第11話 新たな魔導士④

 小雨ではあるが、傘を持っていたら随分と助かる状況ではある。


「ご主人、お困りかい?」


「うぇっ?」


 この前由佳莉に渡されてからずっとはめていたせいか、いきなり腕輪が話しかけてきて驚きが隠せない。


「なんだよご主人、そんな驚きことないだろ? ずっと俺たち一緒だったじゃんかよ! まさか浮気でも……?」


「浮気も何もまず本命がいないことから話そうか?」


 再びこの腕輪と話すのは、時間的にはそこまで経ってはいないがなぜか久々な気分がする。


「というか、なんで腕輪がしゃべってるの? この前は聞き忘れてたけど」


「俺のことはもう用済みって――――」


「その不倫ネタいまいち面白くないからやめて」


「ノリ悪いなぁ。まぁ、それは置いといて、俺はこの腕輪に宿る精神。簡単に言えばこの腕輪の説明書みたいなものだ。通称、『スピリオ』。ただ、精神とはいえ、俺はただの精神ではなくて装着者の魔力を貰いながらじゃないと俺は力が出せねえ。ただ、その魔力でご主人の注文には答えることができるぜ。前のようにレーザービームをだしたのも俺がご主人の魔力をエネルギーに変えたんだ」


「……、まあ今まで難易度高すぎる説明を聞きすぎたせいか、まだ何を言ってるのか理解できたよ。要するに、君は車でガソリンは僕自身、って言う感じだよね?」


「さすが、ノリは悪いけど物分かりは良いな!」


「やかましいわ! 僕は明石八尋、これからよろしくね」


「おうよ、ご主人! 俺はドラウニル。ドラって気軽に呼んでくれ!」


 スピリオであるドラはご主人である八尋を思った口調では一切ないが、それでも関わりやすく、すぐに打ち解けられそうである。


「そういやドラはどうして急にでてきたの? どうせなら日常でも話せたらいいのに」


「んー、俺がこうしてご主人と話すことが出来るのは『アンダーグラウンド』だけなんだ。ここは入った瞬間に俺の中の起動スイッチが入るんだ。そこでようやく会話したり戦いに参加できたりするんだ。それに、地上で俺が喋っていたらこの世界ではおかしいだろ」


「ほかの世界では無機物がそこらへんで話している状況なのか……」


 ちょっと興味が湧かないこともないが実際見てみるとそんな光景を二度と忘れることが出来なさそうである。


「それにご主人の魔力を無断で使うわけにも行かないからな」


「おい、今なんて言った?」


「ああ、俺は一応ご主人の魔力を緊急の時には勝手に使えることが出来るんだ。ただ、それをすると――――」


「え、なに。死ぬのもしかして」


「魔力が体の中から消え失せて二度とこの『アンダーグラウンド』には来ることができなくなる」


「え?」


 それは、今戦いの渦に巻き込まれた八尋からすると祝福の鐘の音か、目的のためになんとか突破口が見えてきたのにそれが崩れ落ちる絶望の音であるのかは自分の中にも冷静に判断する材料が整っていなかった。


 前のように危険な目にあわずとも、ただ昔の記憶を失ったまま暮らすことに何か不自由なことがあるのだろうか。この間まで平和な日常を過ごしてきた八尋にとっては一時の気の迷いでは決められない、重要な案件になることには変わりなかった。


 ただ、


「もし、僕がこの『アンダーグラウンド』からもし離脱することがあったなら彼女――、神田さんはその後どうするかな」


 それは自問自答でもあったが、思わず口に出てしまい独り言のようになってしまった。しかし、その独り言はただの精神、『スピリオ』であるドラが答える。


「まぁ、あの娘のことだからおそらく一人でもあの『アモン』に立ち向かっていくだろうな」


 魔力を失い、ようやく見つけた一縷の光である八尋がいなくなったとしても由佳莉は諦めず『アモン』と戦いに行くであろう。それは彼女のまっすぐな目を見ればすぐにわかる。


 ただ、彼女は今の八尋では足元にも及ばないといった。魔力を使えない由佳莉が。


 魔力は戦闘になれば必須条件といっていいほど使う。そもそも使えない魔導士は自ら戦場に飛び込んだりしないだろう。


 そんな由佳莉を仮に『アモン』と戦わせたらそれこそ結果が見えているというものがある。


「うん。僕は何としてでも彼女に魔力を取り戻させてあげたい」


「おう、ご主人はそれでこそだ!」


  最終目標としても『アモン』の消滅に関して変わることは何一つないが、大きな動機づけの一つにはなったのだろう。


「それじゃあ、ご主人。そのモチベのまま、あそこの『ブラッディメイジ』を倒してくれよ」


「え?」


 ドラが言ったその場所、八尋たちの反対側の歩道には黒いフードを被った人間のような何かがいた。


「あの『ブラッディメイジ』はかなり危険だぜ……、なかなかの魔力をお持ちの様子だぜ、ご主人」


 ブラッディメイジは、主に攻撃詠唱で戦闘するタイプであり、多くの魔導士を血に染めたことからそう呼ばれることとなった。遠距離魔法だけでなく、近接魔法も熟練しているタイプもいるため迂闊に近づいて攻撃することは難しいといえよう。


「今日は大した相手は出ないとか言ってなかったっけ、神田さ――ん、そういや、神田さんは?」


 いつもは近くにいて戦闘のアドバイスをしてくれるのであるがその姿が丸っきり見えない。


「お嬢ちゃんは『上』で待ってるぜ。だから、今回は俺とご主人だけでアイツをなんとかしなくちゃならねえ。出来そうか、ご主人?」


 本当に勝手なんだから……、と鬱憤が募るが、それはこの状況が落ち着いてから吐き出すことにし、八尋は戦闘することを決意するのであった。


「ネェ、キミハ、ダレ?」


 思いを固める前であったら一瞬で殺されていたようなプレッシャーが眼前で湧き上がる。


 なんと、ブラッディメイジは数十メートルほど離れていた場所からありえない速さで八尋の目の前まで移動してきたのである。


漆黒の衣服を身にまとうその生き物は、まず短い詠唱(ルーン)をし、左の袖から蛇を八尋めがけて飛ばしてくる。


「ハッッ!!」


 しかし、それにすぐさま反応した八尋はバリアを張りながら敵との距離をとる。だが、飛ばされた蛇はバリアに直撃すると口を開き、それを貫こうとしてくる。


「ちょっ、ドラ!! これどうすんの?」


 予定外の攻撃に思わずドラウニルを頼るしかない。が、


「まぁ、しばらくしたら消えるから安心しな」


「その前に僕が消えそうなんだけどさぁ?」


 その間にも蛇は八尋を食うかの如くバリアを開けようと必死になっている。


「ホントこれ大丈夫だから――、あ、ホラ。消えただろ?」


 蛇はどうやら破ることが厳しいと判断したのだろう、炎に包まれて消えていく。


 シュゥゥゥーッ、という悲鳴を上げながら燃え上がるそれを見ながら改めて奇襲を仕掛けてきたブラッディメイジを見直す。


 全身真っ黒の合羽のようなものを着衣し、フードまで被っているせいで中の顔を見ることはできない。この前のゴブリンとは違い、人間サイズであるのは八尋としては少しの安堵がうまれるところである。先ほど蛇を出してきた袖は、腕を通していないのか、はたまた腕がないのか分からないが、両方ともブラブラとしていてその光景が自然と不気味である。


「キミ、ヤルネ」


 少しだけ離れたにも関わらず、さきほどの瞬間移動が脳裏に焼き付いているせいで、すぐ横で囁かれている気持ちになる。


世界の深淵まで連れていきそうな声で話すブラッディメイジはまたも詠唱(ルーン)し始める。


今度は先ほどとは違い、ブラッディメイジの周りに黄金色の文字が浮かんでいるのが目に見える。


「おい、ドラ!! あれは?」


「アレはちとヤバいかもしれねえ。詠唱(ルーン)が実体化しているあの魔法は少なくとも中級魔法ではねえ……、デカい一発がくるぞ、ご主人!」


 さきほどの蛇ですら動揺をしていなかったドラウニルがここまでの反応をするということはかなりの一撃が飛んでくることが簡単に予想できる。


 ブラッディメイジの周りに文字が大量に浮かぶのを見ると、魔術を使い始めた八尋ですらも生命の危機を感じてしまう。


「ご主人、この前ゴブリンを倒した時を思い出せ! あの時のご主人なら、なんとかこれを乗り越えられるはずだ!」


 自分の左腕から焦りの声が響き渡る。しかし、戦闘経験の浅い八尋は、目の前の魔力に圧倒されてしまい膝が崩れ落ちる。


「おい、ご主人!! 気合い入れろ!! ……、ッ、戦意喪失してやがる……。これはかなりマズいかもしれねえ……」


 手を床につき、頭を地に向けてしまう八尋とは対照的に、金色に輝く文字の数々が天まで登る。しかし、それは、詠唱完了の知らせでもあった。


「プロミネンス・ロア」


 ブラッディメイジがそう唱えるのと同時に、無限の文字が曇天の空へと駆け巡る。


 その光の軸から魔術の対象――、八尋をめがけて空に穴が開き、雷が舞い落ちる。


「ご主人―――――――!!!!」


 雷に当たる寸前にふと、死の間際に由佳莉の顔が目に浮かぶ。


 ああ、君には何もしてあげることが出来なかったね、あれだけ自分の夢に真っすぐに向き合う女の子は人生で初めてだったかもしれない。もしも、もう一度彼女に会うことが出来れば僕は――――。

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魔導士たちの夢跡 夢太 @yumeta

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