星降り

深里

第1話

 一体どこで遊んできたのか、星の光にぐっしょりと濡れた弟は、まるで別の生き物みたいに見えた。

 ほんのりと輝く全身。ところどころでは、ちらちらと燃えるような揺らめきが、懐かしい秘密を知らせる信号めいて瞬く。

 弟は上機嫌で鏡に姿を映し、このままでいると言って聞かない。けれど星の光が齎す風邪は案外厄介だ。身体は心底冷え、咳もいつまでも長引く。仕方ないので、一緒に風呂に入って身体を洗ってやることにした。

 不満げな腕を引っ張って、脱衣所へ行く。電気を消してもいい? と不意に尋ねられた。

「風呂場で遊ぶと叱られるぞ」

「蝋燭の火にしたいんだ。星の光が見られるでしょ」

 肩を竦めて承知すると、弟は小さな燭台を持ってきて、水のかからない場所へと置いた。

 蝋燭に火を灯し、明かりを消して風呂に入る。僅かに手元が見える程度の薄闇の中、弟の身体が仄青く浮かび上がった。

「一体どこに行ってたんだ」

「内緒」

 答えた途端に、くしゃみが出る。輝きの代償として、その身体は既に冷え始めているのだ。ぐずるところへ、容赦なくお湯をかける。光は忽ち流れ落ち、筋となって排水口へ向かった。

 星屑の行進のようなそれを、二人でじっと見送る。何だか淋しいね、と弟が呟いた。

 けれど、川へ海へと流れた光は、いつかまた空の彼方に戻るはずだ。自然の摂理さ、と呟き返すと、弟はきょとんとしてこちらを見た。

「せつりって、何?」

「何でもない」

「教えてよ」

「後でな」

「後って、いつ」

「もっと大人になったら」

「いっつもそれ。ずるいや」

 膨れっ面になりながらも、弟は何故か楽しそうだった。


 暫く湯船に浸かった後、上がって明かりをつければ、いつもの浴室だ。すっかり温まった様子の弟は、脱衣所へ行って不器用に髪を拭く。手伝ってやると、あのね、と口を開いた。

「何だよ」

「ほんとはね、一緒にお風呂に入りたかっただけなんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星降り 深里 @misato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る