クイズ王
おれはクイズ王。王八六八だ。苗字は王、名前が八六八だ。これはとある野球選手のシーズン通算ホームラン数に由来している。よくクイズに出るからと父親が名付けてくれたんだ。
そんなおれはいま、世界一のクイズ王を決めるトーナメントの決勝戦に臨んでいる。敵はエクス・キセノン。クイズ・ニンジャの異名を持つ日系アメリカ人だ。名前の由来はクイズによく出る元素記号からだ。
先に一〇問早押ししたほうが勝ちだ。おれたちは共に九対九。一歩も譲らずとはこのことだ。
――出題 日刊ビービの記事「恋する双丘」で話題となった、二〇〇一年生まれの……
ピンポーン! マズい、取られた。エクスは現在までに活動していたグラビアアイドルの名前をすべて網羅している。このままでは負ける。クソ、あの手を使うしかない!
「胸田みち……グッ!」
おれは眼を閉じ、手のひらを逆さに重ねてエクスに思念を送り込んだ。クイズ修行の果てに辿り着く七つの秘技のひとつ「忘失」を使ったのだ。クイズをやっていて、絶対に知っているはずなのにどうしても記憶の引き出しが開かず、思い出せない瞬間があるだろう。おれはアレを対戦者に向けて行うことができるのだ。
ブッブー。よし、やつは答えられなかった。クイズ力を消耗してしまったが、仕方ない。まだイーブンだ。
――出題 「よう、やってるじゃねえの」という書き出しで始まる……
よし、取った! 文学史の問題だ。おれは小説を一冊も読んだことはないが、この世界に存在するすべての作品のタイトルと書き出しと作者の名前を知っている。面白そうな本を手に取らないようにするのが大変だった。なにせ、読み進めているあいだに他の小説のタイトルが覚えられるからな。
「こ、答えは……なにッ!」
おれは早押しボタンを押そうとした。だが、その手は空を切った。何故なら、早押しボタンが破壊されていたからだ。
顔を上げれば、そこにはニヤついた表情でゆっくりとボタンを押そうとするエクスがいた。まさか、いや、そうとしか思えない。やつもまた秘技「崩壊」を放ったのだ。なんて卑怯な野郎なんだ。最低だ!
「簡単な問題だぜ、こんなのよ」
「そうか、エクス。だが、お前にこのマイナー文学のタイトルがわかるかな」
「さあね、だが答えを探す方法は知っているぜ」
刹那、エクスの瞳孔がかっと開かれ、その両の眼が真っ赤に燃え上がった。これは……秘技のなかでももっとも危険な技のひとつ「予知」だ! やめろ、死んでしまうぞ!
会場に禍々しい渦が現れ、エクスはそのなかに身をさらした。並行世界が群れをなし、あらゆるクイズの正解が眠っているというクイズ界。そこにはこの世のすべての問題と解答があるという。やつはその扉を開いてしまった。禁忌に触れてしまったのだ。
「く、クイズのために死ねるならよお、お互い本望じゃあねえか?」
「エクス、お前……!」
「行くぜ、オレの答えは――」
*
数か月後、おれは地元のカフェでミントアイスを舐めていた。鳩が近付いてきたので、なんとなく蹴りを入れた。子どもが指をさしてきたが、おれは気にしなかった。
「これで、終わったんだな……」
おれはクイズ王となったが、代わりに右腕を失った。「予知」により現れた渦の中から答えを探そうとしたエクスをかばったせいだ。血だらけの身体とエクスを引きずりながら会場に戻り、やつのほうのボタンを押して「モンキー・パラダイス」と答えた。司会者も観客もとうに避難しており、放送もされなかったが、おれはクイズ王になったんだ。
なぜなら、エクスが認めてくれたからだ。
「チッ、だがここまでだな、楽しかったぜ」
もう、おれは早押しボタンを押せない。左手で押すのはちょっと違う気がするし、いまはただあの死闘の日々を思い出しながら、好物のミントアイスを舐めることしかできないのだ。後輩でも育成しながら、エクスから借りたグラドルの写真集でも眺めるとするか。
――な、なんだあれは!
外が騒がしい。おれはアイスを投げ捨て、大通りに出た。空に暗雲が立ち込め、?マークのついた帽子をかぶった巨人たちが降りてきた。
「あ、あれはクイズ神!?」
師匠であるクイズ老が封印したはずだ。まさか、おれとエクスの激闘の余波で封印が解かれてしまったのか?
――愚かな人間どもよ、問題を出す。我々よりも早く答えられなかったら、この星の国(国連加盟国)をひとつずついただこう。
――ケケケ、この星には国家がいくつあるかも知らないだろうがな!
――正解は一九三ダヨ。一般正解率は六七パーセントくらいネ。
「ちくしょう、舐めやがって……」
なんてこった、右腕さえあればあんな連中、屁でもないのに。無力感に苛まれ、頬を涙が伝うなか、無慈悲にも第一問の出題がなされようとしていた。
「くそ、おれは、おれはこんなところで――」
「逃げんなよ、クイズ王。おれも戦うぜ」
「な、お前は!」
予選でおれと戦った、早打蓮がそこにいた。いまもまだ、魔改造した右腕から紫色の蒸気が噴き出していた。
「俺がお前の腕になるぜ、王」
なんて頼もしいやつなんだ。「世界最速の早押し」――たしかに、その異名は伊達じゃなかった。問題はやつが物凄いバカだという点なのだが、代わりにボタンを押してくれるだけならこいつより心強い味方なんていやしない。
「お前らだけにイイ恰好させるわけにはいかんで、ホンマ」
「お、お前は!」
準々決勝でおれと戦った、関西賢もそこにいた。いまもまだ、分厚いスマート・グラスが手元の量子辞書をスキャンし続けていた。
「一九三か国もあるんやろ? なら、そこから主要な国を引けば、何問まで落とせるかがわかるはずや」
外道にもほどがある発言が目立つが、実際なかなかに狡猾なやつで、おれも苦戦していたかもしれなかった。というのも、試合中に辞書を使ったことがバレておれの不戦勝だったので、実際にこいつがどれほど賢いのかは知らないのだ。
「アタシのことも忘れられちゃ困るわ」
「お、お前は!」
準決勝でおれと戦った、水谷キョウだ。いまもまだ、普通の恰好をしてケータイをいじっていた。
「難しいのは任せるけどね」
ずいぶん気弱なことを言っているが、彼女のようなタイプほど強敵なのだ。完全なまでに一般人の感性を持っており、マイナーな専門用語などは答えが出てから「知らね~笑」と笑っている。でも、一〇年前くらいにブレイクしたお笑い芸人の問題などをしっかり取ってくる。「忘失」が効かない特殊能力をも持ち合わせている。何より、たぶんおれらのなかで唯一まともにクイズを楽しんでいる。
「エクスは?」と早打が聞くので、おれは「呼んでないぜ」と答えた。写真集を返したくないからだ。
おれの眼は希望に輝いていた。
「おれたちなら勝てる、きっとな」
クイズ神がおれたちを睨む。地球の運命を賭けた戦いが、いま幕を開ける!
つづかない
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