第4話 僕の婚約者が……な訳がない!
「着きましたよ、俊一様」
「はぃ…………」
し、死ぬかと思った。こんな怖い思いしたのなんて生まれて初めてだよ。
「さあ、行きますよ。何でこれぐらいでバテテるんですか! 俊一様って男の方なのに情けない人ですね」
いや! 男とかこれに関しては関係ないと思うんですけど?!
それに途中から山なんて登りだすし、イタリアの高級スポーツカーでオフロードなんて無茶苦茶だよ!
しっかし、ここはなんだよね〜。
目の前には、僕の視界で収まりきらない程の大きな洋館があり、その周りには洋館を囲むようにして庭園が広がり、何か、ここだけ別世界のように思えてしまう。
すっごい豪邸……日本じゃないみたいだ。
「どうしました?」
香川さんは僕が唖然として周りを見渡している姿を見て、不思議そうな顔で聞いてきた。
「いや………はははっ、これって、ここから視界に映る全ての物が藤咲家の物って事になるんでしょうか?」
「まあ、もちろんそういう事になりますが。ここはほんのごく一部でしかありません。おそらく私も知らない所もたくさんあると思います」
「…………… はははっ、そうですか。お金持ちは最高ですね」
僕は香川さんに皮肉っぽく言う。
「お金持ちが最高かどうかは分かりませんが……。さて、行きましょうか」
香川さんは意に介した様子も無く、さらりと答えて、入り口のドアへと向かう。
分厚いドアを開けて中に入ると広々とした玄関があり、天井には(これは、何と無く予想できるが)シャンデリアが吊ってあり、そして、豪邸にはありそうな(偏見かもしれないが)絵画や壷などが飾ってあった。真っ正面には二階に続く大きな階段がある。
「うわあ〜〜、テレビで特集されるセレブの家みたいだ〜?!」
僕は周りをぐるぐる見回してしまう。
「おおっ! この壷とか、絵画って一体いくらぐらいするんだろう? まさか、ん千万て事はないよね? はぁ〜、世の中不景気って言うけど、お金ってある所にはあるんだよね〜」
「ふふふっ、私と結婚したらその絵画や壺もいずれは貴方の者になるかもしれないわよ?」
「へーっ、そりゃすごいね!! って……えっ?」
声が聞こえた方に向き直る。
階段の踊り場の方に女の子が立っているのが見えた。
だ、誰?
「お嬢様! 起きておられましたか?」
「え? お嬢様?!」
この人が藤咲貴子さん……なのか?
その子はゆっくりとした足取りで、僕のいる一階ホールに降りてきた。
「………………」
その女の子を見た瞬間、あまりの綺麗さに思わず茫然としてしまった。
艶やかな黒髪の背中まで伸び、肌は色白で透明感があり、睫毛が長く、意思の強そうな瞳、鼻筋は高く、唇は瑞々しくふっくらしている。体つきも、胸は大きく、腰は細くて、足も細く長い。男の人が求める理想的なプロポーションをしていた。
「もう何時だと思ってるのよ! さすがに私でも起きてるわよ。それにしても……本当にお久しぶり、俊くん」
柔らかく微笑みながら僕の名前を呼んだ。
「ど、どうして、僕の名前を……」
「ん? もしかして忘れてたりして……る?」
「い、いや、悪いけどまったく記憶にないよ」
「えっ? ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら?」
何か良く分からないが、僕はもしかして地雷を踏んだのかもしれない。そう話す彼女の雰囲気が変化したように感じた。
「い、いや、覚えがないんだよ? ど、どこかで会ったかな?」
ピクピクピク………。
藤咲さんの額に血管が浮かびあがる。
「し、俊君〜〜! わ、私の事覚えてないですって〜〜〜!!」
いきなり、平手でビンタされる。
「い、いや、ごめ………ぐあっ! う、うぅ〜〜……な、なぜ、叩く……」
い、意味が分からない!
だけど、この意味もなく叩いてくる人に覚えがあるような……。
「貴方が覚えてないからでしょう! 私はしっかり覚えてたわよ! ていうか、この日の事を1日たりとて忘れた事がなかったわ!」
僕は藤崎さんに胸倉を掴まれ頭を上下に揺さぶられる。
「と、とりあえず、お、落ち着い………あぁあぁ〜〜?!?!」
「ほら、見なさい! あの時あんたから貰った貝殻よ! 肌身離さず持ってたのよ! まさか、これ見ても覚えてないって事はないでしょうね!!」
藤咲さんは自分の手のひらの上に綺麗に光る貝殻を乗せた。
「ど、どれ? …………え……あ…………あ………う、嘘?!」
僕は冷たいものが身体に流れだすような感覚を覚え、呼吸が止まりそうになる。
「お、鬼子ちゃん?」
「ふぅ〜、やっと思い出し………だ、誰が鬼ですって〜!!」
藤咲さんは、また僕の頬をビンタしてきた。
「まったく貴方って人は………」
そ、そうだ。
間違いない。
誰かに似てると思っていたんだ。
忘れたいけど、忘れられないと思う。
なぜなら、僕の女性恐怖症の原因の女の子だから………。
「俊君? ……俊君てばっ!」
「俊一様?!」
僕は一瞬、頭の中がフリーズしてしまっていた。
一瞬、記憶も飛びかけてたが、何とか持ち直す。
ま、まずいぞ!
僕の対応によっては、また殴られるに決まっている。なんとか上手く話しを持っていかないと。
「ああ、あの時の女の子が、まさか藤咲家のお嬢様だったなんて思いもよらなかったよ」
「あははっ、びっくりしちゃった?」
「う、うん、凄く驚いたよ。でも、外国の方に行くとか行ってなかったっけ?」
確か、彼女達と遊ぶ最終日の時に外国に行くんだよ〜って言ってたような記憶がある。
「最近日本に帰ってきたんだよ。お父様に結婚相手を選ぶからって言われてね」
恥ずかしそうに僕を上目遣いに見上げてくる。
「それで、俊一様に幸運の女神様が微笑まれた訳です」
香川さんが藤咲さんの横に並び、僕の方を見て話してくる。
「鈴〜! 私、女神様?」
にっこりと笑い自分の方に人差し指を向けながら鈴さんに話しかける。
「はい、お嬢様の美しさは美の女神アフロディーテさえもかすみます」
「あはは〜、ありがとう鈴」
「……………」
それは絶対に違う! 僕は君が悪魔にしか見えない!
「えーと、大変名誉な事なんですけど、この話しは無かった事にして下さい」
何とか過去の恐怖を抑えながら言った。
「え? 今、何て言ったの?」
藤咲さんは、僕の言った言葉が信じられないのか聞き返してくる。
「少し言い方が悪いかもしれないけど、どんな美人でもお金持ちでも僕には無理です!」
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ?!」
「すみませんが、香川さん。家まで送ってほしいので、お願いします」
頭を下げ入ってきた出入り口に向かい歩き出した………のだが。
いきなり後ろ襟を引っ張られる。
「ぐえっ!」
無理やり顔を振り向かせられ胸倉を掴まれる。
「し、俊ちゃん〜! な、何が不満なのかな〜!」
「ひいっ?! も、もしかして怒っていらっしゃい……ますか?」
藤崎さんの顔は紅潮し、引きつっている。
「べ、別に〜、これくらいでは怒こらないわよ〜。だ・け・ど、女の子に恥をかかせたら、駄目なんじゃないかしら〜」
い、一体どこに女の子がいるんだよ! 目の前にいるの鬼です!
「俊一様。お嬢様がここまでおっしゃっておられるのですから、男気を見せてもらいたいですね」
お、男気って………。
「俊ちゃ〜〜〜〜〜〜ん? イイわよね?」
「……は、はい」
僕は藤崎さんの怒気に押されて、油汗を垂らしながらそう頷く事しかできなかった。
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