旅行の最後

「ちょっとタバコ吸ってくるから。子供達をお願いね」


 空港の搭乗ロビーで妻は僕に言った。

 電子タバコをすでに取り出していて、他の荷物を僕に差し出す。

 僕はそのカバンを受け取ると、座っている子供に渡した。

 平日の昼間ということもあり、搭乗ロビーの椅子にはちらほらと空きがあり、家族四人で並んで座ることも可能なのは助かる。

 

「あんまり時間ないから急いでね」


「うん。喫煙所遠いから走って行ってくる」


 そういう割にはゆったりと歩き、行き交う旅人達の群れに消えていった。

 アナウンスを聞けば、僕たち家族が乗る飛行機の搭乗予定時刻は二十分後である。

 幼い娘と息子にはタブレットを渡して動画を見せていれば二十分くらいは時間を潰してくれる。

 僕も席に座り、ほっと一息を着いた。

 慣れない事は概して疲れるものだ。

 年に一度の家族旅行は僕の体力と気力を奪い、明日からの日常と仕事を思って気を重くさせた。

 携帯電話を取り出すと、タブレットを眺める子供達の横顔を写真に撮り、親父に送る。

 旅行にあたり子供達に小遣いをくれた親父への領収書代わりだ。

 そうこうしている内に、搭乗の時間が近づいてきた。

 妻は戻ってきていない。

 これはいつもの事で、一服した後に売店でお土産でも見ているのだろう。どうも、妻は気遣いが出来る人に見られたいらしく、周囲への心配りを大事にする。その時、僕への心配りがすっぽりと抜け落ちる事がよくあるのだ。

 妻の携帯電話を鳴らすが、出ない。これもいつものことである。

 やきもきしながら妻が歩いて行った方をみるが、姿は見えなかった。

 

『まもなく搭乗を開始致します。混雑緩和の為に後部座席のお客様からご案内致します』


 自分のチケットを見るが、まさにアナウンスが案内する番号の座席だった。

 並びで予約しているので子供達も一緒だろう。しかし、子供達のチケットは妻が持っている。搭乗手続きの持ち物検査を受けたあと、僕は荷物を持ち、妻が子供達の手を引いてこの搭乗口まで歩いてきたのだ。

 大きくため息が漏れる。

 アナウンスが流れ、後部座席の客がチェックインカウンターから奥に歩いて行く。

 続いて中部座席の客を案内する旨のアナウンスが流れ、それでも妻は戻ってこなかった。

 アナウンスが耳に入っていないのかもしれない。


 勘弁してくれよ。


 僕は惨めな思いになりながら、妻の姿を捜した。

 彼女を捜しに行くにしても荷物と子供達が僕の足を縛る。

 きっと妻はお土産を沢山持ち、言うのだ。


「全然聞こえなかった!」


 飛行機の搭乗待合室で他に何を聞くというのだ、という言葉を飲み込んで僕は微笑むのだろう。

 アナウンスは残りの全ての客の搭乗を促していた。

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