ユニットバスは風呂とは認めない

ゆうすけ

ユニットバスと元カノからの電話

「あー、疲れた」


 その言葉を一人でつぶやくのももう慣れた。


 俺はユニットバスの狭い風呂に湯をためて一人で浸かっていた。

 時計はもう12時をまわって次の日になっている。


 古来風呂と言えば疲れを癒すもの、ストレスを解消するもの、そういうものだったはずだ。しかし、都会の狭い1kの部屋のユニットバスに、そんな機能があるはずがない。

 汚れを落とすだけ。

 自分の孤独を再確認するためだけの入浴しかできない。


 そして俺の孤独はいつまでも続きそうだ。


 その終わりはまったく見えない。


 俺は乱暴に湯船から出るとバスタオルをつかんで、ざっと身体を拭いて部屋に戻った。


~~~♪ ~~~♪


 扇風機にあたって汗を飛ばしていると携帯が鳴った。画面にはにっこり手を振る女性が表示されている。ユミコからだ。


ピッ


「 …… 随分出るの早いのね」

「なんだよ、こんな時間に」

「別に。私が電話したら悪い?」

「喧嘩売ってんのか?」

「あら、ご挨拶ね」


 携帯から聞き慣れた声が流れる。


「時間が余って、携帯が手元にあった。誰かと話そうと思った。あなたの顔が浮かんだ。だから電話をかけた。これじゃだめ?」



「 …… 久しぶりだな。元気にしてたか?」

「ええ。おかげさまで」


 半年ぶりくらいだろうか。ユミコの声を聞いて俺は言葉に詰まった。泣きそうになった、と言った方が適切かもしれない。


「そろそろ、あなたが煮詰まってるんじゃないかな、って気がしたの」

「さすが元カノだな。正解だよ。手一杯すぎて自分が忙しいのかどうかさえ分からなくなってるところだ」


 携帯に向かって話す言葉が狭い室内に低く響く。

 俺は自分自身に少し驚いた。

 あ、今俺、本音を喋ってる …… 。


 ユミコはちょっと間を置いてから、ゆっくり話し始めた。


「あなたはそうやって自分が行き詰まるまで走り続ける。疲れたと感じた時は倒れる時なのよね」

「うん。そのとおり。分かってる。分かってるけど、そういう風にしか俺は生きて行けないんだ。君にはそれで迷惑かけたと思っている」


「……ねえ」


 ユミコはまた少し間を置いた。そして、幾分とがった声で話を続けた。


「なんで過去形なの?」

「……」


「いつから私、元カノに格下げされたの?」

「 …… 」


「私はあなたと別れた覚えはないのよ。ただ ……」

「 …… ただ?」


「お互いちょっと忙しかった、忙しすぎただけ」

「…… ん。そうだな。…… 気持ちが磨り減ってたんだよな」


「私、少し余裕できたんだ」

「羨ましいの一言だよ」


「そしたらね、あなたに謝りたくなったの」

「 ……」



「ねえ、かず君」

 かず君、俺をそう呼ぶのはユミコしかいない。


「 …… 今度の休みどっか行かない?気分転換に」


 ユミコは抑揚の少ない声色で俺を誘った。俺はユミコが緊張すると抑揚が少なくなるのを知っている。


「ユッコ、何緊張してるんだよ」

 俺はごく自然に彼女をユッコと呼んでいた。昔と同じ調子で。


「 …… 別に緊張なんてしてない、みたいなセリフをはくのも時間の無駄のようね」

 ふう、とため息を一つついてユミコは話を続ける。


「かず君、人間やっぱりたまには息抜きが必要よ」


 嬉しかった。

 忙しさに溺れてユミコを散々傷付けてしまったことを改めて後悔した。しなくていい喧嘩を毎日のようにしていたことを思い出しながら。


「ユッコ、…… ありがとう。」

「 ……」


「そして、………… ごめん。でも、今君と一緒にいるとまた傷付けてしまいそうで怖いんだ、俺」


「ふふふ、そういうと思った」

 彼女の声色には抑揚が戻っていた。


「その時はその時。また喧嘩すればいいじゃない」


「とりあえず行きましょうよ、今週の日曜日、私とどこかへ」


「 …… どこへ?」

「うーん、そうね。かず君はどこへ行きたい?」


 俺は、その日、朝起きてから初めて笑みがこぼれるのを自覚した。


「そうだな」


「 …… ゆっくり風呂に浸かりに温泉でも行くか」


 俺の孤独はしばらく続きそうだ。

 ただ、その終わりは見えている。


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ユニットバスは風呂とは認めない ゆうすけ @Hasahina214

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