Chapter1-4-2「事案13-1:貴族襲撃(中編)」
彼の命令を受けてゴーレムが彼女に接近する。対する椎奈も臆することなくゴーレムに向かい、その先に転がった大剣を手に取ると、ゴーレムの胴体に全力で叩きつけた。金属が硬い物体に激突する音が響くが当然岩石で出来たゴーレムには通じず、逆に彼女の腕から身体を駆け巡るようにしびれと痛みが走った。
反撃として繰り出されるゴーレムの拳から跳んで離れる。岩石そのものの一撃をまともに食らえばただでは済まないのはすぐにわかった。
先程の敵とはわけが違うのだと、彼女は思った。…ボス戦?
大振りで範囲が広いとはいえ遅いゴーレムの攻撃を潜っては適当に大剣をぶつける(斬るではなく)が自分の腕がしびれるばかりでまともに通じていない。
「いくらウェステッドの力とは言え岩石を砕くのは容易じゃないようだな!」と彼は笑いながらゴーレムに命令を下す。命令を受けたゴーレムが腕を彼女に向けたと思ったら、ロケットパンチのように拳が発射され地面にめり込んだ。
きゃあ、と悲鳴を上げながらそれを回避して、浮遊して戻っていく岩を見て気づいた。ゴーレムの腕と岩が当たる部分に、明らかに岩ではない黒いものが見えた。
その様子は彼も見ていた。気づかれた。と思ったが設定された彼は気づいていないようでゴーレムに攻撃を指示する。
地面を砕く一撃を跳んで回避した彼女はめり込んだ拳を足場に跳び、落下しながら剣を構えると台座に刺しこむように拳と腕を構成する岩の間に突き刺した。
「バカな!?」と設定された彼は叫び、内部の彼はやられたと心中で舌打ちした。
今まで攻撃を受けてもビクともしなかったゴーレムががくりと体勢を崩したと思ったら、立ち直った時には右腕の先が外れていた。
ゴーレムを維持し、命令を伝達するための中継コアを破壊されたのだ。
「ケダモノとはいえ人並みの知性はあるか!」設定のアルバートは汗をかきながらも叫んでいるが、本来の彼は焦っていた。ゴーレムには幾つかのコアがあることが彼女に知られてしまったからだ。
つまり、次からはコアを狙った攻撃を彼女は行うということだ。しかしコアを露出するような攻撃をしなければいいだけ(事実ゴーレム使いは極力コアを露出しない運用を心がけたりコアの数を減らしている)だが、問題はコアがあることが知られたことだ。
ゴーレムの中枢コアを、破壊されたら一巻の終わりだ。
当然椎奈も、経験(ゲーム)から身体を維持するものがあるなら本命(コア)があることは予想していた。そして大体それがどこにあるのかも。
今戦っているゴーレムは、大小様々な大きさの岩が合体して人の形をとっている。
そして攻撃や直立するための岩は特別大きいものを使っていて、胴体も大きな岩で構成されている。そう、明らかに分厚い岩で胴体が構成されているのだ。
勿論隙間などない、一枚岩を何個か使っている。
つまりさっきと同じ手は使えない。どうしたらいいのか。
そこまで考えて椎奈に浮かんだのは何故か古めかしい大砲が発射される光景だった。映画か、アニメで見たのだろうか。だがその場にはない。ある筈もない。
だがどうしてもその考えが頭から消えない。代わりに、頭上から覗く鎌状の節足が見えた。そして体が覚えている、あの跳躍の感覚。
まさか、私はできるの?
獣か虫の魔物が襲い掛かるような咆哮がアルバートの耳に入った。
何をする気だと考えた時に、彼女が身をかがめているのが見えて、それからバネか弾丸のようにゴーレムの胴体に突っ込む姿が見えた。人間サイズの物体が、それこそ岩か何かに体当たりをしたような音が聞こえた。
次に起きたのは、ゴーレムが倒れた。ズズン…と表現できるような、重いものが勢いよく倒れる音が響いた。仰向けに倒れたゴーレムを見ると、その胴体に彼女の背中から見えていた節足が突き刺さっている。初歩的な戦技とは言え、剣の一撃を弾き返せる程頑丈な「器官」だ。それなりの速度を出して体当たりすれば、ゴーレムの堅い胴体を貫けるだけの威力を発揮できるとでも、言うのか。と彼は思った。
設定された自分は「そんな馬鹿な!僕のゴーレムが敗れるはずが…!」と喚いている。それは自分も思っていた。ただ強烈な一撃で倒されただけだと。
しかし引き抜かれた鎌には、黒い液体が糸を引いていた。血ではない、ゴーレムの魔力コアに使われる特殊な油のようなものだ。
つまり、やられた。
活動を停止したゴーレムの上に立つ彼女と彼は相見えた。前髪で目元はよく見えないが、僅かに覗く瞳の色は赤く、光があるのに淀んで見える。
背は自分よりも高く、その胸は今まで見た女性の中で最も大きい。戦闘により傷つき、所々破れ始めている転生者特有の服装。
そして背中から生えているのだろう、鎌状の節足。まるで戦闘目的でデザインされたようなそれは、彼女の頭上で鎌首をもたげながらゆらゆらと気まぐれに揺れていた。
爪のようにも見える節足が前を向く。彼も腰に下げたサーベルを抜いて構えるが、正直言って剣の腕に自信はなかった。恐らく彼女も剣を振り回した経験はないだろうが、ウェステッドの膂力が適当な攻撃でも防具を人体諸共破壊する威力を与えていた。つまり、はっきり言って勝ち目がない。
この家にあるゴーレムは自分のものを除けばあと二つほどあるが、二つとも今の自分では制御できない。何故ならそれは…
「アルバート!」その時、彼女の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
声の主は幼馴染のリュカだった。彼が何かを言おうとするよりも早く彼女が素早くリュカの方を向いた。その時に見えたが、冒険者と思しき男と衛兵が見えた。
暑苦しい性格の彼のことだ、内部に入る人間を募った時に一番に立候補したのだろう。だが今はあまりにも間違い過ぎだった。
獣が目標を見つけたような声を出したと思ったら、彼女は大きく跳ねて三人、特に前に出たリュカ目掛けて飛びかかった。「え」リュカの口がそう動いたのが見えた。
だが彼女の節足が彼を刺し貫く前に横から飛び出した影が彼を抱えて彼女の攻撃を回避した。
彼を抱えて横に抜けて行ったのはセバスチャンだった。彼女はいたはずの人間がいないことに少し首を傾げるがすぐ前にいた衛兵と冒険者の方を向くと短く吼えて今度は二人に飛びかかった。だが今度はアルバートの行動が間に合った。
ゴーレムを構成していた岩を浮かせると、彼女の横を通って二人をその前のホールまで押し込むと、何が起きたのか分かっていない様子のリュカを抱えたセバスチャンの方を向き「セバス!イリスとリュカを守れ!このウェステッドは僕が倒す!」と叫んだ。セバスは何も言わず一礼すると、瞬時にその場から離れた。
その様子は離れるというよりは瞬間移動で消えたようなものだった。
続いて椎奈に下層区の時のように岩を放つが今度は避けられ、瞬時に距離を詰められてしまった。屋敷にいた人間を殴り殺してきたにしては綺麗な白い手が彼に向って伸ばされるのが見えてしまった。
その手が自分の顔を掴み、握り潰してしまう光景を一瞬思い浮かべたが、その光景は実現されなかった。今度は天井から何かが降ってきて、彼女の前に立ちふさがったからだ。
「これは―――」彼の前に立ったのは、一体のゴーレム。
先程彼が操っていたゴーレムと同じストーンゴーレムだが、身体を構成する岩は彼のものよりも古く、また体の至る所にヒビが入っていて年季を感じた。
そしてその各部に刻まれた紋様は、彼はよく知るものだった。
「母さんの…ゴーレム!?」そのゴーレムは、アルバートの母が操っていたゴーレムだった。彼女が死んで以来、修復はされたが誰にも起動することが出来ず屋敷の守り神として安置されていたのが、今になって動いたのだ。
「どうして…!?」何故起動したのか彼には想像もできなかったが、なぜか母が動かしているように感じた。息子の、いや子供たちの危機の為に。
何回も邪魔をされたからか怒りの色を感じる叫び声が聞こえた。ウェステッド、椎奈が無意識のうちに吼えているのだ。
彼の命令を聞かずに母のゴーレムが椎奈に挑みかかる。彼のゴーレムよりも柔軟な動きで彼女に拳を繰り出すも、ゴーレムと一戦交えただけでもう大体の動きを掴んでいるのか攻撃を回避しては斬ると言うより打撃武器として大剣を叩きつけられ、経年劣化で脆くなった岩にひびが入り、砕かれていった。
遂には足を構成する岩がコアごと破壊され、ゴーレムは仰向けに倒れてしまった。
更に彼女は動けなくなったゴーレムに飛び乗ると胴体に何回も剣を突き立て始めた。
ガキン、ガキン、と金属と岩がぶつかる音が響くが、やがて岩が砕けるような音へと変わっていく。だが埒が明かないと彼女は思ったのか突き刺すのを止めて背中の節足に意識を向けたような素振りを見せると、岩の上で四つん這いになって節足で胴体をめった刺しにし始めた。
まるで、ヒトの形をした獣がゴーレムの上で暴れているような光景。
それを見ていたアルバートの脳裏にある光景が浮かんできた。
母が死んだとき。かつてこの街にウェステッドが大量に襲い掛かってきたあの日。
「ウェステッドが現れたぞ!」物見やぐらと街の壁に設置された見張り台に上っていた衛兵や冒険者たちが口々に叫び警鐘を鳴らし始めている。
指を指した方向には、土煙と共に獣人族らしき影や半魚人らしき姿の存在たち。
だがこの世界に存在する亜人種ではない。皆複眼だ。
昆虫の複眼ではなく、複数の眼をその顔に晒している。
そう、彼らはウェステッドの成れの果て、第四形態になったものたちだ。
しかし異常なのはその数だった。一体何処に潜んでいたのか思わざるを得ない、数十体ほどの大群が街に押し寄せてきていたのだ。
だが、この日はたまたま街の冒険者組合に銀級の冒険者が多数来ていたおかげで避難もスムーズに終わるだけでなく、先んじて飛び出してきたウェステッドを撃退。閉じる事で発動する防衛用の魔法障壁を内蔵した門を閉じる事が出来た。
更にレンジャーやガンナーといった遠距離系の職業の冒険者が戦技やスキルを壁を上ろうとしたり、壁を壊そうとするウェステッドたちに攻撃し次々と倒していった。
「何で奴らはまだ攻撃を続けてくるんだ!」「まるで、この街に目的があるみたいね…!」「それも仲間や自分が死んでも構わないほど重要な目的か…!」
「どちらにせよ、下手に逃げたり動かないから楽な仕事だ!このまま遠距離から攻め続けて…?」その時、レンジャーのエルフの男性がその視力と耳で何かの気配を察知した。ウェステッド特有の気配。どこまでも違和感しかない気配。
それも、今自分たちの下で足掻いているウェステッドとは比べ物にならないほどはっきりしている。その気配をたどっていくと、それは遠くに見える小さな丘から発しているように感じた。その丘に、何か大きなシルエットが見えた。
彼がそれを見たのと、シルエットから閃光が走ったのは同時。
魔法障壁を発動している門に何かが超高速で激突し、遅れて凄まじい轟音が響く。
そして、爆発音と衝撃と共に門が撃ち抜かれた。
巨大なハンマーを叩きつけられたような凹みを作った巨大な門が宙を舞い、近くの民家に突き刺さるように落ちた。
一瞬、衛兵も冒険者も住民も、何が起きたのか分からなかった。
次に彼らの耳に入ったのは、機械が獣のように唸るような轟音。そしてエルフの冒険者が見たのは、丘の上にいた影が土煙を上げてこちらに向かってくる所だ。
彼の目が砲撃の主の正体を見た。未塗装の銀色に白色またはカーキ色に塗られた装甲、そして機械の獣のような顔に、背中に載せた体格相応の砲台。
「奴だ!ライノが…っ」下にいる仲間に、門を破壊した犯人の名を叫ぼうと後ろを向いた瞬間、鷹のような顔、しかしその身体はまるで羽を生やした蛇のように細長い鳥種ウェステッドが現れ、その長い尾で彼を見張り台ごと薙ぎ払った。
「門が破られたぞ!」「くそ、近接職は門の周りに集まれ!ウェステッドを一体も通すな!」ようやく気を取り戻した冒険者たちは破壊された門から飛び込んでくるウェステッドの群れを待ち構える。が、その群れを踏み潰すように押し退ける巨大な影。
エルフが叫ぼうとした名前を持つ、砲撃の主。
機械の獣のようなウェステッド、ライノガンナーだ。彼は機械の唸り声のような音を出しながら脚部と胴体後部のブースターから炎を噴出しながら滑るように街に侵入してブースターを停止させると、轟音と共に獣が咆哮を上げるように顔を上げた。
同時に、重厚そうな装甲を持った人型兵器型のウェステッドが、空からは先程の鷹のようなウェステッドと巨大なクラゲのようなウェステッドが現れ、街の上空に留まった。
門が破壊されたのと、ウェステッドが街に侵入した事で町は大パニックに陥った。
悲鳴を上げて右往左往と逃げ惑う人間、建物や建造物を壊しながら人間を追うウェステッド、ウェステッドに立ち向かう冒険者たち、そしてライノガンナーを始めとする大物は住民をウェステッドごと蹴散らし、自身に向かってくる冒険者を翻弄していた。
魔女のような格好をした二人の魔術師が飛行魔法で空を飛び、鷹型「グリフィンネーク」を追いかけながら魔法で攻撃している。屋根の上や高所に移動した遠距離職とその下で戦士や騎士といった近接系の冒険者が亜人型のありふれたウェステッドに果敢に戦いを挑んでおり、戦技や全力の攻撃で民衆を襲おうとするウェステッドや飛びかかってくるウェステッドを倒していく。獣か、正気を失った人間が獣の声を真似て出しているような叫び声を上げてウェステッドたちが倒されていく。
「怯むな!大型以外はまだ対処できる、まずは小物を…」そう言ったパラディンの鎧を、背後から透明な触手が貫いて、上空へ連れ去った。
触手の主は空に浮かぶクラゲ型「ジェリー」だ。彼女はその無害そうな見た目とは思えない獰猛かつ正確な動きで触手を飛ばし、地上の冒険者や住民を絡め取ったり、胴体や足に突き刺して持ち上げて捕食していった。
その中にはウェステッドも含まれていたが、彼らは胴を貫かれるか、首をもがれたり上半身と下半身をもぎ取られてゴミのように放り捨てられていた。
だが地上の冒険者の数が一気に減ったことでウェステッドを抑えられなくなり、彼女の攻撃を生き延びたウェステッドたちは守る者が居なくなった民衆を蹂躙し始めた。
まるでそれだけが、彼らの中に残っているかのように。
まだ冒険者も残ってはいたが、彼女に食われた冒険者の多くは銀級の熟練者で、銅級と黒~白の「色付き」が大半を占めていた。
こんな言葉がある。
「ウェステッドは、どんなものでも、ただの人間では対処できない」
ウェステッドは弱いものは弱い。だからと言って簡単に殺せるものではない。
そう、例え冒険者でも、まだまだ見習いの白や、見習いに毛が生えたくらいの他色、そして銅級でも。ウェステッドは簡単に殺せるものではないのだ。
冒険者たちがウェステッドの前に立ちはだかり、ウェステッドが飛びかかり一気に乱闘に入った。そして先に聞こえた断末魔は冒険者側で飛び散らせたのも冒険者側だった。
獣種の鋭い爪、または屈強な拳、もしくは強靭な牙が白級の冒険者のタグを真っ赤に塗り替える。鳥種のクチバシが革製の兜ごと一人の頭蓋骨を砕き、脳を飛び散らせる。または硬質化させた羽を束ねて翼の形をした刃にして、切り裂いた。
竜種のより獰猛な爪や牙が骨ごと肉を臓器を引き裂き、人体を破壊する。
蟲種の鎌や顎、毒があるか分からない針が冒険者を引き裂き、貫き、噛み砕いていった。
そうして数十人いた冒険者たちは、その一瞬で半分以下にまで数を減らされた。
「嫌ぁ!離して!」それだけにとどまらず、彼らの一部は女性や冒険者の鎧を引き千切るように壊したり衣服を引き裂くと、家屋の中や路地裏へと連れ去っていった。
その動乱の中に、アルバートはいた。
あちこちで火の手が上がり、悲鳴と獣のような叫び声が至る所で聞こえてくる。
どうしたらいいのか頭が回らない。妹は震えながら自分に抱き付いている。
そんな中、彼の両親だけは違った。
「落ち着け!奴らは遠距離に弱い!頭や足を狙って確実に動きを封じるんだ!」
「負傷した人はギルドの建物の中に!あそこは避難所として防護結界もあるわ!」
元冒険者でもある二人は混乱していた冒険者と兵士をまとめ、指揮を執りながら自分もウェステッドを倒していた。
母、アメリアが操るゴーレムが下半身がトカゲで上半身が猫で頭が犬という奇妙な姿の獣竜種ウェステッドを千切り、足元の巨大なネズミの姿をしたウェステッドを蹴っ飛ばしている。
父、グレイもグレートソードを振るい、豪快の二文字が合うような勢いで襲い来るウェステッドを切り伏せていた。
「アメリア、アルバートとイリスを屋敷の中へ!」四本腕だが一対が虫の腕の鳥種ウェステッドの翼と斬り合いながらグレイが叫んだ。
アメリアはゴーレムに後ろを守らせながら「二人を避難させたらすぐ戻るわ」と言って屋敷の中へ入った。ホールを歩きながら彼女は二人に言う。「ダンスホールの隠し部屋に隠れているのよ、隠匿魔法がかかってるからウェステッドが見つける事は出来ないはず」
「お母さん、私怖い」「大丈夫よイリス、お父さんと私がウェステッドを倒して」
言い終わる直前、魔術師の攻撃を受けてバランスを崩したグリフィンが壁を突き破ってホールに墜落した。人と鳥が混ざったような叫び声を上げながら暴れると、彼は狭いホールの中で浮かび、ドアを壁ごと破壊して再び飛んでいった。
こちらを襲うつもりはないとひとまず安心したが、今度は彼が空けた穴を通ってライノガンナーが飛び込み、三人の前で停止する。
口の役目を持つ装甲パネルを広げて吼えるライノ。だがその顔にアメリアのゴーレムが一撃を加える。どこかたじろくような素振りを見せるが、怒るように叫び襲い掛かる。
「機械種だからって調子に乗らないことね!」言葉通り機械種ならではの重装甲と出力でのしかかりのような攻撃を繰り出すが彼女のゴーレムは的確な命令と、敢えて弱点でもあるコアを増やしたことによる柔軟な動きで彼の攻撃を回避しながら次々と拳を打ち込んでいき、次第に頭部の装甲が凹んでいき、遂には装甲パネルの一部が剥がれ飛んでいった。激痛にあえぐような機械音を響かせてライノの巨体が震える。
その背中に搭載した主砲は使ってこない。三人を食うつもりなのか、あるいは閉所では使えないのか彼女には分からないがこのまま押し返せると確信した。
その時だった。何かが飛んでくるような音を出しながら壁の穴からミサイルが飛び出してきた。目標はゴーレムではなく、ライノ。避ける間もなく直撃し、怯んだ彼にミサイルの主、人型機動兵器型のウェステッドのトライトゥースが強烈な蹴りを叩き込んだ。
ゴーレムの攻撃で怯んだり装甲を破壊されてはいたもののそれ以外は大したダメージは受けていなかった彼の装甲が大きく歪み、更には数十トンの巨体が浮かんで転がり、その先の壁を壊した。悲鳴のような高音を鳴らしながら四本の足をジタバタさせながら彼は起き上がるがその顔にトライトゥースの肩に提げたライフルの射撃を受けて沈黙した。
ライノが静かになったのを確認しながらライフルを肩に戻し、トライトゥースが三人の方をゆっくりと向いた。直後に彼女が操るゴーレムが彼の頭部に右フックを打ち込んだ。2,3歩後ろに退くが、続いて放たれた左ストレートを彼は見ていない筈なのに片手で受け止めた。「な!?」驚愕する彼女の目の前で拳を構成する岩を握り潰した彼は、残った右腕で殴ろうとするゴーレムを掴むと、そのまま持ち上げた。
トライトゥースは全長9メートルほどで、ゴーレムは約5メートルほどだったが、まるで赤ん坊を高い高いするように両手で持ち上げると、勢いをつけて地面に叩きつけた。その一撃でゴーレムの四肢を構成する岩がバラバラになり、残った胴体をもう一度持ち上げると、彼女目掛けて叩きつけた。
ウェステッドを撃退し、屋敷からグリフィンが飛んでいくのを見て急いで戻ったグレイは見た。彼女のゴーレムが軽々と持ち上げられ、その場に叩きつけられたのを。
アルバートとイリスは見た。
胴体だけとなったゴーレムを叩きつけられ、その衝撃でアメリアの身体が人形のように宙を舞って地面に落ちていくのを。
その光景はグレイも見ていた。「アメリアッ!!」叫んで彼女と子供たちの下へ向かおうとするがそれを阻むようにウェステッドが襲い掛かる。
「お母さん!」「母さん!」二人が彼女に呼びかけるが彼女は倒れたまま動かない。
トライトゥースは彼女を潰さないように指で摘まんで頭の近くまで持っていくと、頭部が名前の由来の通り口のように三つに分かれて刃のような歯を覗かせた。
「やめろぉっ!」ウェステッドに押さえられながらグレイが叫ぶ。
だが彼は当然止めることはなく、彼女を喰った。まず上半身を食いちぎると、残った下半身も口内に放り込んでじっくり咀嚼し、飲み込むような動きをした。
少しして、口に引っかかっていたのか彼女の頭と、ひしゃげた髪飾りを吐き出した。
足元に転がった彼女の頭を見て腰を抜かし震えるアルバートと、悲鳴を上げて顔を手で覆うイリス。絶望に震える二人をトライは見て、アルバートは彼と目が合った。
線状のカメラアイの複眼が、一瞬笑みの形に歪んだ気がした。
続いて二人を捕食しようと手を伸ばした時、半分悲鳴のような叫び声を上げてグレイがトライに斬りかかる。しかし、左腕に装着したシールドで彼の一撃を見ずに防ぐと、見ないまま彼に盾を叩きつけて吹き飛ばした。
そして、二人にも興味を失ったようにその場から去っていった。
街の地獄は続いていた。トライが去った後に気がついたように再起動したライノは怒り狂うような機械音を鳴らしたと思ったら呆然と立ち尽くす二人を無視して向かいの令嬢の家に突っ込み、その中にいた彼女の弟を無造作に踏み潰した。
グリフィンネークは魔術師に追われ続けていたが、逃げながら高所から攻撃する人間を体当たりで足場ごと吹き飛ばし、屋根の上にいる人間を見つければ滑るように屋根を擦って押し潰していた。時々何人かが打ち上げられ、そうした人間は彼のクチバシに喰いちぎられる運命が待っていた。
それを見た二人は怒りを露わにし、最大威力の魔法を撃ち込もうと構えた。
だが放つ直前で一人は地上にいた獣種が持っていたライフルに撃ち落とされ、もう一人はジェリーの触手に絡め取られ、彼女の餌食となった。
撃ち落とされた方はすぐ下の裏路地に落下した。彼女は落下の衝撃と激痛に悲鳴を上げてのたうち回る。悲鳴を聞きつけた仲間の冒険者が駆け付けたが、一番前の戦士の首が斬り落とされた。続いて騎士が真っ二つに切断された。
ほぼ一瞬で駆け付けた二人を切り殺したのは、金属の骨格標本のような機械種のウェステッドだった。その両腕のブレードからは血が滴っており、どう見ても二人を殺したのは彼だと示した。
ガチャン、ガチャンと音を鳴らして彼女に近づくが、背後に現れた影が彼の首をねじ折り、暴れる身体を持ち上げて壁に叩きつけた。一撃で致命的損傷を負わされた彼は血のようにオイルを撒き散らしながら痙攣し、やがて停止した。
影の正体は獣種のウェステッドだった。虎人間のような姿の彼は彼女を見ると破壊した彼の代わりのようにゆっくりと近づいていく。
「嫌、来ないで…誰か、誰か助けてぇ!」後ずさろうとするが彼に両手を掴まれる。
彼が彼女に覆い被さって、彼女の悲鳴が地獄となった街道に響いた。
ウェステッドの蹂躙は続く。そう求められているかのように。
トライトゥースはアメリアを喰らった後も冒険者を襲い、時折捕食していた。
ライノの暴走もより過激になり、思い出したかのようにミサイルポッドを生成した彼は乱射を始める。内部に焼夷剤を充填した発火ミサイルは命中して爆発と同時に炎を撒き散らし、街中の火事を悪化させていった。
それでも生き残った兵士たちは必死に応戦しているが、高所にいるものはグリフィンに足場ごと吹き飛ばされ、壁の通路で攻撃していた一団は、ブースターで壁を上ってきた、頭のないロボット兵士型の機械種が手にしたマシンガンの掃射の餌食となった。地上では亜人型の数は減ったものの異形型のウェステッドが一方的に冒険者を翻弄している。満腹になったのか、ジェリーは一際太い触手を捩り始めた。
すると、刺胞のような円状の部位から巨大な棘のようなものが伸び始めて、次の瞬間振り回しながら高速で棘を射出して、地上にいるウェステッドと人間を無差別に串刺しにした。
しかし、終わりは唐突だった。
四人目の犠牲者となったエルフの少女を捕食したところで、トライトゥースは突然我に返ったように少女の下半身の部分を落として、背中と脚のブースターを起動して上昇して、そのまま飛び去っていった。
それを合図に、グリフィン、ジェリーも街の上空から離れ、最後の大物となったライノも落ち着いたように壁を破って去った時には、全てのウェステッドが嘘のように街から消え去っていた。
たった数十体と四体の大物ウェステッドによって、およそ1000人の命が奪われた。
また多くの女性や女性の冒険者がウェステッドの慰み者となり、傷ついた、または壊れた心をいやせず神殿や療養施設に送られることになった。
特に銀級の冒険者の損失が目立った。どれも街に常駐して守っていた冒険者で、特に最強格と言われていた魔術師の女性コンビの片方はジェリーの餌となり、もう一人は神殿に消えた。
父が不在の時に剣の訓練をしてくれた剣士は、トライトゥースに踏みつぶされていたのが分かった。令嬢の父は彼女の目の前で鳥種に食い殺され、リュカの両親は共に冒険者で立ち向かったが、二人ともグリフィンネークに喰われた。
母は自分の目の前でトライに食われ、学校の友達や先生は皆ウェステッドに殺され、喰われ、犯された。
みんな殺された。みんな奪われた。みんな壊されたのだ。
目の前の、ウェステッドたちに。
「うわああああああああああ!!!」
悲鳴のような叫び声を上げて、ゴーレムに襲い掛かっている椎奈に斬りかかった。
その時彼女はようやくゴーレムのメインコアを露出させていたところで、叫び声に顔を上げて彼に気付くと、獣が驚いたような声を出しながら振りかぶられたサーベルを持った手を掴んで止めた。
だが彼は構わず空いた手で彼女の身体を殴り始める。
そして泣きながら彼女に叫ぶ。「返せ!母さんを返せ!父さんを返せよ!あの子のお父さんを!魔術師のお姉さんたちを!学校の先生を、リュカの両親を、みんなを返せぇ!」
彼女は彼が何を言っているのか分からなかったが。泣きながら何かを叫ぶ彼の姿に気圧される。が、イラついたような表情を彼に向けると胸ぐらをつかんで投げ飛ばした。
ゴーレムの上から放り投げられ地面を転がるアルバート。立ち上がろうにも椎奈は勢いをつけて投げたのか激痛で力が入らない。起き上がろうとして崩れる彼に椎奈は近づく。彼の目に、怒りにも笑みにも似た形の口が見えた。
「化物!世界に捨てられた、おぞましい怪物め!」首を掴まれ、持ち上げられながらも彼は彼女に罵声を浴びせる。そんな彼を壁に押し付けると、トドメを刺すことにしたかのように、節足の先端が彼に狙いを定めた。
その時彼は見た。彼女の顔を。自分を殺す直前の彼女の顔を。
さっきまでの生き生きとしているような表情が嘘のように、冷めたような表情だった。
そして、節足が、彼の顔に向かって伸びた。
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