僕はまだ猟奇的な彼女を婚約者と認めた訳ではない！

第19話 僕には婚約者の涙の理由が分からない。

「藤咲さん！　今、家に誰もいないけど、別に変な思惑があって家に呼んだわけでは…………」

「は、はい！　え？」

　説明をする事に必死になって、勢いよく立ち上がったのがいけなかったのか、僕はテーブルにひざをぶつけてしまった。そして、そのままテーブルの向かい側に座っている藤咲さんにそのままダイブする形になる。

　もちろん狙った訳ではない！

「うわっ！！」

「きゃっ？！」

　ドンッと音を立てて、漫画みたいにテーブルをひっくり返してしまう。

「ご、ごめん。　だ、大丈夫だった？」

　すぐに、藤咲さんに飲み物がかかったり、怪我などしていないか確認する。

「…………」

　しかし藤咲さんは何も言わず、そのままぽけ〜っとした表情のまま僕の方をみている。何故か頬を赤らめているように見えるのだが？

「ど、どうした……？　あっ！」

　僕はようやく、自分が現在どのような体勢にあるのか気付く。

　なんと、藤咲さんの身体の上に覆い被さり、右手を胸の上に置いていたのだった。

「ご、ごめん……」

　僕は飛び跳ねるようにその場から離れた。どうやら、藤咲さんも我に返ったのか急いで起き上がり、座り直している。

　僕達の間に微妙な空気が立ち込める。その空気を何とかしようと思って声をかけた。

「ご、ごめん！　本当にごめんね！　わざとじゃないからね！」

「い、いいから！　気にしな……」

「だ、大丈夫だから。　間違っても、僕が藤咲さんに手を出そうなんてしないから」

「…………何それ！」

　そう言った瞬間。

　バシッ！

　音と同時に、するどい痛みが頬を伝った。一瞬、自分が頬を叩かれた事に気付かないほど、僕にとって藤崎さんの行動は言葉とは違ったものだった。

「えっ？」

　叩かれた痛みに気付くと、痛さよりも驚きの方が大きくなる。

　藤崎さんは今、「気にしないから」って言わなかった？

　それなのに、どうして、急に怒りだしたの？

　そして、どうして、そんな顔で僕を見ているの？

　藤咲さんが目に大粒の涙を溜めて、悲しげな表情で僕を見ている。

　それから、ゆっくりと立ち上がり、何も言わずにバッグを持って部屋を出て行った。

　僕はただその姿を見ている事しかできなかった。