第6話 僕は婚約者のお父さんに気に入られている訳がない!

「それではさっそく本題に入るのだが……」


 聡明さんの表情に先程と違う空気が流れる。


「は、はい」


 息詰まるような感覚が僕を襲う。

 この人は僕に何を言ってくるのだろうか? まさか、今すぐ学校をやめて、藤崎家の跡取りになるべく帝王学を学べとか? いや、それとも、お前はうちの娘に相応しくない! よって、この話は無かった事にしてくれとか? 僕としてはそっちの方が有り難いのだが。

 さて…………。

 聡明さんはゆっくりと口を開く。


「ぜひともうちの婿養子になってくれないか?」


 はい…………?


「どうしたのかね、呆然として?」

「大丈夫? 俊一君?」

「えっ?! だ、大丈夫! 大丈夫です!」


 僕は目の前に置いてある、香川さんが持って来てくれたお茶を飲む。


「す、すみません。驚いてしまいました。えーと、確認させていただきたい事が」

「うん、なんだ?」

「今、聡明さんはうちの婿養子になってくれ? とおっしゃたんですか?」

「うん? そうだが、何か問題でもあるかな?」


「い、いえ、そうじゃなくて、これって娘さんだけの話じゃなくて、藤崎グループとしてもすっごく重大な話だと思うのですが、あっさりと決め過ぎてませんか?」


 聡明さんと藤咲さんは僕の言葉を聞いて、お互いに顔を見合わせて盛大に笑い出した。


「うわはははっ………」

「あははははっ………」


 呆気に取られた僕は聡明さんの後ろにじっと立っている香川さんを見る。香川さんは笑いあっている二人を眺めているだけだった。


「あ、あの〜……」

「はははっ………すまない。ごほんっ、いやぁ、君は若いのにどうも固く考える所があるな、なあにもっと楽に考えた方がいいよ、楽に」


「ほんとにもう〜、俊一君たら〜」


 …………う〜ん。


「まあ、学生の内は学校を楽しんでくれればいいから。会社の事はゆっくり話し合って行こう」

「えっ⁉︎ でも、あの……」

「あはははっ、君は心配症だな。何も心配する事はないよ! まあ、私に任せておきなさい!」


 聡明さんはそう言って僕の話を豪快に笑い飛ばした。

 うーん、僕の言いたい事はそういう事ではないんだけど…………。


「しかし、良かった」


 聡明さんは心底安堵したように息を吐き出した。


「何がですか?」

「何というのか、うちの娘は少々わがままな所があってね。父親としては娘の将来が心配だったんだよ。だけど、こうして娘と結婚してくれると言ってくれて安心したよ」


「………………」

「やだ! 私そんなにわがままじゃありませんよ! それにお話ししましたけど、子供の時から俊一君の方が私の事好きだったんですよ? 見せた貝殻だってその時にくれたんですから! ねぇ〜?」


 藤崎さんは僕を見て相槌を求める。


「い、いや、それはあの………」

「もう、照れなくていいってば!」


 そう言いながら僕の肩を思いっきりグーで殴る。

 僕はそのパンチでソファの端の方まで飛ばされた。


 イテテテテッ……。


 しかしいつの間にそんな話になったんだろう?

 僕は殴られた肩を抑えながら思わず聡明さんの方を見た。目が合う……。


「………………」

「………………」

「二人は仲良いな! あっはっはっは」

「そうですか? あはははっ」


 僕達はどちらからともなく笑い出した。当然、僕の笑いは乾いてた……。


「旦那様、そろそろ会議のお時間では?」


 聡明さんの後ろから香川さんが声をかける。


「ん? もう、そんな時間か……それでは、俊一君。また、時間ある時にゆっくり話をしよう! 鈴、俊一君を家まで送ってさしあげなさい」

「はい、かしこまりました」

「それじゃあな、貴子」

「はい、お父様」


 聡明さんが会議に向かう為、部屋を退出した後に藤咲さんが尋ねてきた。


「お父様はどうだった?」

「い、色々すごい人だね。 何ていうか、非常に強烈だったよ。圧倒されたよ」


「やっぱりそう思う? 私もそんな風に感じるのよね〜。私とは全然似てないのよね〜」

「はい? 今、似てないって言ったの?」


「そうよ。だって、私はあんなに強烈じゃないし、強引でもないしね。どちらかと言うと、引っ込み思案だと思うしね。………ん? どうしたの? ぽかんと口を開けて……?」


 ……………………。


 あ、空いた口がふさがらないってこういう事をいうのだろう

 自分の事って意外と分からないものなんだよね。

 鈴さんの方をちらりと見てみると声を抑えて笑っていた。

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