勇者の剣
「ん? んん……」
いささか飲みすぎた勇者は、従者の少年に肩を借りて寝室に運び込まれた。
魔王を倒し、アホくさい衣装ともこれでお別れかと、よくわからない冠をかぶり、道中袖も通さなかった青い服まで着込んで国王が開催するパーティに出席した帰りだった。
従者の少年は貴族の子弟らしいが、国王から下賜されて小間使いであって、この王都に滞在する間は彼が勇者の身の回りの世話をするということだった。
しかし、少年は少年だから少年なのだ。
勇者に対して、魔王との決戦や旅の難所などの冒険譚を聞きたがる。
今も、壁に立てかけてある勇者の剣を見つけると嬉しそうにはしゃいでいる。
勇者は少しだけ面倒だったが、解毒の魔法を詠唱し、体内のアルコールを消去した。
頭痛も動悸も収まり、ただ、のどの渇きだけが残る。
「水をくれ」
今の今までふらついていた勇者の、意外な冷静さに少年は驚いたが、すぐに水を注いで勇者に手渡した。
勇者はその水を一気に飲み干すと、勇者の剣を指さした。
「あれには絶対触るな」
少年は、やたら凄みのある勇者の言葉に、おびえて押し黙る。
「あれは正しくは神剣というんだ」
「知っています。勇者様が冒険の果てに女神さまから下されたという剣ですよね。この剣で魔王を倒したと聞いています」
「うん、そこに間違いはない。確かにこの剣によって魔王は命を奪われた。でもな、お前は俺がこの剣で魔王をぶった切ったと思ってないか?」
「違うのですか?」
「違う。神剣が魔王の命を奪った。俺はそのおぜん立てをしたまでだ」
少年が困惑の表情を浮かべる。
「意味が分かりません」
「いいか、そもそも魔王というのは魔神に支援を受けた魔人だ。対して俺が神に支援される人間。そういった意味では対照的だが、俺が何度死んでも生き返ることを知っているな」
勇者は、魔物に殺される度に神よって回収され、復活させられる。
「当然、魔王も何度殺そうが生き返るのさ」
「まさか ……」
少年は口を押えた。せっかく倒された魔王がまた生き返ったのであれば今の祝いは全くのぬか喜びになってしまう。
「だからわざわざ女神さんは神剣なんか遣わしたのさ」
「そうか、その剣で切れば復活できなくなるんですね」
「惜しい。別に切らなくてもいい」
「言っている意味が分かりかねます」
「古今東西を問わずに神剣の伝説を漁れば必ず言われていることさ。その刀身を目にしたものの命を吸うと」
事実、勇者は神剣を用いず魔王の居室に忍び込み、就寝中の魔王の枕元に神剣を置いておいたのだ。
翌朝、目が覚めた魔王は不審な剣を見て、手に取り、鞘から引き抜いた。
勇者は事が済んだ後で目隠しをして手探りで神剣を回収、鞘に納めてから改めて魔王の死を確認した。
「まあ、いずれまた魔神が魔王を仕立てるだろうから、そうなりゃその時の勇者はまた同じことをやるのさ。こんな物騒なものはすぐに女神に返しに行くが……一応言っておくが、多分、魔王の城にも似たような神剣があるはずだ。俺を殺すための剣がな。魔王城の宝物を漁る気なら気をつけな、て王様に伝えといてくれよ」
そう言うと、勇者は面倒臭そうに少年を部屋から追い出し、自ら勝ち取った平和を満喫するようにいびきをかき始めた。
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