第36話 僕の想い

「う、美味い。これが噂に聞くハンバーガーというやつか」


 男は興奮しながら、大口を開けてハンバーガーを食べている。端正な顔立ちからは想像がつかない食べ方をする。


「も、もしかして食べた事ないの?」


「まあね。食べてみたいとは常日頃から思っていたけど、中々食べる機会がなくてね。いやあ〜中々いけるよ!」


 驚いた。まさかファーストフードが初めての人間がいるなんて……。


「まあ、私は結構食べてるけどね」


 藤咲さんが会話に混じってくる。


「君はこういったジャンクフードが好きだからね〜」

「まあ、私は好きになったらどんな事でも夢中になっちゃうから……」


 ちらりとこちらを見て、藤咲さんが話してくる。

 ん? 何でこっちを?


「あはは……でも、今はそれよりも貴方に夢中になっているわ」

「はっはっは……それは当然だね」


 二人は見つめあい、そして顔を近づけて…………。


 ドンっ!!!!!


 僕は思わずテーブルを殴りつけてしまった。


「君らは馬鹿か! ここをどこだと思ってるんだよ!!」


 何を考えてんだ!

 僕を煽った挙げ句に、目の前でそんなのを見せつけるなんて!


 僕がテーブルを叩いたせいで、上に置いてあった食べ物や飲み物がひっくり返ってしまった。


「し、俊一君」


 立花さんは困った表情で、僕に声をかける。何かと思い周囲を見てみると、テーブルを殴った音にびっくりして、食べていた人達が一斉にこちらを見ている。


「あっ、す、すみません」


 少し冷静さを取り戻した僕は周りの人達に謝った。


 そんな僕にはお構い無しに、藤崎さんは文句を言ってくる。


「あ〜あ、服が汚れちゃったじゃない! どうしてくれるのよ」

「ご、ごめん!」


「ふん。 馬っ鹿じゃないの! 何を嫉妬なんてしてるんだか、みっともない! 私、化粧室に行ってくるから」

「あっ、たかちゃん、私も一緒に……俊一君、少し席を外すね」


 くそっ、僕が嫉妬してるだって! 冗談言うなよ。何でそうなるんだよ! 僕はイライラしながら椅子に座り直した。


「くっくっくっ……」


 僕の斜め向かいに座っている男が、口元を歪ませながら、嫌らしい笑みを浮かべている。


「な、何だよ!」

「まあ、そう声を荒げるなよ。ふっ、みっともないぞ」

「なっ!」


 歯を食いしばりながら何とか怒りを抑える。


「それとも、そんなに彼女の事が好きなのかな?」

「はっ? そ、そんな訳ないだろう?」


 それを聞いた男はニタァと嫌な笑みを見せる。


「それは良かった! それならもう遠慮は要らないね。彼女の事は好きにさせてもらうよ!」

「それってどういう事だよ!」


 思わずテーブルから身を乗り出してしまう。


「おいおい、何を興奮してるんだい? 彼女の事はどうでもいいんだろ?」

「くっ」


「面白い男だな〜、君は。……そうだ! これを君にあげよう。ふっふっふっ、これは来月の24日……丁度クリスマスに行なわれるパーティーのチケットだ。その日に彼女を完全に僕の物にしようと思ってる。くっくっくっ……今、思いついたが、君の目の前で彼女を物にする事が、一番楽しいんじゃないかと思ってね」


 こ、このゲス野郎が〜〜〜〜!!!!!


 も、もう我慢ならない。


 僕は彼の胸倉を掴みにかかる。


「こ、この野郎!」


 そのまま殴りつけようとしたのだが……このタイミングで藤咲さんと立花さんが戻って来てしまった。


「な、何をしてるの!」


 するどく藤咲さんの声が突き刺さる。


「し、俊一君、駄目!」


 立花さんの悲鳴にも近い声が耳に届く。


 ちっ。


 仕方なく振り上げた拳を下ろす。

 すると、今度は藤咲さんが僕の胸倉を掴んできて、そして……パンッ! と僕の頬を叩いてきた。あの時と同じように……。


「あ、あんたとんでもない屑野郎ね。だ、大丈夫?」


 藤咲さんは男に優しくいたわるように声をかけている。その光景を僕はぼ〜っと見ていると、寂しさや悲しみがこみあげてきて、何だかとても自分が惨めになってくる。


「ねえ、俊一君。一体どうしたの?」


 立花さんは、悲しそうに僕を見てくる。そんな悲しそうな眼で僕を見ないで……。


 周囲の人達からは、好奇の目や侮蔑の目が浴びせられる。


 まったく、ピエロだ。


 僕は負け犬のように店を後にした。後ろからは、僕を呼ぶ立花さんの声が聞こえたが、振り返る事はできなかった。

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