人を呪わば穴二つ

 「糀谷さん、お荷物をお持ちしましたよ!」

目覚まし時計はかけていたのにそう言われるまで起きられなかった。完全に寝坊である。寝ぼけ眼をこすって表に出ると、配達員であろう威勢のいいお兄さんがいる。こんな格好ですいませんと謝りつつ伝票に押印して荷物を貰うと重たくて落としそうになる。中身はきっと調味料だろう。


 家の中へとその重たい箱を持って入って中身を見ると、やはり調味料が入っていて、その隙間に封筒が入っていた。中には、『息子へ 今月は工面しますから来月から働いて生計を建てなさい。1年後立派になって帰ってくるのを心待ちにしています。』という短いけれど重たい手紙と数万円が入っていた。お金は手許に置いておくと失くしてしまうから早く銀行の口座にでも入れておこうと思いつつそれを財布へと仕舞う。そして昨日は寒かったからと持ってきた中で厚手の服を選ぶとそれに着替えた。今から楽しみで仕方ない。自分をいじめていた奴らに一泡吹かせられるかと思うと。


 外へ出てみると昨日と同じく底冷えの寒さがつきまとう。駅へと歩いていって市バスの203甲というのに乗ればそこへと行けると昨日大家さんに聞いていたのでもう昨日のような不安はない。バスを待っていると誰もいないのに後ろから視線を感じたが気に止めなかった。これから向かう先は安倍晴明公が祀られている晴明神社。そんなことを気にしていては叶う願いも叶わなくなるだろう。


 降りるバス停になって運賃を払って降りる。

そこからしばらく歩くともう晴明神社だ。

最近何かで紹介されたようで平日の昼間なのに境内は人が多く混んでいた。道で境内が2つに分断されている以外はあまり変わった点は見当たらないのに。僕は人の間をぬって、手水舎で手を清めてお参りする。僕をいじめた奴らを見返して復讐できますように、と。お参りを終えて礼をして帰ろうとすると、少し先の地面が盛り上がってきて1尺8寸ほどの襤褸ぼろを着た何かが出てきて恐ろしいほど低い声でこう言う。「それでお前は幸せか?」と。

僕は狼狽えた。復讐をしたからと言って自分が幸せになるとは思えないと感じたからだ。

しかし、勇気を振り絞ってこう返した「お前は一体誰なんだ?」と。

その襤褸を着た何者かは「我は式鬼おにだ。」

確かに顔が悪酔いした醜いおじさんで小さいという点では昔資料で見た晴明公の肖像に描かれていた式鬼そっくりだ。

「何のために僕なんかに」

「お前から何か力を感じたからだ。これからお前が高知に帰るまで憑いておいてやる。放っておけないからな。」

「そんな僕なんてこんなつまらない人間ですよ」

「つまらないからこそ憑くのだ。」

「はあ…」

こんな問答を続けていると、不思議と憑かれても良いのではないかとさえ思えてきてしまった。良くない傾向だ。問答は続く。

「もう少し容姿は何とかならないのですか?」

「最近の若者はこれだから困る。」

「話通じてないんですが。」

「結論から言うと無理だ。我々はこの姿で生み出されこの姿で役目を終える。どこかの何にでも姿を変える神様とは勝手が違うんだ。」

「そうなんですか、なら帰ります。」

「いや待ってくれ。」

「またなぜ?」

「我に憑かれなければお前は高知に帰れず帰らぬ人となるかもしれない、お願いだ。」

「すぐそうやって脅して」

「なら憑かなくてもいい、ついて行かせてくれ」

「分かりましたよ、仕方ないですね。」

式鬼相手に何やってるんだろう僕は。なんだかお参りに来ただけなのに本当に疲れてしまった。

このあと銀行に行こうと思っていたけど明日でいいやなんて思えてきてしまった。


 行きと同じようにバスに乗って帰る。行きと違うのは私の元に式鬼が来たということだ。バスから降りて疲れていてやめようかと思っていた銀行に行くことは、明日バイトの面接を受けに行くのにこちらの地方銀行の口座が必要だったことを思い出して行くことにした。明日のためにと考えて疲れた身体を引きずりながら、このことがさっきの式鬼の言葉が嘘でなかったと証明することになろうとは思いもせずに。


銀行に行く手前、近いからと言って裏通りを歩いていると知らない男に路上で肩を叩かれた。と、次の瞬間男の懐からサバイバルナイフが出され頸筋に当てられ有り金を全部出せと脅された。

こんな経験は初めてなので一瞬恐怖で頭が真っ白になったが、すぐに冷静になり財布から有り金を全て抜き出し男に渡すと男は頸筋からナイフを離し逃げるように去っていった。

「ほら言わんこっちゃない。」

式鬼はそう言って僕を鼻で笑った。

恐怖で脂汗が滲んていた僕はその言葉を聞くやいなや「どうか憑いて下さい。」と懇願していた。式鬼は、「よかろう」と一言言って僕の背中へと入り込む。こうして僕と式鬼の奇妙な日々が始まったのだった。

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