第5話 僕は大きな屋敷にビビったりはしていない!

 「案内します」と香川さんに言われ、香川さんの後ろに、僕と藤咲さんが二人並んで歩き出す。

 広い迷路のような道を歩く……歩く……歩く。


「キョロキョロしてどうしたの?」

「い、いや、いくつぐらい部屋があるのかなあと思って……」


「私も久しぶりに来たし、数えた事がないから分からない」

「はぁ………」


「こうやって、鈴に案内してもらわないと、迷子になっちゃう可能性もあるかもしれない。ははは、まあ冗談だけど」

「ははは」


 ぜ、全然笑えませんけどね。

 正直、もうどこをどう歩いて来たのか分かりません。そもそも、こんなにたくさんの部屋って必要なのかな?


 前を歩いていた鈴さんが立ち止まる。


「こちらが応接間になります。旦那さまをお呼び致しますので、こちらの部屋でお待ち下さい」

「はい」

「それじゃあ俊君、私も着替えてくるから〜」


 藤崎さんは手を振り、長い廊下を小走りして行った。


 部屋に入ると、正面に映画館のような巨大なスクリーン、横の壁には鮮やかな装飾を施された棚が配置され、その棚には僕が飲む事が出来ないドリンクが並べられている。スクリーンの前には眩しいくらいにキラキラ輝いているガラステーブル、座ると体が沈み込んで、もう立ち上がりたくないと思わせるくらい心地よさそうなソファーが置いてあった。


「座ってもいいのかな? ……いいよね? ……失礼しまーす」


 誰か見てる訳でもないのに辺りをキョロキョロと見回し、僕はソファーに腰を下ろした。

 こういう時に、つくづく自分は小心者だと思い知らされる。


「これいいね〜」


 ソファーでくつろいでいると、ドアを開けて一人の男性が部屋に入って来た。

 僕は急いでソファーから立ち上がり男性の方に向き直った。


「す、すみません!」

「んっ? いや、何? 座っててくれて構わないよ。 中々しっかりしたソファーだろう? はっはっはっ」


「あ、いや、その……はい。大変座り心地の良いソファーですね」

「そうだろう、はっはっはっ。遠慮などしなくても良い。座りなさい」

「す、すみません、そ、それでは失礼します」


 男性は僕が座るのを待ってから、向かい側に座った。


「私は、藤咲からこの家の管理を任されている藤城と言う者だが、君の名前は何て言うんだい?」

「あ、すみません! 自己紹介まだでしたね。僕の名前は時任俊一って言います。本日は香川さんに連れられてこちらの方へお招きいただきました」

「ほうほう、なるほど……」


 藤城さんは僕の方を観察するようにじっと見ている。


「あのぉ〜、何かありましたか?」

「いやいや、すまない。すると、君がお嬢様の婿養子になるという訳だね?」


 口元に優しそうな笑みを浮かべ僕にそう聞いてくる。


「いえいえ?! まだ、そうとはっきり決まった訳ではありません」

「うん? でもお嬢様は乗り気なんじゃないのかな?」


 僕は藤城さんに彼女に対する思いをどう話せばいいのか困ってしまった。


「えーと、あのぉ………」


 言葉につまっていた時に、いいタイミングでドアを開けて藤咲さんが帰ってきた。


「お待たせ〜、時任君。遅くなって悪……お父様?!」


 えっ? お父様? ……誰が? ……って、まさか……。


「はっはっはっ、貴子。おはよう!」

「えええぇぇぇ〜〜〜?!?! お、お父さん?!」


 それを聞いた僕は急いでソファから立ち上がった。


「おいおい、時任君。遠慮などしないで座ってて構わないよ」

「いえ、そんな……」


「いいから、いいから。貴子もそんな所につっ立ってないで座りなさい」

「す、すみません、失礼します」

「はぁ〜い、わかりました」


 そう言ってこちらに歩いてくる藤咲さんのワンピースとカーディガンを羽織っている姿に僕は思わず見入ってしまった。その服装が藤咲さんの容姿にとてもマッチしていて可愛いかったからだ。


「…………………」

「どうしたの、時任君? そんなに私の事をジッと見つめて」

「えっ! あっ?! ご、ごめん! な、何でもないんだ!」


 藤咲さんが可愛いだなんて、僕は何を考えているんだ!


 僕があたふたしていると、藤咲さんは対面のお父さんの隣には座らずに、僕の隣に腰掛けてきた。

 ちょっとした拍子に、隣の藤咲さんの肩が触れてしまいそうで、僕はドキドキしてしまう。


「もう! さっき、鈴がお父様を呼びに行ったわよ」

「はっはっはっ、それはすまない事をしてしまった。なにぶん、貴子が気に入っている男の子がどんな子か気になってしまってね」


 扉をノックする音がする。僕が扉の方に目をやると、鈴さんが扉を開けて入ってきた。


「失礼します。飲み物をお持ち………旦那様?」

「鈴、すまない。先に寄らせてもらったよ」


「い、いえ?! そんな事は構いませんが、すみません、今すぐに旦那様の飲み物をお持ちしますので……」

「ああ、お願いするよ」


 鈴さんは一旦席を離れ、藤咲氏の飲み物を持って戻ってきた。


「うん、うまい。朝は鈴が淹れてくれたコーヒーにかぎるな〜」


 一口飲んで満面の笑みを鈴さんに向ける。


「ありがとうございます」


 恭しく一礼する。


「それでは、私は席を外します」

「いや、鈴。お前もこちらにいなさい」

「……分かりました、旦那様」

「時任君、先程は嘘をついて悪かった」


 藤咲氏はそう言って僕に頭を下げてきた。


「い、いえいえ?! とんでもない‼︎ 気にしてませんので」


 隣から藤咲さんが何かあったの? と聞いてくる。


「い、いや……えっと、実は……」


 先程あった事を藤咲さんに説明する。


「あはははっ……お父様ったら! そういえばお父様はテレビに出た事なかったですね」


 そうなんだよね。

 藤崎 聡明。


 初めて顔を見る。マスコミ嫌いで有名だから今までテレビに顔を出した事がないんだよな〜。確か一代で今のFコーポレーションをここまでの大企業にまでしたと、何かの雑誌で読んだ事がある。確か、まだ40代ぐらいって言ってなかったかな?


 よく考えたら(よく考えなくてもか)そんな人と向かいあって話してるなんて、僕の一生涯でも考えられないくらいすごい事だよな〜。


「まあ、そう言わないでくれ。マスコミは苦手なんだよ」

「お父様らしいわね」


 藤崎氏は娘の言葉に苦笑した。


「では、改めて自己紹介をしようかな。私の名前は藤崎聡明。私の別荘へようこそ。歓迎するよ俊一君」

「あ、ありがとうございます」

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