Chapter1-4-1「事案13-1:貴族襲撃(前編)」
訳の分からない女が、ウェステッドへと変じた。
門を守っていた二人の手下が思ったのはそれだけだった。仲間を呼んだり、斬りかかるなどの行動をしようと思った時には、まず一人が殴り飛ばされ、もう一人もサッカーボールの如く蹴り飛ばされ、門を自らの身体で開ける事になったからだ。
マンガのように水平に飛んでいった男と、殴り倒されて気絶した男には目もくれず、椎奈は門を抜けて、大扉を蹴って開けた。
屋敷の中に入ると、確かにマンガで見たような、豪華な装飾や高級そうな素材で作られた、しかしどこか古めかしさを感じた。広いホールの中には、彼女以外に人影はなかった。
一般的な屋敷と言ったところなのか、左右には幾つかの部屋と何処かに続く道があり、正面を見ると入ってきたドアよりもやや小さめな扉と、扉を挟むように二つの階段が見えた。階段に沿って視線を上げると先は手すりのついた廊下で、その内側にも扉が見えた。数は少ないように見えるが、左右の道の先にあると思われる部屋や、見える範囲の部屋の何処かにさらわれた少女がいると思うと、探すのがめんどくさいと思ってしまった。
その時、右のほうから物音と男女の声が聞こえた。男女、と言っても明らかに女性の苦しそうな喘ぎ声と男の怒鳴り声のような声だ。
ぞわぞわと胸の内から何かが上がってくる感覚を覚えながら音の先の部屋の扉を蹴破った。さっきから蹴って開けてばかりだが、潜んでるかもしれないので先手を打つつもりでやっている。
少女はいなかった。がそんなことは問題には上がらなかった。幾つかのベッドが並んだ、近くのクローゼットから覗くメイド服から使用人の部屋と思しきそこで行われていたのは、明らかに合意には見えない、見えたくないその種の行為の最中か直後だったのだ。
当事者の男たちは扉を蹴破った椎奈に驚き、次に背中から見えている鎌を見て女のような悲鳴を上げて慌ててズボンを履こうとしていた。別の男は近くにあった、脅しのために使っていたであろうナイフをこちらに向けながら女性を盾にしていた。
それを見た椎奈は、恐怖よりも怒りが込み上げてきた。いや、これは怒りなんだろうかと疑問に思うが、それは胸からこみ上げてきて、口から飛び出しそうだった。
そう、いつも気に食わない物事に遭遇した時に感じたものだった。
不意に記憶がよみがえった。そう、その時の一例だ。
気に食わない。理解できない。意味が分からない。暴行なんてひどい事をされたのに、何故それを複数人の前で一から説明しなければならないのか。
そればかりか、何も知らない、苦しみも悔しさも分からない人間に「本当は貴女もされたがったんじゃないのか」ですって?ふざけないで!
その当時妙に流行った事件の報道とその実態を知って言いようのない怒りを感じていた。「何でお前がそこまで怒れるのかよく分からないが、こと細かく説明しなきゃいけないのは冤罪かもしれないからってのもあるんだろうな。問題はだから示談で済まそうとか言われるって事だけどよ」会話している男子が諭すように言った。
「だけど、あんまりにも理不尽じゃない」と愚痴る椎奈。
「お前が怒るのも無理はないかもしれないが、こればかりはどうしようもないことだよ。下手したら世の摂理って奴かもしれない」「そんな摂理なんて消えちゃえばいいんだわ。そうよ、正義の味方ってそういうものに囚われずに戦ってくれるでしょ?」
「所詮ヒーローは絵空事だからなあ。ぶっちゃけヒーローなんて独善か偽善者かテロリスト一歩手前だぜ」別の男子が言う。「無敵の人ならなれるかもな、椎奈の言うヒーローに」「ただの通り魔だろうがそいつは」
でも、と椎奈は急に落ち着いた様子で言った。
独善的で偽善者な、化物のような正義の味方こそ私たちに一番必要なヒーローなのかもしれないわね。
それを聞いた男子は、独断と独善で殺されたくはないと笑った。
なんとかズボンを履いた男が目の前に転がった剣を拾おうと手を伸ばした瞬間、その手を椎奈の脚が踏み潰した。悲鳴を上げる男が顔を上げると、その顔を真っ白な椎奈の手が掴み、そのままリンゴのように握り潰した。一瞬、男の頭が瓢箪のように歪み、次の瞬間にはぐしゃりと潰れた。
悲鳴を上げる男女。女を盾にしていた男が椎奈の顔を見た。
前髪で目元が見えないが、その口は怒りとも笑みとも言えない形に歪んでいた。
それは、多くの目撃情報で語られるウェステッドの表情そのものだった。
「待って」と男が言うよりも早く、彼女の背中から伸びた鎌が、盾にしていた女性の横から覗く男の顔だけを貫いた。
悲鳴を聞きつけたのか別の部屋から部下が飛び出し、その音に振り返った椎奈を見て仰天し、彼女の絶叫のような咆哮を聞いて同じくらいの音量で叫び声を上げて、彼女に飛びかかられた。
そこそこ大きなものが暴れるような音と、男たちの悲鳴が屋敷中に響く。
「あいつら何を騒いでやがるんだ?」リーダーは舌打ちをしてアルバートと二人で客間からホールに入ると、彼を見た部下の一人が全身に返り血を浴びた状態で近づいてきた。「勇者じゃない、ウェステッドが…っ!!」と言いながら近づいてきたが身体に大鎌のような刃が飛び出して動きが止まり、持ち上げられて投げ飛ばされリーダーの近くに転がった。
二人の前に姿を現したのは、
アルバートは息をのんだ。何故なら裏路地から出てくるのを見かけ、低層区で自分のゴーレムに吹き飛ばされた女性だったからだ。
あんなにも普段はヒトらしいのかと目の前のウェステッドに驚愕してしまう。王国が最優先で排除対象とする理由も分からなくはない。
こうして本性を見るまで全く分からないのだ、普通に街に溶け込んでいるウェステッドもたくさんいるかもしれない。そう思ってしまうくらいには。
「よりによってウェステッドかよ…だがなあ!」と男が口笛を吹いた。普通の口笛とは違う、合図系の
直後、広間一杯に思えるくらいの大量の部下たちが姿を現した。透明化のスクロールで透明になっていたのを、仕掛けの起動で透明状態を解除されたのだ。
「流石の
男が「やれ」と言うように顔で合図すると部下は武器を構えて、ほぼ同時に取り囲んだウェステッドに襲い掛かった。
すぐに終わると、リーダーとアルバートは思った。流石のウェステッドも、この大群に襲われればただでは済まないはずだと。
だが聞こえたのはウェステッドの断末魔の叫びではなく部下の悲鳴だった。
そしてリーダーの前に飛び込んできたのは、人間かその一部だった。
「え」思わずアルバートの口から間の抜けた声が出た。リーダーは転がってきた首の表情が今まさに目の前の敵を殺してやろうとする顔のままになっていたのを見て思わず吹き出しそうになった。
言葉通り目の前の敵を千切っては投げていく椎奈。器官の刃が人体をあっさり引き裂き、貫いていく。首を刎ね飛ばされる者もいれば、その隣の人間は椎奈の少女らしい腕から繰り出される一撃で頭蓋骨を粉砕された。
その光景を見たリーダーは、唖然とした表情で椎奈の暴れる姿を眺めるアルバートの腕を掴んで客間へ戻ろうとした。「何するんだ」ハッとした彼が声を荒げると「客間まで戻ってゴーレムを用意しろ!このままじゃウェステッドに殺されちまう!」と必死そうな声を上げた。
そして客間への扉を開いたところで後ろを振り向き「おい!何が何でもウェステッドを足止めするか殺せ!俺が殺す前に皆奴に殺されるぞ!」と部下たちに叫んだ。
しかし返答はなく、代わりに悲鳴か、扉の周りの壁に投げられた部下が叩きつけらていった。二人ほど自分たちの横に飛んできたところで慌てて中に入って扉を閉めると、鍵を閉めた。
ウェステッドの膂力は生前の頃とは比べ物にならない力を持っている。体術や格闘技を知らない彼女だが、ただ殴る、蹴るだけで部下の身体は破壊されていく。
まるで一対多数のアクションゲームの敵キャラのように次々とやられていく部下たち。投げ飛ばされ、殴られるか蹴られるかして宙を舞いホール中の壁や窓に激突している。それ以外は、背中から生えた器官によって切り刻むより刺し刻まれて倒されていた。
不便そうな見た目や生え方とは裏腹に、節足は柔軟に動いて各方向から襲い掛かる敵を迎撃する。後ろから一人が飛びかかると、それを見ていない筈なのに鎌は半分ほど身体に収納されると、回転して向きを変え飛びかかったことでがら空きになってしまった胴体に向かって飛び出し刺し貫いた。
だがそれでも残った部下たちは攻撃を繰り出し、椎奈も素手で剣の一撃を防ごうとするので両手が主に傷ついていく。しかしウェステッドの特徴の一つの高い自然治癒力、もとい再生能力が深刻なダメージを許さず、受ける側から動かすのに支障をきたさないレベルまで回復する。
更に彼女は転がった武器を適当に拾うと、ウェステッドの膂力で、つまり加減なく全力で振り回し始めた。そのため安物とはいえ盾や鎧が無意味になっていた。
そうして「ゴブテック」製の剣が、本来の使用者であるゴブリンはおろか人間の倍以上の力で使われることですぐに悲鳴を上げ始めた。最初の二人の鎧や兜を持ち主ごと破壊した事で刀身にひびが入り、次に刃が欠け始め、最後にまた兜を装着者の頭部ごと叩き割った所で、中ほどから砕けてしまった。
しかし彼女は問題ないとばかりに、その折れた先を正面の男の顔面目掛けて突き出して両目を押し潰した。まるで顔面から剣を生やしたようになった男が後ろのめりに倒れた。直後、彼女の左腕に矢が二本突き刺さった。人間より獣が呻くような声を出して彼女は矢が飛んできた方向を見る。そこは広間の階段を上がった吹き抜けの二階の廊下で、ボウガンを構えた二人の男が何やら言い合っていた。
「何で頭か心臓を狙わなかったんだよ!」片方が叫ぶ。彼のボウガンにはまだ矢が装填されたままだった。言われている方が戦技「二連矢」を使って二本の矢を発射したのだ。矢を放った方が反論の為か口を開いたが、言葉を発する前に跳躍した椎奈の節足に串刺しにされた。ウェステッドの脚力はまるでバッタのような跳躍を可能としたのだ。彼女は衝動的か本能的に矢を放った敵を排除する為に本当に跳べるかどうかを考えずに跳んだのだった。
手すりを破壊しながら廊下に飛び移った彼女を前に彼は慌ててボウガンを構えて発射するが、今度は右手で防がれた。彼女は少し痛みに顔を歪めたが刺さった矢を抜きながら節足で彼を貫いた。そのまま牛めいて突進。部屋に潜んでいたが悲鳴を聞いて飛び出した男が不運にも彼とドアに巻き込まれ壁に叩きつけられた。
椎奈は節足を引き抜いてふと開きっぱなしの部屋を見る。そこには毛布で身体を覆った女性がこちらを見て震えていた。それを見て、彼女は自分が何をしにここに来たのかを再確認した。
連れ去られた少女を助けに来たのだ。できれば荒事にせず助けたかったが、思い返すとゲームでは基本的に戦闘で物事を解決していた人間にそんな知性のある選択はそもそも無意味だったと思った。
それに、せっかくこんな力があるんだからそれで解決が早まるなら使わない手はない。そう、頭の何処かで思った。
流石に、人殺しを行うつもりはなかったのだけど。
目的を戦意(殺意かもしれない)の中で思い出した椎奈は、そんなことを思いながら廊下を進みながら部屋を一つ一つ調べ始めた。ほぼ確実に悲鳴のような雄叫びを上げながらまず男が飛び出して、掴まれるか背中の鎌に刺されてから下の階に落とされている。
一人ほど身体ではなく声が先に出てから飛び出してくる者が居たが、その時は攻撃せず横に避けたら彼は勢いよく手すりに突っ込み、自分で手すりを壊して落下していった。
そして部屋を覗くが、中にいるのは別の女性や少女か、誰もいなかった。
別の部屋か階にいるかもしれないと部屋の一つから前へ視点を戻すと、前からその別の部屋から出てきた男たちが襲い掛かってくる。先行してナイフを突き出した一人を掴んだ所で、ふと右の方を見ると、向かいの廊下でボウガンを構えた二人の男が見えた。飛び出しても間に合うわけもないので、咄嗟に漫画のように掴んだ男を二人の前につき出したら、丁度発射されたらしく何かが二回当たる様な振動を感じ、掴まれている男が悲鳴を上げた。自分がいる廊下側の男たちはその光景にひるんでいて、向こう側の二人は男で見えないが何やら喚いている。届かない所から撃たれるのは嫌なので全力で掴んだ男を向こう目掛けて投げ飛ばした。
漫画めいて飛んでいった男が二発目を撃とうと構えた二人に激突していったのを見届けていると、残った数名が一斉に襲い掛かってきた。まず一人をカンフー映画みたいに思いっきり蹴飛ばし、近くのドアを引き剥がして他の二人に投げつけると、投げたそれを突進しながら鎌に突き刺して生き残りを一気に壁とドアに挟んだ。
鎌を引き抜いて顔を上げ、横にあったドアを開けると、そこにはあの少女が立っていて、その足元では男が何かを組み立てるような動きをしていた。
そして勢いよく立ち上がってそれを構えるも、反射的に伸ばした手に握られ天井へ向けさせ、椎奈の頭上でゲームや映画で聞いた発砲音が聞こえた。
ファンタジー世界に銃!?と彼女は頭の何処かで驚くが既に間合いは彼女のもの。
怯えた表情の男の顔面に頭突きを見舞い、膝蹴りを腹に打ちこんで身体をくの字に曲げた男を抱えると、バックドロップのような動きで後ろ側に放り投げた。
起き上がって少女に「もう大丈夫だよ」と分からなくても自分の考える限り安心させるような顔をしながら言い、連れて帰ろうと思ったが後ろの方から声が聞こえた。まだ敵がいる。そう思った彼女は少女を座らせるとドアを閉めた。
あれがウェステッドなんだ。
椎奈が出て行った後、少女が思ったのはその事だった。
怖い男の人たちが、ウェステッドが出たと聞いた瞬間表情が変わり怯えだしていた。
その理由は、あの人では分からなかった。
だって、化物と言うにはあまりにも、そうあまりにも優しそうな表情で話しかけてきたのだから。その前に、何人も人を殺し、この部屋にいた人を吹き抜けから放り投げているのに、何事もなかったかのような表情をしていたけど。
だけど、背中から見えた虫の腕のようなあれと、人や魔物のものとは何かが違う瞳。
瞳孔はヒトのそれと同じはずなのに、何故か違うと思ってしまう。
それだけで、あれはヒトではないと、少女は確信してしまった。
一方、ホールから左側の部屋。
「セバス、一体何が起きているのですか?」兄に言われ荷造りをしている金髪の少女、イリスがドアの前に立つ老紳士に聞いた。
セバスと呼ばれた彼は顔を下げて「恐らく聖騎士団が派遣した「手下」が騒いでいるのでしょう。我々の知る由ではありませぬ」
彼女が不審に思うくらいには、部屋の外、ホールから怒号と悲鳴のような叫び声と何かが暴れているか叩きつけられているような音が聞こえていたのだ。
時々ガラスに何かが突っ込んだような音まで聞こえてくる。彼女が不安がってもおかしくはなかった。
「まさか、もう勇者が来たのでしょうか…」「恐らくは…」それを聞いたイリスの表情が更に曇った。だがその時。
セバスことセバスチャンの後ろのドアが激しく叩かれた。続いて何人かがドアの向こうの廊下を走る音が響いた。そして「ウェステッドだ!ウェステッドが現れた!」と男の声が聞こえて、彼女とセバスは顔を上げる。
「ボスとここの坊ちゃんがどうなったか知らねえが、もう何人も殺されてる!衛兵と冒険者を呼んでくれ!」とドアの向こうの人物は叫ぶように言って「早く行けノロマ!お前だけが頼りだ!」と誰かを急かすように怒鳴りホール側へ駆けて行った。
「ウェステッド…」イリスの脳裏に浮かんだのは、あの日の光景だ。
忘れるわけがない、母が死んだあの地獄のような一日は。
椎奈が部屋を出たのと、左館から新手が現れたのは同時だった。
新手たちは吹き抜けに立つ彼女の姿を見て「おい!お仲間だぞ!」と後ろに控えていたものを呼び寄せた。
どっしどっしと効果音が付きそうな動きで現れたのは、豚のようなマスクを被った大男だ。その手にはハンマーが握られている。「おで、ウェステッド」と覆面の向こうから頭の悪そうな声が響く。「だからお前を呼んだんだよ!持ってきた女壊すわ大飯食らいなお前が役に立つときだ!殺せ!」と一人が椎奈を指差した。
彼は鈍重な動きで前に出るが彼女と目が合った瞬間、震えだしてしまった。
当然だが彼はウェステッドではなく、ただの大男だ。恐らくはオークとの混血児だろう。だからこそだろう。
本物のウェステッドを前にした瞬間、自分はただの人間だと気付いたのだ。
「お、おで…ウェステッドじゃない!ちがう、あんなのじゃない!」今まで感じた事のない恐怖に支配された彼は手にしたハンマーを投げ捨て逃げ出そうとする。
だがその時には、短く吠えた彼女が吹き抜けから飛び出して彼の間にいた二人の頭を掴んで地面に叩きつけ、すぐに彼の肩を掴んでこちらを振り向かせるとその顔をフルパワーで殴る。豚めいた悲鳴を上げて廊下に倒れるが、オークとの混血児ゆえにウェステッドの膂力で殴られても一撃で倒れる事はなかった。
事実椎奈は殴った手を振って痛みを逃がすような動きをしていた。流石のウェステッドでも、純粋に硬いオーク譲りの頭蓋骨を殴るのは頭と同じ大きさの岩を殴るのと変わらなかった。
痛そうに口を歪めた彼女は廊下に転がったハンマーを見つけるとそれを手に取り、男の腹に向けて振り下ろした。が男が当たる直前で身体をずらしたせいで腹より下、股間にハンマーがめり込んでいった。
巨体がバネのように跳ね、男は小動物が殺されるような叫び声を上げた。
次に彼女が振り下ろしたのは、覆面の向こうで様々な液体で滅茶苦茶になっている顔だ。何かが砕けるような感覚と潰れたような感覚が同時にハンマーから彼女に伝わった。
陥没した頭部からハンマーを上げて、彼女は無自覚に満足そうな表情を浮かべる。
自分の力でも壊れないものだと、彼女はハンマーを多少気に入ったようだ。
そしてホールの方へ振り向いた瞬間、またも矢が彼女に命中した。今度は一本は腕だがもう一本は脇腹に刺さった。流石の彼女も苦痛に顔を歪め腹に刺さった矢を引き抜いた。直後どす黒い色に染まった血が少し噴き出し、それを見た彼女は思わず驚いた。さっきまで獣めいた声ばかり出ていたのに、その時は少女らしい悲鳴を上げた。
だがそんな彼女を前に撃った二人は吹き抜けで殺された二人と同じように「なんで急所を狙わないんだ!」と言い合いをしていた。「相手はゴブリンやイノシシじゃない、ウェステッドだぞ!」「問題ねえよ、矢に毒を仕込んだんだすぐに…」
得意気に答える男にもう一人は「馬鹿!ウェステッドに毒は効かないんだよ!」と叫んだ。それを聞いた彼はそんなバカなと彼女の方を見た時には、踏み込んだ彼女がハンマーを振っているところだった。
まず一人がそれをまともに受け、人体の形状上ありえない角度に「くの字」となって飛んでいき、口を開けたままその光景を見た彼のその顔目掛けてハンマーが振り下ろしてスイカのように砕いた。
そうして残りは客間に消えたあの青年とリーダーのような男だ。と彼女は何故か考えた。どうして女たちを連れ去ってあんなことをさせていたのか、問いたださないといけない。もう目的の少女の安全は確保したはずなのに、どうしても。
どうしても彼に何かしてやりたくてしょうがなかった。
客間へ続く大扉に彼女が近づいたタイミングで、背後から二人の男が短刀を構え飛びかかった。レンジャー系のスキルの「気配遮断」で今まで隠れていたのだ。
だが攻撃に移ったことで効果が切れてしまうが、彼女が気づく前にやれると二人は確信していた。だが、背中の節足が大きく下がったと思ったら、まるでアッパーのように勢いよく振り上がって、二人の胴体を貫く。二人を抱えた節足はそのまま正面の広間の大扉に二人を叩きつけて扉を破壊した。破壊された扉の先の廊下には武器を構えて待ち構えていた部下たちがいた。
椎奈が客間、ダンスホールへ向かっている頃、屋敷の外では冒険者や衛兵たちが集まっていた。ウェステッドが出現し、貴族の屋敷に侵入。それも今年の勇者のボスとなった貴族の屋敷に。
金で雇われたという手下たちはウェステッドに怯え何人か逃げ出し、衛兵に助けを求めながら拘束され、状況を説明していたのだった。
「銀級の冒険者は?」一人の衛兵が冒険者に聞く。「駄目だ、運が悪いことに全員別の依頼で遠出してる」「ウェステッドの種族や見た目は?」「平原で出会った兵士が言うには、黒髪の背が高い女。種族は不明だが形状から蟲種(ちゅうしゅ)らしい」
「蟲種か…」「機械種じゃないだけマシだな。まだ倒しようがある」
衛兵や冒険者が現れたウェステッドについて話し合っている中、一人の少年が冒険者のタグを首に提げてそこにいた。
彼の名前はリュカ。つい最近冒険者に登録された新米中の新米である。
そして、ウェステッドこと椎奈が侵入した屋敷の主のアルバートの友人だ。
「よし、まずは屋敷に入り連中が連れ去った女性たちの救助を行おう。ウェステッドの形態、器官の形状は分からないため危険が伴うが…」
衛兵が辺りを見回すが、冒険者も他の衛兵も躊躇うような様子を見せていた。
「俺が行きます!」とリュカが大きな声で言った。「まだ君は若いうえに白じゃないか、危険すぎる」「この屋敷にいるのは俺の友達なんだ!ウェステッドに殺される前に助けに行かないと!」「なら俺も行く、君と衛兵だけじゃいざとなったら君を逃がせない」もう一人の冒険者が手を上げ、前に出た。
そうして、三人が屋敷に入り、ホール中に転がった手下たちの死体を見たリュカは、耐え切れずに吐き出した。
ダンスホールで椎奈を待つアルバートとリーダー。二人の背後にはストーンゴーレムが鎮座している。リーダーは大剣(クレイモア)を構えている。
廊下に待機させていた部下たちの声が聞こえたため、ウェステッドがこっちに来ると分かっている。しかし、比較的早く悲鳴が聞こえ、部下の一人が扉を開けて逃げ込んできた。
「何してる!奴はどうした!」リーダーが声を上げると彼の後頭部に槍のように投げられたハンマーが直撃して倒れた。そして再び二人の前に椎奈が姿を現した。
誰かから奪ったのだろう、投げたハンマーを拾い上げると何処か満足そうな笑みを浮かべている。
その眼は普通の目だ。多くの転生者のように紅く、目を凝らしても普通の目に見える。だが何故か自分達とは違うと思ってしまう。ウェステッド特有の瞳。
「役立たずめ!ウェステッドとはいえ一体だぞ!腕の一本も奪えないってどうなってるんだ!」悪態をつくリーダー。だがすぐに大剣を構えて椎奈に斬りかかる。
彼女も接近してくる彼を見てハンマーを構える。すると彼が大剣を振り上げると刀身が紅いオーラのようなものに包まれるように光り始めた。
「?…!?」その様子を見た彼女は咄嗟にハンマーを防ぐように構えた。
それと同時に、リーダーが吼えて剣を一気に振り下ろした。細い閃光のような剣筋が柄を持つ手と手の間を運よく通過して、全金属製のハンマーの柄を切断した。
一瞬で鉄棒と柄の短いハンマーに変わり、椎奈は声は出なかったが驚いた顔をする。
「しゃあっ!」呆気にとられる椎奈にリーダーはさらに大剣を振り回す。
流石に受けられないと彼女の本能は即座に判断し回避する。身体は何とか動くが彼女の思考が追いつかない。しかし、振り回される大剣を見て彼女はふと思った。
あの剣、欲しいな。同時にそんなこと考えてる場合じゃないとその考えを消すが一度思ってしまうとすぐにまた浮かんできてしまう。
「オラオラ!どうした!」椎奈が何を思っているのか分かる訳もなく彼はひたすら振り上げ、振り下ろし、横振り、突きを繰り出していく。
そして遠くでそれを見ていたアルバートは、流石は元裏ギルドのメンバーだ。と図らずも感心してしまった。剣筋に迷いがない。ウェステッドも大剣のリーチに押されているのか今までのような攻撃を仕掛けてくる様子がない。
何回目かの一撃を大きく後ろに飛んで回避した椎奈に、彼は再び先程の一撃、戦技の「強撃」を叩き込もうと大剣を構えて踏み込む。
「これでテメエも終わりだぁっ!!」大きく吼える。それに呼応するように刀身の光もさっきより濃い色になった。それを見た椎奈も身構えるが、彼女に防ぐものはない。ただ背中の節足だけが、まるでカマキリが威嚇するように開いた。
「“強撃”ッ!!」彼は吼えて戦技を発動し、名前通りの一撃を放った。
強烈な衝撃波と土煙が出て、慣れていないアルバートは思わず顔を覆ってしまう。
だが同時に凄まじい金属音が彼の耳に飛び込んでいた。例えるなら、剣と剣が規格外の力を持ってぶつかり合う音だ。
衝撃が止み、次に聞こえたのは、剣が音を立てて転がる音だった。
それはリーダーが持っていた大剣がまるで弾き飛ばされたかのように彼の腕から抜け、転がっていった音だ。
「「え?」」アルバートはその光景を見て、リーダーは自分の手にある筈の大剣が後ろに転がった音を聞いて思わず口から出た。
そして技を撃ちこまれた椎奈は、無傷だった。しかし「…ぐうっ!」と痛みに呻いている。戦技が放たれた直後、彼女の節足は剣を同じくらいの力で弾いたのだ。
だが流石に戦技の一撃を防ぎきることは出来ず、節足の甲殻にはヒビが入り、血ではない体液がヒビから流れている。それは鋭い痛みとなって彼女に伝わっていた。
しかし、目の前の敵を倒すには問題のないダメージだった。
唖然とするリーダーの腹に拳を打ちこむと身長だけなら椎奈と同じのリーダーが浮き上がった。そして、無防備になったその背中に、大剣の一撃を弾いた節足が体液を滴らせながら深々と食い込んだ。激痛に顔を歪め絶叫するリーダーの顔を、椎奈はじっと見ていた。
そして先端がゆっくりと抜け、彼が地面に倒れ伏して動かなくなったのを見た彼女は、その光景を見ていたアルバートの方へ顔を向けた。
つぎは、あなただ。アルバートはそう言われたような気がして、背筋が凍った気がした。だが内から設定された自身が彼の代わりに声を出す。
「クソっ!何が裏ギルドだ!なりたての冒険者でも習得できるような戦技しか持っていない、口だけだったじゃないか!」
ゴーレムが彼の言葉に反応したように待機状態から復帰し、岩石の拳を打ち鳴らす。
「この世全ての悪を背負った怪物め!このアルバート家の当主たる僕が、お前に相応しい最後を飾ってやる!」放った通じているかは分からないが、立ち上がり彼の前に立つゴーレムを見た怪物、椎奈は最初の時よりも大きな咆哮を上げた。
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