第22話 僕が落ち込む訳がない!

 藤咲さんは男の人と一緒に帰って行った。

 一度も僕の方を振り返る事なく。


 僕はボディーガードの男達に解放されても、まだアスファルトに両膝をつき、彼等が車で去った先を眺めていた。


 なんだ! そういう事か!

 今までの事は結局お嬢様の気まぐれだったって事かよ!

 何が結婚だよ! くそっ!


 そんな風に惨めにも悪態をついてしまう。

 もちろん、自分に責任があったって事も十分に理解している。

 いや! 全然理解していない。子供のわがままな感情だ。


「キャーー! ちょっとちょっと、今の一体何?」

「さ、さあ……で、でも、これってもしかして……めっちゃすごいシーンを目撃したんじゃないの」


「確か、彼、あのハンサム君といつも一緒にいる子じゃない?」

「そうそう! 坂口君といつも一緒にいる時任君て男の子よ」


 相変わらず、野次馬根性で集まってきた奴らが好き勝手言っている。


「お、おい、今のって何だったんだ? というか誰だよあいつ!」

「あいつって確か藤村さんと一緒のクラスの奴じゃねーか?」


「そうだ! それも気になった。藤咲って誰だよ? 藤村さんだろ? しかも、やたら馴れ馴れしかったし」

「ああ! 一体どういう関係なんだ?……でも……ぷっ、 何かピエロみたいだったな」


「本当! 何が藤咲さんだよ。お前なんかおよびじゃないっての!」

「はっはっはっ、よせよせ言ってやるな。可愛いそうだろ! くっくっく……」


 うるせえよ! そんな事、僕と藤咲さんが釣り合わない事ぐらい言われなくても分かってるよ!!


 その野次馬の向こうからかすかに声が聞こえてくる。


「悪い通してくれ! すまない通してくれ!」


 そうやって人込みを掻き分けながら、健が僕の所までやってきた。


「ったく! いきなり飛び出して行きやがって!」

「…………」


「マジびっくりしたぜ! っておい! 聞いてんのか? 俊一」

「…………聞いてるよ」


 僕はそんな風に答えながらも、藤咲さんが去って行った方向に目をやったまま動く事が出来ずにいた。


「おい、しっかりしろよ! 一体何があったんだ? 屋上から見てたら、藤咲と誰かが一緒だった所は見たけどよ」

「……ごめん。僕帰るよ」


「お、おい。 帰るってお前……ま、待て。俺も行くぜ」

「……別に来なくていいよ」


「おいおい! んな事言うなよ!」

「……ごめん」


 健にまでこんな風に当たってしまうなんて、僕って最低だ。


「お前、もしかしてさ……」

「え?」


 健が何かを話そうとしたその時、今度は女の子の声が、人が集まる向こう側から聞こえてきた。


 振り返ると立花さんが人混みを掻き分けながら、走ってこっちに向かっている。


「二人とも待って!」


 健だけならまだしも立花さんまで……嫌な所を見られてしまったな。


「はんっ。馬鹿じゃねーの? 待てと言われて待つ馬鹿がいるかよ! 行こうぜ、俊一」


「確かにこのまま帰りたい気分だけど……待とう。っていうか待つべきだよ!」

「はあ〜? お、お前な〜……ったく」


 健は大袈裟に手のひらを両手を広げ、やれやれと言った表情をしている。


 僕たちの所に追いついた立花さんは、肩で息をしながら、慌てた様子で聞いてくる。


「ね、ねえ俊君! い、一体何があったの? あの男の人誰? たかちゃん何で付いて行ったの?」


 そんな、矢継ぎ早に聞かれても答えようがない。


「ま、待って待って立花さん。落ち着いて」

「あっ、ご、ごめん……私ったら」


「こ、こいつ! 俺が聞きたくても聞けなかった事をズバズバと……」


 何か健がぶつぶつ言ってるけど、ほおっておく。


「僕逹これで帰るんだけど、一緒に帰る?」

「お、お前! な、何言ってやがる! 俺は女となんて帰んねーぞ」

「いや、別にいいよ。それじゃあ、立花さん? よかったらどうかな?」


「なっ、こ、この野郎! あ〜分かった分かったよ。一緒に帰ってやるよ!」


 両手をポケットに無造作に突っ込みながら偉そうに言ってくる。

 本当に面白い友人だ。そして……とてもいい友人だと思う。


「ふ、二人がいいなら、一緒に帰るね」


 そう言いながらも、男子と帰るのが恥ずかしいのか、若干の抵抗があるようだった。


 そうだよね。


 立花さんの性格からすると、抵抗があってもおかしくないんだよね。


 それなのに、どうして僕は彼女を誘ったのだろうか?


 寂しさ? 不安? 失望感?


 もしかしたら、立花さんの優しさに甘えたかったのかもしれない。

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