【Remix落語シリーズ】粗忽ロッジ
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「粗忽長屋」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%97%E5%BF%BD%E9%95%B7%E5%B1%8B
『粗忽ロッジ』
まだアメリカが大草原とならず者を持て余していた頃。金鉱山の鼻先にできた
するとオクタビオは人だかりを見つけた。紳士淑女たちを怒鳴り付けて退かすと、二人組の保安官が見えた。瞬時に隠れようかと思ったが、まだ悪いことはやってないと思い、もう少し首を伸ばしてみた。
どうやら、保安官たちは身元不明の死体を通りの人間に見せて、死体の知り合いを探しているらしい。昨晩、つんざくような銃声の後で、この場所で倒れていたのだという。オクタビオも通行人たちに倣って、土気色の顔をした死体を見てみると、ピンと来た。
「こいつはあれだ、グッドマンだ」
「良かった。知っているか」
「知っているも何も、馴染みのロッジにしょっちゅう顔を出す賞金首さ」
「ああ、そうか。そういえばこいつの張り紙を見たことがあるな。それなら話が早い」
「こいつは粗忽者なんだ。バカ野郎さ。てめえの首にかかった賞金の割に、思慮が足りてなくてよ。どうせ昨晩も頭が空っぽになるまで酒に酔って、どこぞの連中と撃ち合いになったんだろ。銃の腕前だけは天下一なんだが……ま、手元が狂う日もあるよな、オレには全くないがね」
「手元がどうしたって?」
「いや、なんでもない」
保安官たちはふたりだけで少し話し合ったあとで、オクタビオに頼み込んだ。
「ではすまないが、彼の身元引受人を呼んできてくれ。できれば、親類か兄弟がいい。最悪の場合、君でもいいんだが」
「いや、こいつは天涯孤独だ。アウトローに家族がいてたまるかよ。そんなことより本人を連れてくればいいだろ? 今朝も会ったんだ。きっとまだロッジにいるだろう」
「は?」
保安官たちはしばらくのあいだ固まった。オクタビオの言葉が理解できなかったようだ。先に我に返ったほうの保安官が、咳払いしてから確認する。
「えーとだな、この死体は昨晩からここにあったんだが、それを君は今でもロッジにいるグッドマンという男当人であると言っているのだな」
「だから、そういうのも本人と話したほうが早いだろうって意味で、呼んでくるって言ってんだよ。ちょっと待ってな。ロッジはすぐそこだ」
そういってオクタビオは走り去る。通行人と保安官たちはまたしても呆然としながら、物言わぬ死体を見つめていた。
*
このブームタウンにも、御多分に漏れず、娼館とサルーンが一体化した大きめのロッジがあり、オクタビオはしょっちゅう出入りしていた。勝ちすぎてイカサマのカモも減ってきたし、提供されるフリーランチにも飽きてきたので、そろそろ鞍替えしようと考えていたところだったが、保安官に頼まれた仕事を無碍にするのは難しい。
「おい、グッドマンはいるか?」
手近にいた馴染みの娼婦に尋ねると、彼女は顎で奥のほうを指した。見てみると、ぐったりと椅子にもたれかかり、ちびちびと水を飲んでいるグッドマンの姿があった。オクタビオは大股でグッドマンに近付き、彼の顔面に指を差して言い放った。
「お前、死んだぞ」
グッドマンはとろんとした目つきで、友人の顔を見返した。
「ああ、死にそうな気分だ。二日酔いなんだよ、ほっといてくれないか」
「違う、本当に死んだんだ」
グッドマンはグラスの水をぐっと飲み干し、水差しから水を注いで、またぐっと飲み干した。そのあいだに自分が「死んだ」という事実も飲み込めたようで、次第に顔が青ざめていった。
「ど、どういうことだ? お、俺は死んじまったのか、ついに……? 生きてると思うんだけどなあ……?」
「落ち着けよ、まずは話せ。昨晩何があった?」
「そ、そうだな、ここで呑んでた。いつも通りだ。深夜過ぎに外の風に当たりたくなって……そしたら通りでよ、若い連中の前で気持ち悪くなってよ。あとは覚えてねえなあ」
「ほら見ろ、お前はお前のことを賞金首だって知ってる血気盛んな若いのに迷惑かけて、争いになって撃ち殺されたんだ。お前はバカだし、加えて前後不覚なほど吞んでたから、全部忘れちまったんだよ。しょうがないやつだな、ほんとに」
「そうか、そうか、俺死んじゃったのかあ」
めそめそと泣き始めたグッドマンを見て、娼婦が目を丸くして見ている。
「諦めろって。もう充分暴れただろ。天に召されるときが来たんだ。だがまあ、その前にやることがあるよな。死体を引き取りに行くぞ」
「え、誰の?」
「お前の」
「俺の?」
オクタビオは溜息を吐く。こんなところでああだこうだ言っても仕方がない、と更なる説得を加えようと口を開けようとしたオクタビオは、グッドマンの様子がまた豹変したことに気付く。
「お、俺は行かないぞ!」
「おい、どうしたよ。お前以外お前の死体を取りに行くやつなんかいねえぞ」
「俺は自分の首にかかってる賞金のことも忘れて、無防備でふらふら出歩いたのがマズかったんだ。またさっきの大通りに戻ってみろ、また撃たれて死んじまうじゃねえか!」
「はあ? グッドマン、お前、それはその」
たしかに。
*
オクタビオがいなくなって数分後、保安官ふたりは互いの肩を叩き合いながら、ようやく笑い合えるほどに回復していた。
「ふざけた輩もいたもんだな、ジョーンズ」
「まったくだよ、ベニー。死体が死体を引き取りに来るだって? バカにされたもんだぜ」
ははは、と笑い合いつつも、しかしこの死体の引き取り手の有力候補は先ほどのオクタビオなる男くらいしかいない。面倒だが待ってやるかと決めた。すると、保安官たちは周りの通行人が捌け、代わりに屈強な男たちが現れたことに気付いた。身体を硬くして有事に備えるが、すぐにその内のひとりが進み出てきた。腕に大きな包帯を巻いているハンサムな若い男だ。
「失敬、ベニー保安官。その男はレントン・グッドマンでは?」
保安官たちは緊張をほぐし、お互いの顔を見合って喜んだ。ようやくまともそうな引き取り手が現れてくれた!
「ああ、どうにもそうらしい」
「その悪党はこのジェレミーが撃ち殺した。だが、私も撃ち返されてしまってね。大事を取って昨晩は動かなかったんだ。そして夜が明けてから戻ってきた。疑うなら俺の銃と傷跡のライフリングを調べてくれればいい――まあ、つまりだ。賞金を頂きたい」
「おお、もちろん! 手柄だな、実に手柄だ!」
そういってベニー保安官は、ポケットからマネークリップを取り出し、紙幣を数えた。とっとと厄介ごとを片付けられることを嬉しがるベニーに対し、何にでも慎重なジョーンズが口を挟む。
「だが、当人が来るっていうのはいいのか?」
「ああもう、どうでもいいだろ、ジョーンズ。終わった話だ」
「ん? どういうことだ?」
男たちが身を乗り出してきた。威圧感を覚え、思わずジョーンズが話を漏らす。
「このグッドマンっていうのが馬鹿野郎でね、ヤツは自分が死んだことにも気付いていないはずだ……と言い張る友人が、当人に死体を引き取りに来させるというのだ。まあ、だから、ここでこうして待ってる」
ジェレミーと屈強な男たちが眉を顰める。「そうだ、実に奇妙でくだらない話だろ!」とベニーが大袈裟に笑う。だが、その言葉は男たちには届いていないようだ。
――お頭、グッドマンが生きてるってことですかい?
――また殺したらまた賞金が出るんじゃねえですか?
――しかもそれはもう、大勢に知られているんじゃ?
仲間の男たちの話を聞いて「こうしちゃおれん」と大声を出したジェレミーは、ベニーの胸倉を掴んで叫んだ。
「そいつはどこにいる!?」
「ろ、ロッジにいるらしい。すぐ近くの」
「ありがとう。おい、お前ら、行くぞ!」
ベニーのマネークリップをひったくり、もう一束用意しておけ、と言い残してジェレミーたちは去っていった。ベニーとジョーンズ保安官は顔を見合わせ、ジョーンズはベニーに微笑みかけたが、ベニーはジョーンズの腹を殴った。
*
ロッジでは凄惨な銃撃戦が行われていた。
こっそり逃げ出そうとしたグッドマンを、賞金目当ての男が撃ち殺そうとしたのだ。その一発を皮切りに、白昼堂々オーケストラのような銃撃戦が幕を開けた。
――囲め、囲め! 絶対に逃がすな!
――なんだ、何の騒ぎだ?
――死体が賞金首なんだ! お前も撃て!
――え、どういうことだ? 死んでるのに撃ってるのか?
オクタビオは酒場のラウンドテーブルをひっくり返し、ピストルの弾倉を取り替えつつ、グッドマンに近寄った。グッドマンは二日酔いの割には見惚れるほど完璧な射撃だった。
「おい、グッドマン、オレだって一匹狼なんだぜ! ここで死んだら誰も引き取りに来ないじゃねえか!」
「俺みたいに自分で行くことになるんじゃないか?」
「お前と違ってオレは自分が死んだことを忘れたりしねえ!」
オクタビオの髪を銃弾が掠める。また別の遮蔽物へと渡りながら、ロッジ前の通りを確認する。グッドマンを狙う輩がどんどん増えているようだ。その中にはなんとあの大熊ジェレミーすら混じっていた。彼は大声で啖呵を切った。
「ハッハッハ! グッドマンよ、もう一度私のために札束になってもらうからな!」
「なんだ? あいつが俺を殺したのか?」
「おいおいおい、どんどん話が大きくなるじゃねえか、命がいくつあっても足りねえぞ」
皿も瓶も頭蓋骨もバンバン割れていく。まるでOK牧場だ。生きてるうちにこんな修羅場を潜る予定じゃなかったんだが……とオクタビオは頭を抱えた。
そんな時、オクタビオの頭にあるひとつの案が浮かんだ。
「ちょっと待った、お前ら!」
オクタビオは物陰から飛び出し、銃を捨てて両手を上げた。ターゲットではない男が突然躍り出てきたことに、その場にいた全員が驚き、銃撃が止んだ。
「いいか、何もこんなバカ野郎のために凄惨な殺し合いをすることはねえ、そうだろう?」
男たちは考えている様子だ。そのうち、全員を代表してジェレミーが進み出てきた。
「どういう意味だ? 私が話を聞こう」
「つまりだな、グッドマンがまた自分が死んだことを忘れちまえばいい話じゃねえか。どうせ昨日も今日もねえ稼業をしている昨日も今日もわからねえ男なんだ。皆で楽しく酒でも酌み交わして、最後に一発ズドンと逝ってもらえりゃ……また保安官から賞金が貰えるぜ!」
あたりは沈黙に包まれた。オクタビオは自分の名案が全員に浸透していくのを肌で感じていた。グッドマンだけが首を傾げていた。
「本当か?」
「だってお前ら、もう一回賞金を頂くつもりなんだろ。じゃあ二回も三回も同じじゃねえか」
「その男の心臓、どうなっちまってるんだ?」
「こいつは心臓じゃなくて頭が悪いんだ」
「……よし、その話乗った」
ジェレミーが差し出してきた手を、オクタビオが握った。
*
それからというもの、グッドマンたちはどんちゃん騒ぎを繰り返していった。
作戦は非常にシンプルだった。バカでも理解できるくらい、いや、理解なんてしなくていいほどのものだった。
とにかくしこたま酒をかっ喰らい、深夜のちょうどいい時分になったらジェレミーがグッドマンを撃ち殺し、死体は適当なブームタウンの大通りに捨てる。翌日、身元不明の死体が出た現場でその街の保安官が引き取り人を探すので、ジェレミーが賞金を貰いに行く。そして、自分が死んだことすら覚えていないグッドマンと合流し、賞金を使ってまた浴びるほど呑む。んで、撃ち殺す。繰り返し。
オクタビオもジェレミーも仲間の男たちも、毎日最高の気分だった。その日の最後には馬鹿な酔っ払いを撃つ余興のようなシークエンスもある。これがまたたまらなく楽しい。
そんなふざけた生活の中で、グッドマンはこんなことを漏らしたという。
「いやしかしなあ、お前らが賞金を受け取るための死体は間違いなく俺なんだろうが、じゃあこうしてお前らと酒を飲んでいる俺は、一体誰なんだろうなあ?」
不思議なことに、その疑問に行き着いてしまった直後のグッドマンの死体が、オクタビオの見た最後の彼だった。
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