第40話 僕は彼女の婚約者だ!

 目的の人物を探そう。


 僕は目を凝らし、人混みに紛れながら藤咲さんを探す。いるとしたら、奥の方じゃ…………。


 あっ! いた。


 白のワンピースを着て、来客した人々と会話している藤咲さんを見ていると、やっぱり彼女は美しいと思う。その姿から清楚さや気品が感じられる。


 こういうパーティーの場の中でも、他の人とは違う、ひとりだけ抜きん出た華やかさが藤咲さんにはある。

 そんな彼女を見ていると、やっぱり僕なんかとは釣り合う人間じゃないんだと思えてしまう。


 彼女は周りの人達に挨拶を交わしながら、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。藤咲さんの隣を見ているとあの男の人がいない。


 強引にでも連れていって話をするか? 

 受け取ってくれるか分からないが、伝える言葉も決まっている。


 だけど…………。


 僕はその場から逃げるように背を向けてしまった。


 何考えてんだよ!


 何のために来たんだよ!


 折角のチャンスなのに!


 自分で自分に怒りを覚えてしまう。 


 だけど、頭の中ではそう考えるものの、身体が震えてしまい思うようにできない。


「時任……様?」

「え? あっ、香川さん!」


 俯いていた顔を上げて見ると、目の前には香川さんが立っていた。


「ど、どうして?」

「あ、あははっ……」


 僕は直前の自身の行動の不甲斐なさに、曖昧に笑ってごまかす事しか出来なかった。


「で、貴方は何をするためにこの場所に来たのですか? これから始まる発表を聞きに来たのですか? はっ! だとしたらとんでもないマゾ男ですね。わざわざ惨めになるだけのためにこんな所まで来るなんて」


 淡々と香川さんは喋り続ける。


「それとも、これからは一生お目にかかれないような雰囲気の場所で、高級な食事でも食べに来ましたか?」


 侮蔑の目で僕を見てくる。


 僕は言い返す事もできず、その場に立ちつくしてしまう。


「はっ! 言い返す事もできませんか? ちっ! イラッとくる」


 やがて、天井の照明が落とされ、辺りが薄暗くなっていく。それにつれて騒めいていた周りの声も小さくなり、そして聞こえなくなった。


「そろそろ始まります。さっさと尻尾を巻いて逃げ帰りなさい!」


 香川さんはそう言って、僕の前から去って行った。


 壇上の方を見上げると、真ん中の方にマイクが置いてあり、左から藤咲さん、聡明さん、藤咲さんの彼氏と並んでいる。


 ……………………。


 僕は帰ろうと出入り口のドアに向かって歩みを進める。


 会場には藤咲さんの彼氏の声が響いている。


「本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。これから重大発表をしたいと…………」


 これでいいのか?


 本当に後悔はしないのか?


 くそっ!


 いいわけ……ないだろうがーーーー!!


 出入り口のドアの方に向けていた身体を反転させ、壇上の方に向かって走った。


「ちょっと、待ったーー!!」


 周りの人達から驚き声が聞こえる。

 人混みを掻き分けながら、壇上に向けて無我夢中で走っている為、何を言っているのか全く聞こえない。どうせ非難めいた言葉でも言ってるんだろう。


 警備員の静止を振り切って壇上に登る。

 藤咲さんと聡明さんの驚きの声が上がった。


「し、俊君!」

「と、時任君?」


 何故か男だけはニヤリと笑みを浮かべている。

 余裕たっぷりなんだろう。こちらを見下した視線は相変わらずだ。


 僕は男に人差し指を突きつけ……宣言した。


「お前に…………お前なんかに…………藤咲さんは渡さない! この人は…………僕の婚約者だ!」


 そう言って、藤咲さんの元に向かい、目を大きく開けて驚く藤咲さんの身体を思い切り抱きしめた。


「えっ、ちょっ、俊君?」


 何かを言おうとしている藤咲さんに、僕は喋らせないように唇を塞いだ。


 その瞬間、会場に来ている人達から「きゃああああ〜〜⁉︎」とか「おおお〜〜〜⁉︎」などのざわめきが起こるが、僕はこの瞬間、時間が止まっているように感じていた。


 ゆっくりと唇を離す。


 僕の瞳をぽ〜っとした表情で見上げる藤咲さん。僕は藤咲さんを見つめながら自分の思いを伝えた。


「君はズルい女だ。僕に女性恐怖症の原因を作り、でも久しぶりに会うとあまりにも美しくなっていて僕にときめきを与えた。わがままで気が強いし……そして泣き虫だし……でも、そんな君が気になって気になって……いつの間にか僕の頭の中は君の事でいっぱいになってしまった。気付いたんだ……君が好きだって事に……僕にとってとても大切だって事に」


 藤咲さんの瞳から大粒の涙が溢れる。


「ば、馬鹿っ……。わ、私はずっとアプローチを……サインを出してきた。貴方が気付くの……ううん、気付こうとしなかっただけよ」

「うん……本当に僕は馬鹿だ。…好きだ……好きだよ藤咲さん」


 僕はもう一度藤咲さんをやさしく抱きしめた。

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