。優秀な戦果を上げたり、熟練の冒険者をスカウトして編成されている。

その中でも01から100までの番号を与えられたものは、高い戦闘力を持っていると言われている。

因みに、姫騎士たちは姫名(プリンセスネーム)というあだ名で呼ばれている。

その中で番号持ちは初代の名前が使われており、代替わりが行われると代数を表す数字が付け加えられる。


「いいか諸君、生物種のウェステッドとはいえ脅威であることは忘れるな。世界に棄てられるだけの力を有しているのだからな」

アンジェリカはそう言うと未確認物体、トンボの羽が生えたヘビのような細い体、しかし頭部はクワガタムシの蟲竜種の飛行型ウェステッドに一直線に突っ込み、すれ違いざまに竜騎士用の大剣(クレイモア)で両断した。

それを皮切りに、雲間や地上の木々から次々と飛び出してくる影。どれも飛行型のウェステッドで、いずれの頭部には「複眼」があった。

そしてその数は、彼らの想像を越えた20体ほどの中規模のグループだった。

「敵を撃破したら廃村に向けて爆撃を行い、潜伏しているであろうウェステッドを掃討するぞ!各機、突貫!」

了解、と空に上がった全員が答え、ウェステッドの群れと正面から激突した。

竜種の後ろを取った戦闘機が翼に内蔵された機銃を発射する。12.7mm弾の雨が逃げる竜種の翼を引き裂き、続いて甲殻を粉砕して撃墜した。

巨大な七色に輝くカブトムシ型の蟲種ウェステッドと組み合った飛行機械、航空型の魔導アーマーに搭載されたマジックミサイルが至近距離で射出され炸裂。虫の姿をしているのに赤黒い体液を撒き散らしながら顔面を砕かれた蟲種は落下した。

しかし、その魔導アーマーを背後から貫いたのは身体はイワシ、頭部はカジキマグロで巨大なヒレを持った水棲種だ。水棲種はすぐ下の川から飛び出してきたようで、魔導アーマーを貫いたまま水中に消え、再び猛スピードで空中に飛び出していく。

その先では見方によっては弱そうなグリフォンにも見える、頭がハトで身体がライオンの鳥獣種が戦闘機を鉤爪で捕らえ、クチバシでコックピットのガラスを突き割り、中のドワーフを啄んでいた。

竜騎士部隊にも被害が出ており、女の前を飛んでいた同僚の竜が不自然に止まったと思ったら、極薄のガラスの板で竜諸共になった。

ガラス板の主は勿論ウェステッド。蜘蛛の身体に四枚のトンボの羽を持った蟲種だ。

蟲種の異能が発動したのだった。

ぎちりと顎が動く音が聞こえ、蟲種がこちらに向かってきた。

が、蟲種の背後から砲声が響き、次の瞬間には胴体に大穴が空けられ、次に頭部が吹き飛んでいった。

「無事か!?」竜騎士用の新装備、対ウェステッド用の小口径砲から煙を上がらせて男が叫ぶ。「あ、ありがとう!」「礼は後だ」二騎は即席のタッグを組み前進する。

二騎の前方でウェステッドのものと思われる悲鳴が聞こえた。アンジェリカのクレイモアに斬られた深淵種のウェステッドから出ていた。

虫とも獣とも何とも言えない、ごちゃ混ぜになったようなものに蝙蝠の羽を取って付けたような姿をしながらも、その悲鳴は幼い少女のそれだった。

そのアンバランスさに彼女は気味の悪さを感じるが、それを掻き消したのはアンジェリカの戦いだった。純白の鎧に、希少種と言われる白い甲殻を斑に染める事を厭わずおぞましいウェステッドに果敢に挑み、一撃で切り捨てていく姿に。

そもそも彼女が消耗率の多い竜騎士部隊に入隊した理由は、アンジェリカの隊に入るためだった。

彼女の村を襲った魔物を、騎乗した竜の一撃で倒した姿に憧れて入隊したのだ。そして苦労の末、今年漸く彼女の指揮する部隊への編入を果たしたのだった。

その初任務が、今である。


両腕が鳥の翼で顔がライオンの鳥獣種が訳の分からない言語を叫びながら接近してくるが、ティナが突き出した大型の槍に貫かれていく。竜騎士用に支給される武器は、騎乗状態で使うことが前提であるためどれも大型のものを、基本的に振り下ろす。

彼女を助けた彼が使っていた小口径砲は、技術が歪に進化した現在のものであり、当時は小型の大砲をそのまま竜に括り付けていた。

「生きているか新入り!」その彼が飛んできた。「なんとか!」彼女は応えながら槍を切り離す。騎竜用の槍は振り回すよりも猛スピードで体当たりする生身の攻城兵器のような扱い方をするため、穂先を切り離して換えの槍を装着できる。

「数は減ってる!このまま押し切れば…っ!?」その時、彼は見た。


最初、それは2メートルほどの真っ黒な蝶の姿をした蟲種ウェステッドに見えた。

しかし、それを狙って上昇してきたドワーフの戦闘機に向かってし、通り過ぎたと同時に戦闘機が切断され、爆発した。

その際に全員の耳に入ったのは、金属質ではあるが湾曲させたような音だった。

生物種のウェステッドがそんな異音を発しながら、しかも高速で落下して戦闘機を切断できるわけがない。中にはいるかもしれないが、普通はありえない。

魔導アーマーの一機がマジックミサイルを発射。ミサイルは吸い込まれるようにウェステッドに命中、爆発、身体を覆っていた鱗粉のようなコーティングが剥がれ、に輝く装甲が一瞬見えた。

「機械種のウェステッドだぁっ!」それを見た竜騎士の一人が叫んだ。

そう、蝶の姿をしたウェステッドは機械と蟲種の混合種の機蟲種。

ついでに言うと、戦闘機を切断したのは後翅の先から伸びる超振動ワイヤーだった。

攻撃を受けた蝶はふわりと再び浮上したかと思ったら、次の瞬間にはその叫んだ竜騎士へと一気に距離を詰めて、直後に竜もろともバラバラに切り刻みながら通過していく。

まるでサイコロステーキのようにブロック状に切り分けられた竜と人体が落ちていく光景に思わずティナは吐き気を覚えた。

「畜生ぉ!来るなぁっ!」蝶は次の獲物をまた竜騎士に選び、急接近する。

悲鳴を上げながら騎手は剣を振り回し、竜はブレスを吐いて応戦する。

しかし剣は蝶の身体に傷をつけることができず、ブレスを浴びても鱗粉が剥がれるだけでまるで効果がないようにしか見えなかった。そうして蝶が通り過ぎて悲鳴が消えたと思ったら、その時には既に一人と一匹はバラバラになっていた。

蝶はただ飛んでいるだけで、接近する時だけ金属音を歪めたような異音を立てながら高速で接近している。代わりに後翅から伸びた超振動ワイヤーブレードが、まるで触手のように動いて犠牲者を切断していた。

戦闘機に上を取られ、機銃掃射を受けるもやはりコーティングが剥がれるだけでダメージを受けている様子はなかった。それどころか機銃の雨を受けながら急上昇し、ワイヤーブレードの一撃で両翼を切断し、自身の胴体で体当たりして機体を粉砕した。


爆炎の中から斑に銀色になった蝶が飛び出し、青空の上で誇るかのように舞った。


「怯むな!機械種といえども無敵ではない!必ずや弱点がある筈だ!」

アンジェリカが叫ぶ。「しかし隊長、奴は攻撃が通じません!竜のブレスはおろか、マジックミサイルすら効かないんですよ!?」思わずティナが反論する。

彼女が言う通り、目の前の蝶はブレスはおろか王国を除けば最高峰の技術で製造されたマジックミサイルの一撃にすら耐えていた。とても倒せるとは思わなかった。

「とにかく攻撃しろ!いくら機械種だからってリスクなしに飛べるはずがねえんだ!撃ちまくれ!」ドワーフが叫び、雄叫びと共に蝶に特攻。機銃の雨を降らせる。

それに同調した魔導アーマーが接近し、別方向から魔力で形成するエネルギーブレードを突き出した。着弾の衝撃で動きがふさがれていたため、ブレードの突きは吸い込まれるように胴体に命中。凄まじい火花を出した。しかし、両方とも攻撃は通じていないようで、やはり銀色の胴体を見せるだけに終わった。

しかし、別の魔導アーマーがやぶれかぶれの追撃をかけた時だった。弾丸の一発が散々弾かれていた翅に命中し爆発。銀色の装甲に傷が入り、蝶が大きく仰け反った。

「なっ!?」金属質の悲鳴を上げながら揺れる蝶を前に驚く。

だがすぐに小人族が原因を突き止めた。「そうか…あいつの防御力の正体はあの黒い鱗粉なんだ…!」「鱗粉が!?ただの粉じゃないか!」竜騎士の一人が突っ込む。

「いや、鱗粉は水を弾いたり空気抵抗を減らしたり重要な役目を果たしてるんだ。あいつの場合は、原理は分からないけど鱗粉が装甲としての効果を持っていて、あらゆる衝撃から身を守っていたんだ!」

「じゃあそいつを全部取り払えば攻撃が通じるってか!」「だが攻撃を受けた側から奴の鱗粉は戻ってるぞ!」

誰かの言う通り、蝶の鱗粉は攻撃を受ける側から剥がれていくもののすぐに元通りになっていた。実際の蝶の鱗粉は一度剥がれたら再生することはないのだが。

「さっきのブレス、あれを受けた時一気に剥がれてた!」ティナが声を上げた。

彼女は見ていた。竜のブレスを浴びたあの蝶の鱗粉が大きく剥がれ、一際広い銀色の装甲をのぞかせていた所を。

それなら、と小人族も続く。「マジックミサイルが命中した時も鱗粉が大きく剥がれたのが見えた。あの鱗粉は高熱に弱いんだ!やれる、やれるぞ!」


反撃方法を見出した一行の士気が上がる。「ならばブレスは私が担う!各機続け!」

アンジェリカが小さな黒煙を上げながら飛び続ける蝶に接近する。それに気づいた蝶が後翅のブレードを持ち上げ迎撃の体勢に入る。それに呼応するかのように、分散させられていた飛行型ウェステッドたちがアンジェリカと共に向かう竜騎士隊に向かってくる。

「他は俺達に任せろ!お前らは蝶をやれ!」ドワーフと小人族が離れ、そのウェステッドの前に立ちはだかり迎撃する。

「薙ぎ払え!」アンジェリカの命令を受けたドラゴンがブレスを蝶に放つ。

敵が何をしようとしているのかを察したのか炎に煽られるように蝶が浮き上がり回避する。だがその先で機関砲の攻撃を受けて動きを封じられ、追いかけるように噴き上げられたブレスを浴びた。

黒色の装甲が一気に銀色に変わっていき、そうして露出した頭部を覆うように並んでいる複眼が炎に焼かれながらアンジェリカを睨むように光った。

「機械となってもその醜さは変わらんか…」頭部を覆っている複眼を見て彼女は毒づいた。

それを聞いたか否か耳障りな金属音を鳴らしながら蝶が翻り、ブレードワイヤーを振り回して彼女を竜諸共切り裂こうとする。

だが、上空から急降下した別の竜が蝶に体当たりして叩き落とす。ティナの騎竜だ。

思わぬ方向からの衝撃で蝶の思考が途切れる。カメラアイの一つが彼女の竜を捕捉する。蝶の異能である「防粉」は、あらゆるダメージや衝撃から身を守る鱗粉を常に放出する能力だ。ただし欠点として極低温と超高熱に弱く、また鱗粉がなくなるとこれまで完全に防いでいた衝撃やダメージをそのまま食らってしまう。

蝶のであった浮遊を叶えるために特化した身体は、機械種にしては余りにも脆く、またこの姿に今のような衝撃を受けたことはなかった。

――――。蝶の思考が何かを呟く。だがそれは自分でも何を言ったのか分からなかった。だが、

排除ころ

蝶の思考からノイズが消え、0と1、プログラム言語に機械化された殺意モード一色に染まる。

飛翔を司る反重力ユニットが駆動、空中で自分に伸し掛かっている竜目掛けて斥力を形成し弾き飛ばした。すぐさま後翅のブレードを振り上げて打ち上げる形となった竜を切断しようとする。も、その前に異能の発動が優先され攻撃が中断された。

翅の付け根にある放出口から黒い鱗粉が噴き出し身体を再び黒に染める。

しかし直後に別の敵からの攻撃で鱗粉が剥がされてしまう。ロックオンアラート、前方よりミサイル接近。回避優先。攻撃中止。

思考に次々となだれ込んでくる警告、報告、忠告。その全てに流されるように処理していくが、最初に打ち上げた竜のことが一瞬思考から消え、再び浮かんだと同時に。

「そこだぁっ!!」というまだ幼さが残る少女の絶叫と共に鋭い衝撃が翼から伝わった。ダメージアラート、被弾、右前翅放出口に直撃。姿勢制御不能、原因調査中。

カメラアイの一つがその様子を見る。ロングスピアが翅の付け根に突き刺さっている。斥力再形成、障害排除、実行。

再び弾き飛ばされるティナ。しかし吹き飛ばされないよう手綱を握り締め、竜も衝撃でひっくり返らないように踏ん張った。その上をアンジェリカの竜が過ぎて行き、見るからに不安定な動きをする蝶に斬りかかる。

金属同士の衝突音が響き、クレイモアがブレードを、ブレードが剣を相討ちの形で破壊し合った。苦い表情を浮かべる彼女。一方の蝶も折れるはずがないと驚愕していた。

自分の身体の中で最も重いブレードは、鞭のようなしなりを実現する為に無数の特殊合金製の刃を束ねて形成している。故に凄まじい切れ味と、それでいて耐久力を両立していた。。なのに、それが、目の前で砕けた。

その様子はティナ達にも見えていた。竜の堅い甲殻はおろか、装甲さえ切断する刃が粉々に砕け散っていった。

悲鳴にも似た機械音を鳴らして蝶が一転して逃げの姿勢に入った。

「なんだ!?あいつ逃げてくぞ!」「あれが唯一の武器だったんだ!逃がすな!」

立て直したティナも後に続く。その間、彼女はふと蝶の翅を見た。

鱗粉が剥がれ、露出した銀色の装甲。その右翅の一部だけが黒いままだった。

彼女の方向ではよく見えなかったが、増援のように集まってきたウェステッドを撃退したあるドワーフからはその黒いものの正体が分かった。

「…V?」それは、まるでローマ数字(この世界では教国と呼ばれる場所から伝わった記号で教国数字と呼ばれる)で5を表す記号に見える模様だった。

しかし彼は「勝利Victory」のVと思い「常に勝ち誇ってたってわけかよ」と毒づいた時だった。


≫そのドワーフの戦闘機の通信機に、突然そんな言葉が聞こえた。

機械のように聞こえるのに、人の声だとはっきりわかる雰囲気だった。

その言葉の後にけたたましい悲鳴のようなノイズが入った。それは何処か懇願するような声にも聞こえた。

のどちらかに。


「やああああああっ!!」ティナが絶叫と共に槍を突き出し、一直線に蝶に突撃する。蝶の悲鳴が一際大きくなり、翻ったかと思ったら竜騎士たちの前に強烈な閃光を放つ。合図か目眩ましに使っていた閃光弾をほぼ至近距離で炸裂させたのだ。

これにより蝶のカメラアイの半分近くも機能障害に見舞われるが、相手の目を眩ますことはできた。蝶の思考では、このまま他のウェステッドに押し付ければ逃げ切れると確定していた。

だが、蝶の思考から抜けていたのは、竜騎士の残数だった。

同時にカメラアイの半分が強烈な閃光によって一時的にマヒしていた。


そのため、上から奇襲をかけて機関砲を射撃する竜に気付けなかった。


鱗粉が剥がれた装甲や翼に次々と砲弾が着弾し、その衝撃でその場に抑えつけられる。

何が起きたのかと思考するよりも早く、そのまま突っ込み続けていたティナの槍が攻城兵器めいた勢いで蝶の胴体を貫く瞬間を確認する方が先だった。

≪―――――――ッ!!!!!!!≫生き物とも、金属音とも、人間とも取れる絶叫が通信機は勿論その場にいた全員の耳に突き刺さるように入った。

その声の主である蝶は数回の爆発の後、全身から赤黒いオイル、または体液のようなものを噴き出して墜落した。

「やった…っ!機械種を倒した!」「俺たち竜騎士部隊が機械種のウェステッドを倒したんだ!陸軍の仇を取ったぞ!」

各地から勝鬨の声が上がる。飛行型ウェステッドも蝶が倒れたのを確認した途端に散らばるように逃げ出していっていた。

「よくやった8番騎!」アンジェリカが感嘆の声を上げる。「これでまた一体世界から脅威が取り除かれた。後は地上に潜伏しているウェステッドだけだ、ドワーフ隊、頼むぞ!」

任せておけ、とドワーフが答えると、遠くの方からドラム缶のように寸胴な飛行機が姿を見せた。ドワーフの爆撃機だ。

ぐおんぐおんと轟音を立てながら竜たちのはるか上空を通り過ぎていき、そして目標地点である廃村上空に到着した。

「地上にはウェステッドがいるって話だろ、こんな騒ぎやって逃げてるんじゃねえのか?」操縦士の一人が言う。「それはねえさ、俺たちの地上部隊が村を包囲してるんだ。穴でも掘らなきゃ逃げられねえよ」もう一人が酒をあおりながら答えた。

彼の言う通り、ウェステッドの群れの掃討のセオリーに習って過剰とも取れる戦力を投入しており、ドワーフは航空部隊に加えて先月完成したばかりの戦車部隊を投入していた。

そして、前もって廃村の周りを包囲して村から出てくるものを逃がさない構えであった。「だよなあ、それで何か出てきたとか報告はあるか?」「いんや、地面の振動もねえし村から出てくる奴もいねえ。そもそもんだとよ」

「なんじゃそりゃ」「家屋の中で隠れてるんじゃないかって話だが、俺としてはガセネタの可能性を挙げてえな」

ウェステッドの数が増えていき、明確な外敵として認識され始めてからと言うものの、ウェステッド絡みのガセは増える一方であった。

中にはウェステッドが出たと偽りの依頼で呼び出して抹殺やその辺の魔物対峙に優秀な冒険者を向かわせようとする依頼者も現れ始めている。

皮肉なことに、本当にウェステッドが姿を現すことがあったため、ウェステッドの正体は人の噂や嘘から産まれると恐れられていた時期もあった。

「嘘をつくとウェステッドがやってきて食べられる」はその時期流行った警句である。


「だけど飛行型はいたじゃねえか、おまけに機械種まで」

「だから今回はガチって事だな。――爆弾投下用意!爆弾倉開け!」

投下地点に近づいたため、話を切り上げて爆撃の操作を始める。

「爆弾は!?」「焼夷弾と通常爆弾の二種類!黒焦げの破片に変えろだとよ!」

賛成だ。と答えて二人は爆撃を開始する。

胴体下部が開き、爆弾が滑り落ちるように投下されていった。

投下された爆弾は邪魔されることなく落下に関する物理法則に従って落下し、廃村を廃村たらしめていた家屋の悉くを吹き飛ばしていった。


その様子を映す、一つの目。

興味深い。とそれは思った。

見たい。とそれは強く思った。

いつものように淡々と、いつものように執拗に。

帰ろうと思っていたが、なかなか、面白そうなものが現れたとそれは思った。

18


爆弾が炸裂した音が衝撃と共に竜騎士たちや魔導アーマーに響く。

「爆撃も成功した、私たち、街を守ったんだよね!?」ティナが聞くと同僚の一人が「勿論さ、犠牲はあったがウェステッドの多くを倒す事が出来たんだからな」と答えた。

「後は地上部隊が生き残った奴を仕留めて、作戦は終わりだ。報告を待とうぜ」


一方、地上部隊は廃村の跡地に居た。

「どうだ、それらしい死体は見つかったか?」「何もかも黒焦げで分かんねえ。機械種じゃねえんだから木っ端みじんに吹き飛んだんじゃないか?」

「腕の一本でも持ち帰らねえと上層部が信じないんだとよ」「めんどくせえな人間って」「それだけ人間にとってウェステッドは恐れられているんだろ」

暫く進むと、一際大きな穴に辿り着いた。

「こいつは…?」一人が覗き込んでみて、目を見開いた。

そこにあったのは、大量の死体だったからだ。殆どが黒焦げで辛うじて人の形を保っている程度だったが、中には焼け爛れた、残っているものもあった。

「なんじゃこりゃあ…これ全部ウェステッドか?」「人気が無いと思ったら穴掘って逃げてやがったんだな。焼夷弾じゃなかったら何匹かは生き残ってたかもな」

言いながら決して深くない穴に降りて死体を確認する。

「なあ、こいつら…」「どうした?めんこい子でもいたか」

「こいつら、」そうつぶやいたのは若いドワーフだった。そのため、年配者が口を開く。

「器官を露出したままや異形化してない状態で死ぬとウェステッドは人間と見分けがつかんからな。ゴブリンが記した記録によれば同じだそうだ」

しかし、彼は続ける。

「この死体、黒焦げになってて分かりづらいが、

「恐らく餌として貯め込んでいた人間だったんだろう。助けられなかったのは残念だが…」

そう言いながら死体の山に向かって手を合わせる。その時だった。

遠くの方で爆発音。それは砲弾の着弾音に近かった。

「生き残りか!?」と一人が叫んだと同時に通信機から悲鳴と轟音に混じって通信が入る。

「畜生!こいつあの時のっ…!!」

その言葉を遮るような爆発音が響き、通信が切断された。そして、今度は地面が揺れ始めた。

「なんだ、何が起きてる!?」「前方、村の外から何か来るぞ!あっちの連中はなにやってるんだ!?」

彼らの頭上を何かが高速で通過し、同時に何かが遠くから飛来する音が響いて、破壊音と共に彼らの後方で待機していた戦車の砲塔が吹き飛んだ。

彼らが見たのは、オリーブドラブの、砲台を背負った一つ目の鋼鉄の巨人の上半身が砲塔の代わりのように乗っかった戦車のような兵器だった。

勿論、ドワーフたちの兵器ではない。それを見た彼らはすぐに気づいた。

「機械種のウェステッド!」「もう一機居たのか!」叫びながら一人が背負っていた棒を前方のウェステッドに構えた。

それは転生者たちが召喚または産み出す現代兵器を模倣して作られた、使い捨て式の対ウェステッド兵器。近代兵器で言うなら、パンツァーファウストのようなものだ。

「これでも喰らえ!」引き金を引くと爆発音とともに先端部が射出され、やや放物線を描いて機械種の胴体部に命中し爆発する。

しかし、煙が晴れると全く無傷の装甲が見えた。それどころか彼らなど気にも留めていないのか、前方の戦車たちに接近する。

「新手か!」「怯むな!撃てぇ!」射手が叫び、足元の発射ボタンを思いっきり踏みつけると、60mm砲が吼えて砲弾が発射され、目の前の巨人の胴体に直撃するが、蝶の時よりも鈍く、より硬い金属同士が激突したような歪んだ音と共に砲弾が弾き返された。榴弾が命中し爆発しても、煙の先の装甲は小さな傷か焦げがつくだけでダメージには至っていなかった。

その右胸に刻まれたXIIに見える模様にも命中するが、模様すら消えなかった。

巨人が手にしている57mmマシンガンを戦車に向け適当な狙いをつけて連射する。

連射速度は遅いものの、放たれた砲弾は戦車の装甲を容赦なく、呆気なく貫通または破壊していく。

正面装甲が砕け、砲塔と車体の間が爆発して砲塔が吹き飛ぶなどして戦車が次々と破壊されていく。そして破壊した戦車を、自分の車体正面に搭載されたバケットとフォークを掛け合わせたようなパーツで掬い上げるように持ち上げると、更に上部や側面から折りたたまれたアームが伸びて頭部まで持っていき、巨人の頭が割れ、戦車の残骸を金属質な破壊音と共に咀嚼し、捕食していった。

ドワーフたちはその光景に見覚えがあった。忘れられるわけがなかった。


先月破壊された工場を襲ったウェステッドが、同じ方法で仲間を戦車や資材ごと貪っていたのだから。


「間違いねえ、あいつだ…!」恐怖と怒りで震えながら一人が呟く。

「あのクモ野郎が引き連れてた一体か、ここであったが百年目だ!ぶち殺して」

叫んでいた一行の上空から突然鋼鉄の矢が降り注ぐ。巨人の車体から発射された対人用鋼鉄杭を満載したポッドが頭上で炸裂したからだ。

「撃て、撃ちまくれ!現代兵器で殺せる奴らなんだ、真似ものだとしてもほぼ同じ性能を出せるこいつらが出来ないなんてことはありえねえ!」

戦車の主砲が次々と火を噴き、砲弾を撃ち込んでいくが弾かれるばかりでまるで通じていない。対する巨人は射程の関係で使えないのか、そもそも使うまでもないと思っているのか背負っている主砲は使わず手にしたマシンガンの掃射だけで戦車を破壊しては、残骸を持ち上げて食べていった。

「航空部隊聞こえるか!」生き残った地上のドワーフたちが上空の部隊に通信機で叫ぶ。「機械種ウェステッドが現れた!住処を空けていたのか包囲網の外からやってきたようだ!誰でもいいから航空支援を要請する!」

それにすぐに応えたのは同じドワーフだ。「了解だ、今すぐそっちにっ」

急降下した戦闘機を薙ぐように機銃の雨が迎撃し、一瞬でハチの巣にして撃墜した。

「え!?」その様子を見たティナがすぐに機銃が飛んできた方を見下ろすと、そこに見えたのはオリーブドラブの戦車のような物体と、そのすぐ後ろで四連装対空砲を背負った巨大なトカゲだった。

機械と竜の混合種、機竜種のウェステッドである。戦車の後ろに隠れながら、背負った対空砲で上空の竜や兵器を撃ち始めた。30mmの弾幕が上空に撒き散らされる。

次に犠牲になったのは二回目の掃射の先にいた竜だ。曳光焼夷徹甲弾がレーザービームめいた輝線を残しながら竜の甲殻を突き破り、体内を致命的に焼きながら貫通。背中に乗っていた騎士は、その内の一発を胴体に受け四散していた。

機竜種は射撃を続けながら別の標的を狙い撃ち、三つ目の犠牲は魔導アーマーとなった。やはり最初の一発が易々とアーマーを貫くと内部の小人族と機械を物理エネルギーと焼夷効果で強引に、搭載していた弾薬などの可燃物に引火し爆散させた。二人にとってだったのは、恐らく最初の一撃で既に即死していたことだった。

「嘘だろ、機械種が三体もいたのかよ!」「道理で他の飛行種が強気になれたわけだ…」「逃げた方がいいじゃないのか、援軍を要請するべきだ!」

動揺が再び上空部隊の中で広がっていくが、ドワーフの戦闘機が降下と共にその空気を振り払うように唸る。

「冗談じゃねえ!トカゲは知らねえがあの戦車もどきには借りがあるんだ、逃げてたまるか!」一機が巨人に向かって急降下する。それに気づいた機竜種は戦闘機に射撃を集中するが少し間に合わなかった。何発目かがコックピットを抉るが、撃墜することが出来ず人型部分に激突、燃料と翼に搭載していたロケットポッドなどが引火誘爆し大爆発した。機械が唸るような音が響き、激突した箇所を中心に多少損傷した人型部分が煙から姿を見せた。巨人も戦闘機の突撃には驚いたのか地上からの攻撃から意識が逸れて、その隙を狙った砲撃が左手、正確には左手に装備していた57mmマシンガンに命中し爆発。左手がマシンガンごと吹き飛んだ。

これには流石の巨人も痛みに呻くような音を頭の辺りから発するが、右手に装備したマルチプルランチャーを構え、80mm弾を発射し戦車を粉砕する。

一方トカゲはその隙を狙って降下した魔導アーマーに組みつかれたため振りほどくのに集中して攻撃を中断していた。

「今ので戦車もどきにダメージが入った!今なら奴を倒せるかも!」

「対空砲火も出来ない今がチャンスだ!全機降下して…っ」

上空部隊が一斉に降下して巨人とトカゲを倒そうとしたときだった。

今度は爆撃を行ったドワーフの爆撃機からの通信が入った。

「そんな嘘だろ…!なんで、なんで奴がこんなところに…っ!?」

爆発音と悲鳴で通信が途絶え、代わりに別の機からの通信が入る。

「みんな逃げろ!奴らは…あいつの駒だったんだ!早く、早く逃げ」

その機体も爆発音の後に通信が途絶え、続いて空一帯に巨大なものが飛行しているような、あらゆる種類のエンジンが同時に駆動しているような轟音が響き渡る。

「今度はなに!?」「ああおい、嘘だろ、そんなことがあるはずが…」

一人の声の後、全員が音が響く方を見て、そして今度こそ絶望した。

雲をかき分けるようにして、無数の飛行型ウェステッドを引き連れて姿を見せたそれは、例えるならを、巨大な物体だった。

空一帯に響き渡る轟音は、六枚羽に搭載された大小様々なエンジンと、胴体部のスラスターから発せられていた。

それを見たアンジェリカの顔が、真っ青に染まった。辛うじて、言葉を紡ぐ。

帝国にとって最悪最強の存在、この世界に潜む災厄の一体が有する称号とその名を。


「“蒼天覆う巨影の竜王”…」


ウェステッドという存在が姿を見せ、そして人類と魔物と相対する様になってから、無敵を誇った帝国の軍隊を悉く蹂躙していった、飛行型ウェステッド最強最悪の個体。

の名前は蒼天。機竜種第四形態のの一体だ。

「なんでこんなところに奴が!?」「そんなの分かる訳ないだろ!なんで、何で!」蒼天は第四形態にも関わらず積極的な攻撃を行わないウェステッドとして知られている。

だが彼が襲撃する時の合図はすぐに分かる。彼の眼が開いていること。

一見すると航空機に描かれる落書きかノーズアートのような横に三つ並んだ目のマーク。それが開いている状態が、彼が襲撃をするつもりの表情だ。

因みに彼の眼のマークは実際に眼球である。そして第四形態の証の一つである、複眼でもある。

だが竜騎士たちが驚いている理由は、帝国軍は陸海空のほぼ全ての隊が蒼天の襲撃を経験しているほどの苛烈な攻撃を受けていたが、最近では目撃しても何故か彼は襲ってこなかったからだ。帝国から攻撃を受けても、回避も反撃もせずに去っていく。

」と噂が立つほどに。


だが今まさに目の前の蒼天の眼は、18つある全てが見開いていた。

そして真っ直ぐこちらに向かってきていた。その周りには飛行型ウェステッドが追従しており、その多くが機械種か機械種との混合種であった。

その光景を見た航空部隊の頭に浮かんだのは一つ。



だがそれを振り払うかのように、生き残った魔導アーマーが全機蒼天を目指して接近する。「何やってるんだ!死にたいのか!?」「今しかない!蒼天が眼を開いてやる気になっている今しかないんだ!」小人族の一人がそう叫びながら、追従していた機械種ウェステッドに体当たりし、次の瞬間自爆した。

蒼天の眼が魔導アーマーたちを見つめる。見たことがない機種だと彼は思った。

。それぞれの三つ首が動き、三つ首全てでアーマーの動きを追い始める。見なければならない。観測しなければならない。全て。全て。

「蒼天は興味が湧いたものを目撃すると観察する為にそいつへの一切の攻撃を止める!それが狙いだ!奴が今しかない!」

一人が叫びながら隊が三つ首の一つの周りに着くと、次の瞬間一斉に背中のブースターユニットを切り離した。ように見えたが空中に置いてけぼりにされたユニットから伸びたワイヤーと機体が繋がっていた。機体は滑走するように蒼天の首にさらに接近すると、腰に装備した巨大な杭のような装備を取り出して彼の首に並べて突き刺していく。何をしているのか、それを知りたい蒼天は反撃も抵抗もせずに魔導アーマーの作業を観察していた。

「埋没式遠隔魔術発動機、連結器埋没完了!」「想定通りだ、やれ!」

隊長機の指示を受けた機体のパイロットが魔法を発動すると、突き刺した杭と杭の間に光の線が走り、眩い光を放った。

次の瞬間、凄まじい音を立てて蒼天の首が、

パイロットが発動したのは切断系統の魔法だ。蒼天の首に突き刺していたのは遠隔で魔法を発動させる道具と、その道具と道具を連結する道具だった。

蒼天は機竜種。機械種の混合種は例外なく半生物型であり、蒼天も例に漏れずその装甲の内側には生身の身体があった。

まるで巨大な滝のような勢いで赤黒い液体が噴き出し、その下にいたドワーフの地上部隊と、巨人とトカゲに降り注ぎながら、切り離された蒼天の首が巨人のすぐ横に落ちた。道具に込められた魔法は切断魔法と岩盤を砕く際に使われる粉砕魔法。粉砕魔法で装甲を砕き、切断魔法でその内の肉体を斬ったのだった。

そして蒼天の首の自重で、千切れるようにして落ちていったのだ。


なんと、興味深い。自分の首を囲むように何かを設置したと思ったら、まさか自分の首を刎ねるとは。

観測しなければ。観察しなければ。もっと。もっと。

肉にコードや機械を入れたような断面を見せていたが、すぐに切断面がシャッターに隠された。

彼は小人族の次の一手を待つ。やはり、

来た最初は興味深いものなど自らを竜の王と名乗る七匹くらいだと思っていたが、まさか転生者によってこうもファンタジー色の強いSFテクノロジーを有しているとは。全く、興味深たのしい。

しかも人間だけではなくて他の種族も高いテクノロジーを有しているのが更に興味深おもしろい。


観測みよう、観察きこう。全て知るため、全て見るため。

どうしてそうしなければならないのか、分からないままに。


残った二つの首がそれぞれ吼える。苦痛や怒りの色を感じさせない、笑っているようにも聞こえるが、その後に行われたものは笑いの感情にするには狂気と呼ばざるを得ないものであった。

軽く吼えた後、二つの首の口が大きく開いて固定されたように固まると、開いた口から電流が迸るような音と甲高い唸り声のような音が同時に聞こえて凄まじい光を見せて


キンッ


音にするならそんな鋭い音が聞こえた後、開いた口の前にいた飛行型ウェステッドと部隊の一部が

そして、前方にいたものたちが消えたのではなく超高速で射出された大口径弾に吹き飛ばされたのだと前に居なかったものたちが気づくと同時に、遠く離れた後方で爆撃と同等の轟音が響いた。

「え…?」ティナが後ろを振り返った時、アンジェリカも一緒に振り返っていた。

その先に小さく見えるだけの街から、煙が上がっていた。

「「え?」」


新型の魔導アーマーをもっとるべく、蒼天がまず行ったのは頭部に搭載された200mmレールガンによる遠隔術師の排除であった。理由としてはもう何回も見た事により彼は飽きているので、邪魔だったからだ。

新型は放つ魔力の質も違うことから、魔導機関も新型か別のものを使っているに違いないと全身のセンサーが告げているので、より一層興味が湧いていた。

だから、それ以外は、邪魔だった。

操縦者を失った遠隔操作型のアーマーやオートマタが糸が切れた人形のように突然停止し、そのまま落ちていく。邪魔は排除した。と彼は思う。

新型から魔力を感知。色合いとして識別するなら通信系統の魔法だろう。チューニングして音声を抽出。これも聞く。

「ま、街が…」「遠隔操縦している術者を狙ったのか!?」「ま、街ごと…?」「前方にいた同族ごと吹き飛ばしたんだ…」「ば、化物め…!世界に棄てられた、世界を滅ぼす怪物め!」怯えの色の言葉が空中に響く。そんな一行を蒼天以外のウェステッドは狙わず、仲間ごと街を吹き飛ばした蒼天に抗議のような叫び声を上げていた。

中には蒼天に攻撃を仕掛ける者もいたが、蒼天は反応せず自分の周りに待機し続ける小人族を見ている。

「まだ僕らに興味を持ってる!今なら奴の首を全部切断できるかもしれない!今しかないんだ!」「そうだ!攻撃が通じるなら、王のウェステッドを殺せるはずだ!」

アーマーが再びこちらの首を狙って降下してくるのが見えた。そういえば、工場を襲撃した時は飛行ユニットは一体化していたなと彼は思い出す。

何をしてくるのかは分かった。だから次の一手を待っていたのだが、彼の別の思考はすぐに一つの事実に気付く。

恐らく、ゲームのボスキャラを倒す手順のように、次も同じように首を切断するのだと。

だから、彼の意思とは裏腹に、彼は結論を出した。


「標本を回収後観測を終了する」

蒼天が無差別に放つ通信を、魔導通信機が受信したのを聞いた小人族は見た。

12の眼が、まるで眠るように閉じていくのを。「待て、嘘だろ、ここまでやっておいて、もう飽きたのか!?ふざけんな、ふざけんなよお前!」困惑と怒りが混じった声を上げながら機銃やマジックミサイルを乱射して蒼天の気を引こうとする。

だが次の瞬間、蒼天の各部から赤色の光線が伸びたかと思った次の瞬間、彼と彼のアーマーは切断されていた。


一方の地上は、変わらず地獄であった。

蒼天が流した夥しい量の血で染まった地面の上、巨大な柱のように直立したままの蒼天の首を背景に、ドワーフの地上部隊と機械種ウェステッドがほぼ一方的な戦闘を続けていた。

特攻で正面装甲の一部を損傷し、砲撃で左手を武器ごと失ったとは言え巨人はいまだ健在であり、対するドワーフ側の戦車は全て破壊されていた。

だが、蒼天の血で染まった対戦車砲から放たれた砲弾が巨人の装甲に痛打を与えている。弾いたとしても強烈な衝撃が胴体を揺らす。

一体どういうことなのかと巨人は考え、すぐに行きついた。

機械種のウェステッドに有効なのは現代兵器クラスか、それと同等の破壊力を持った攻撃、または。正確には、機械種のウェステッドがだ。

「気づいたようだなバケモン!この砲は、テメエら機械種が使っていた砲を改修した奴さ!」蒼天の血に染まったドワーフが叫んでいるのを巨人は聞いた。

口径からして120mmのライフル砲だろうか、と巨人は推測するが、すぐにどうでもいいと思った。

どうせ、すぐに死ぬのだから。

遠隔操作だったため機能を停止したアーマーを振り払ったトカゲが口に入った血を吐き出しながら飛び出す。蒼天の血は竜の血とガソリンなどの様々なオイルの混合液だ。機竜種のトカゲの体内に入っても害はないが、やはり本能的に避ける液体である。

そして、対戦車砲に対空砲を向けて射撃。しかし蒼天の体液が目に入って狙いが定まらないのかあらぬ方向へと飛んでいくか地面に当たって跳ね返った。

更に発砲時の火花が付着した体液を引火させ対空砲が炎上。慌てて火を消そうと体内の消火装置を起動しようとしたトカゲだったが先に弾薬が誘爆。速やかに体内へダメージが上り、巨人が見ている間に一瞬で爆発炎上し沈黙した。

「へっ、ざまあみやが…」その様子を笑ったドワーフが最後に見たのは、マルチプルランチャーの対人武装であるミニガンをこちらに向けた巨人の姿だった。


だがそれでも彼は怯まず中指を巨人に向けて立てて

「くたばれ、クソ共」と罵った。彼の最後の罵声の直後にミニガンが吼え、彼と対戦車砲を撃ちすえ、小柄なドワーフ族は肉片の木っ端となり、対戦車砲も弾薬に何発かが命中し爆発した。

動く者が居なくなったと判断した巨人は、空の喧騒には興味を示さずにその場から立ち去った。


その空は、光線が織りなす地獄が繰り広げられていた。

新型アーマーに興味を失った蒼天は次々とレーザーを体の各部から放ち、周囲の魔導アーマーを飛行型諸共撃墜していく。その様子は見る必要がないのか目は閉じたままだった。その中にはもちろん竜騎士とドワーフも含まれており、何かが飛んできたと思った瞬間には、大剣で斬られたかのように真っ二つにされるか、無数のレーザーで貫かれていた。


そのレーザーの雨を潜るように飛んでいるドラゴンが居た。厳密にはドラゴン型のウェステッドだ。竜騎士の間ではドリフトドラグと呼ばれケダモノと忌み嫌われている竜種のウェステッドである。

最大の特徴は表面の模様がまるで児童の服のように様々な種類の車なのと、竜をで有名なウェステッドである。

蒼天についていけば必ずドラゴンに遭遇できると思ってついてきたが、そのドラゴンが蒼天の攻撃で細切れにされてしまっていた。しかも気を抜けば自分まで殺す勢いで放たれている攻撃を回避することに専念しなければならなかった。

。彼はスリルの中でしか快楽を得られない男だった。

誰も知る訳がないのだが、彼が死んだ経緯は高速道路をスポーツカーで最高速度で駆け抜け、その上で全裸でその種の行為を行った結果、絶頂と同時にタンクローリーに衝突。大爆発により絶命したというとてつもなく迷惑な理由である。

故に。だがこれ以上は爆発しそうなほど滾っていた。

そして、遂に無傷のドラゴンを発見した。そのドラゴンはこの地獄の中でもはっきり見える真っ白なドラゴンだった。


「いやだ、助けてくれ!攻撃が避けられなっ」前方を飛んでいた仲間が叫びと共に光線に切り捨てられるように撃ち抜かれた。

それは蒼天の同類であるはずのウェステッドも同じのようで、悲鳴を上げながら逃げ惑っているが次々と撃墜されていた。

ティナには何がどうなっているのか、理解できなかった。小人族の攻撃で痛手を負ったはずの蒼天はまるで怯むことなく、まるで流れ作業のように光線を撒き散らして同類ごとこちらを攻撃している。

いや、蒼天にはそんな思考すらないのだろう。何故なら目を閉じているのが見えたし、小人族の最後の通信で「飽きるのが早すぎる」という叫び声が入っていたから、蒼天は彼らの奇策を受けて、すぐに飽きたのだ。そう思いついた彼女は、完全に戦意を失ってしまった。

これが、ウェステッドの頂点にいるもの。


王の、ウェステッド。化物たちの王様。


「いやだっ!離せ!」ティナの思考を、通信機から入った悲鳴が呼び戻す。

その声はアンジェリカだった。彼女はまだ生きていたようだった。

「やめろっやめてっ私の竜に、そんな汚らわしいものを押し付けるな!よせ、そんなの入るわけが、やだやだっやめて!貴様らは、私をまた穢すのか!いやだ、いやだ!母を、姉をおまえたちに穢されて、父を殺されて、復讐の為に軍に入って、がまんしたのに、わたしも、わたしまでお前たちになぶられるなんて、いやだ、いやだぁ!」

そしてその様子を、ティナは見てしまった。

様々な種類の車の模様を持ったドラゴン型のウェステッドが、アンジェリカの竜に覆い被さって明らかにその行為をしているような動きをしていた。しかも相当凄まじい力で押さえつけているのか、まず竜の羽を握り潰し、続いてその甲殻を砕きながら首を両手て掴んで締め上げていた。

そして、その竜に乗っているアンジェリカも何かに押さえつけられていた。

それは人の両手にも見えたが、拍子抜けするほどまともな人の両腕だ。

「いやあああああああああっ!!」一際大きなアンジェリカの絶叫と同時に竜も悲鳴のような声を上げて顔を上げた。


そして、その顔が砲声と同時に消し飛んだ。

頭部を失ってもなお痙攣を続ける竜のウェステッドに更に攻撃が加えられ、穴だらけとなり、アンジェリカも竜ごと砲撃を受けて粉々になった。

攻撃の主は蒼天だった。その眼は一つだけ開いていて、落ちていくアンジェリカの竜を目で追っていた。恐らく彼女は蒼天に立ち向かったのだろう。

だから蒼天も何をしてくるのか気になって目を開いたのだが、それを竜が邪魔をした。観測の邪魔をしたので、彼は攻撃して木っ端微塵にした。

ただ、それだけのことだった。

目を閉じた蒼天が、今度こそゆっくりとその場を離れていく。彼の攻撃を免れたウェステッドも、壊走した隊を襲いながら彼を追う。


「おい!お前生きてるよな!早く逃げるぞ!」ティナに向かって男が叫ぶ。

機関砲を装備した竜の乗り手だったが、その機関砲は両方ともなくなっていた。

「あんなの、あんなのに勝てると思ってる帝国に付き合っていたら死んじまう!いつかまたあいつらにけしかけられるに決まってる!」

そこまで言うと男は咳きこみながら吐いた。竜も鎧も赤く染まっていた。

「もううんざりだ、ウェステッドも!戦争も!畜生!畜生ぉ!」

その声は泣いているようにも聞こえた。


ティナは彼についていった。ウェステッドの叫び声が聞こえなくなるまで二人と二匹は飛び続けた。

どこまで飛んだか分からなくなるまで飛んだあと男は気づいた。

ティナは、言葉を失っていた。あまりにも凄惨な光景を見すぎたせいだ。

更に、二人ともそれ以来悪夢に苛まれるようになった。


「起きたか」ティナが目を開けると、彼は既に起きていた。

二人を頼ってついてきた盗賊たちはまだいびきをかきながら寝ている。

「ここを離れる。村をいつものように焼く。一人も残すな」

「この山の裏側の森でウェステッドのような化物を見たと村人が言っていた。騒ぎを起こせば、やってくるかもしれないから、いつもより早くやって、金目のものを集めて…食料を…集めて…」

徐々にたどたどしくなる言葉の後、彼はポケットから薬袋を取り出し薬を取り出すと水筒の水で流し込むように飲む。

「はやく、速くここから離れたい」

恐怖に染まった顔で、彼はそう締めた。

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