ラッパー

 日本国内のラッパー人口が一〇億人を超えた。


 とりあえず少子化が解決した。ラッパーは若者がなるものなので、相対的に若者が増えたのだ。とはいえ、活動的な高齢者も増えた。高齢者のあいだでもラップが流行ったのである。囲碁や盆栽やゲートボールの代わりにMCバトルが流行したのだ。基本的に高齢者は発言においてコンプライアンスを守らないので、なかなか地上波で取り扱えないところがやや問題として残っている。


 そして大麻がなし崩し的に解禁された。ラッパーは全員大量に大麻を吸う。つまり、日本国民のほぼ全員が大麻を吸引するようになったのだ。警察としても自国民を片端から逮捕していくわけにはいかないので仕方なく諦めた。ビール業界は独自の大麻ブランドを立ち上げたし、北海道に自生している種は一ヶ月で絶滅した。急激な大麻不足に喘ぐことになった日本では、部屋の隅に散らばった埃や毒性の強い植物の乾燥粉末を吸うラッパーが現れ、それが新しい社会問題になった。各メーカーはCBDにTHCを混ぜて売るなどして危機を乗り越えた。


 音楽産業はすべてヒップホップになった。邦楽とはすなわちJ-HIPHOPを表すことになった。詩吟は最初からヒップホップっぽかったし、演歌もヒップホップということになった。ちょっと斜に構えたヤツはロックやメタルを始めた。とにかく発売されるほぼすべての曲がヒップホップなので、サンプリングに困った。サンプリングのサンプリングのサンプリングのサンプリングのサンプリングくらいまでは当たり前になった。ジョン・ケージのサンプリングすらもはや面白くなくなったくらいだ。この世で鳴った音はすべてトラックメイカーによって加工されたし、この世の文章はすべてラッパーによって引用された。それは言い過ぎかもしれないが、それくらいラッパーとヘッズは新しい音に飢えていた。


 ファッションもすべてラッパー寄りになった。ラッパーは全員ブリンブリンを身に着け、ハイブランドの服を好むので、とにかくファッション業界の景気が上向いた。高級ブランドのアンテナショップが地方の商店街にどんどん建てられた。ユ〇クロが撤退し、しま〇らがB服を取り扱い出した。もうどれだけ重い金を身に着けられるかの勝負になっていった。最終的に額にダイヤモンドを埋め込んでやると言い出したラッパーがいたが、実はそれも二番煎じだった。


 そして専業ラッパーがいなくなった。ラッパーが、というよりミュージシャンが珍しくなくなってしまったからだ。ラッパーとあと何らかの職業に就いていますという人だらけになった。先日、最後の専業ラッパーがバイトを始めたというニュースが出た。どうやら副業として大麻を売るらしい。


 そして終いには学校でラップを教えることになった。音楽の授業はREC、バトル、プロモーション、動画編集、チルアウトに細分化された。プロモーションと動画編集は割と潰しが効いた。おじいちゃんが昔吹いていたリコーダーを「イイ感じの棒があった」と言ってバトル中に持ち出してくる子がいて、それを先生が注意する場面が見受けられた。



 今、日本語ラップは新しいフェイズに突入しようとしている。総理大臣もラッパーだし、オウムも押韻するし、街のサイファーは一瞬たりとも途切れなくなった。未来は俺らの手の中にあったのだ。今夜もどこかで、というかそこらじゅうでラッパーが韻を踏んでいる。ブリンナッビッ。ズクズクズクズクッ。イェア。

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