第8話 新たな魔導士

 その後、ひとまず解散となった。ひとまず、というのは放課後にまだ話の続きがあるから付き合いなさいとの命令であった。


 窓際である八尋は、退屈な古典の授業を聞き流しながら校庭で走りこんでいる生徒たちを眺める。体育の授業であろうそれは体力テストなのか、はたまた教師の思い付きなのか分からないが、どの生徒も死力を尽くして走っている。


 ビリには何か罰ゲームでもあるのだろうか。


 そう思い最後尾付近である生徒を冷房が効いた部屋から見ていると、その人物はさきほどまで心の中に入っていたカップルの女の方であった。


 八尋の教室は三階であり、校庭からはそこそこの距離があるのだが、それでも彼女がしんどそうにしているのはすぐに分かった。険しい顔に重く動かない足。少しでも酸素を欲したいとおもうような必死な呼吸。


 数分後、何とか彼女はゴールをした、しかし結果は見ての通りダントツ最下位であった。授業終了時間も残り数分になり、校庭の方は整列して教師に終礼をするところなのを見届けると八尋は自らの授業に神経を向けるのであった。



「おい、ユウタ。お前いつ彼女できたの?」


 時刻は昼休憩になり、各々仲の良い友人たちと席を合わせ、昼食をとっている。

 ユウタとはこのクラスになって以来同じ席で食べているが、今日は朝からなかなかショッキングな出来事があったため、いつ言おうかタイミングを迷っていたのだ。


「っっーーーー!!」


「って、なに僕の席にお茶吐き出してんだよっ!」


 しかし、お茶を飲んでいるタイミングでいうのはさすがに悪かったようだ。


「ゴホッ……、ゴホッ……。いきなり何言いやがるんだよ!」


「え、今朝なんか仲良さげに登校してたじゃないか、女の子と」


「……、ああそれか。あのな、アレはそういうんじゃなくて相談役に俺がなってたんだよあの子の」


「え、野球バカのユウタに?」


「野球バカで悪かったな――、じゃなくてその野球バカだからだよ。どうやらあの子は持久走がひどく苦手らしくてな。俺はホラ、野球で体力づくりはお手の物だろ? どこかでそれを聞きつけた彼女はそれで俺に相談してきた、ってわけ。というか、あの子が彼女なら俺は今頃男二人でコンビニのお握りなんて食ってねえよ」


 確かにユウタは3年の先輩を上回るくらいかなり野球が上手い。どのスポーツでもそうだが、真夏の太陽に照らされながら運動することはかなりの体力がいる。


「そ、そうなんだ……。なんかでも人に頼られてるユウタをみて安心したよ。僕くらいしか友達いないのかと思ってたよ」


「お前と飯食うの嫌になってきたわ」


 何か引っかかっていたが辻褄はあっているし思い過ごしだろうと、その場はユウタをからかうことに専念するのであった。


「でも、なんでその子はユウタに頼んだろうね。野球部の子はほかにもいるのに」


「それは俺がエースだか――――」


「あ! 飲み物なくなったから買ってくるね」


「人の話は最後まで聞こうな」


 実際にエースになりそうだから怖いものである。

 一階の食堂まで自販機はないため、階段を降りる。3階は2年生の教室となっており、2階は1年生、4階は3年生となっている。

 ようやく慣れてきた学生生活も由佳莉のドタバタに巻き込まれ、平穏な日常はいつの間にか非日常になっていた。

 ユウタにお前の心の中覗けるんだ、といったところで精神科病院を薦められるぐらいデマカセのようであるが、昨日今日の体験を知ってしまったら流石に嘘とは言いにくい。自分の目で見たことは疑いようがない、それすらも疑うようなら何を信じればよいのだろうか。

 そんなことを脳内でグルグル考えていたらいつの間にか食堂の前にたどり着いていた。

 この時間の食堂の人口密度は恐ろしく高い。なにせ、料理が普通においしいのにコンビニ、弁当屋などよりはるかに安いからだ。それゆえ、数に限定はないものの、終業のチャイムとともに駆けつけなければ順番待ちでかなり並ぶことになるのだ。

 お茶にしようかミルクティーにしようか悩んでいるところ、さきほどまでユウタと噂していた女の子が目に映る。

 制服のリボンが紺色なので自身が1年生ということを証明していた。半袖のワイシャツから覗く腕はかなり華奢で色白を印象付ける。身長は今朝や授業中見ていた想像より小さく小柄であった。

 そんな彼女は一人で食堂をウロウロとしていた。

 八尋はそんな姿を無視するわけにはいかず、自販機にお金を入れるのを早急にやめて駆け寄る。


「あの、どうかしたの?」


「ふぇっ? あ、あの……」


 こうして間近で見ると、小動物のようでとても可愛らしい。ユウタはこんな美少女と二人きりで話していたのかと思うと無性に羨ましくなってくる。

「ん?」


「……………………」


 どうやらかなりの人見知りなようである。


「あー、うん。俺もしかして邪魔だったかな?」


 何が邪魔なのかまったく意味が分からないが場を動かすためにとりあえず発言した。


「いえっ!! そういうわけではないんです。ではっ!!」


「あ、ちょっと!! ――――、ってもう行っちゃったか……。ん? なんだろこれ」


 彼女の逃げた道に何か落ちているのが目につく。


「えーっと、1-1 西田夢乃……ってこれ学生証じゃん!! どうしよ、とりあえず後で渡しに行こうかな……」


 夢乃とほんの少ししか会話していないにも関わらず、どっと疲労感が溜まる。

 ボッーっと突っ立ていると、近くの長机で昼食をとっている生徒からの視線がなぜか痛々しくなったので早足でその場を去るのであった。

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