誘拐



 実際、グレイはよくやっている。だが、俺は軽率にエイリアンを雇用するのは気を付けたほうがいいと考えていたタチだった。やつらが何を考えているか、そして何ができるかなんて、たかが人間には想像できるはずもない。自称アイデアマンの社長がそれを聞き入れるはずもなかったが。


 最初のうちは大変だった。昔からテレパシーで会話していたことから、ホウレンソウをよく忘れるし、ワレワレハウチュウジンダ~と小馬鹿にすると、相手が上司だろうと指先からビームを発射して威嚇する。お茶汲みのお盆は空中に浮かせてひっくり返すわ、コピー機やパソコンに電波干渉してぶっ壊すわ、本当にARAで地球文化を勉強してきたのか不安になったものだ。


 そう、ARA――エイリアン・リクルート・エージェンシーは、母星が消滅して難民となった地球外生命体の雇用先を世話する会社である。とある星雲が極大なブラックホールに飲み込まれ、UFOの大軍に乗って命からがら地球に逃げてきたのが十数年ほど前。大慌ての各国政府を尻目に、カネの匂いを嗅ぎ付けた山師たちが軍隊の包囲網を抜けて接触を試み、やつらの意を汲みつつも資本主義と地球の文化を教え込み、ARAの前身組織に加入させたのだ。一部の強硬派のエイリアンが地球から資源を奪いに来たと公言したり、技術力を見せびらかすために女神像を消し飛ばしたりして大変な騒ぎになったが、ARAはそのあたりの火消しも相当うまくやっていた。


 あの木偶の坊の社長のことだから、恐らくARAのドキュメンタリーでも見て、勝手に感動して急遽採用を取り決めたことだろう。役員会議はおろか面接すらすっ飛ばして、いつの間にかグレイは俺の隣の席に座っていた。「ヨロシク オネガイシマス」に対し「勘弁してくれよ」と返したのが、やつとの最初の会話だったのを覚えている。


 外国人労働者よりも安い賃金で働いてくれるエイリアンたちは、いまや大企業のマスコット社員に留まらず、うちのような中小零細企業でも雇われ始めていた。今年になってエイリアンの人権団体まで立ち上がり、一昔前のように薄給でこき使うのは難しくなってきたが、新卒ひとりをじっくり育て上げるよりはマシだと考えるところはまだまだ多いようだ。


 辛抱強くグレイの直属の上司を続けた俺は、最近これはこれで異文化交流ってやつなんだと考えを改めた。飛び込みの新規営業に同行させれば、相手の思考を読んでくれたおかげで、B案に切り替えて契約をいただけたし、部署にインフルエンザが蔓延したときも、一日も休まず電話対応をこなしてくれた。自然食品を取り扱う仕事柄、農家の頑固オヤジと渡り合う機会も多いが、グレイの人柄が良いのか、最後には気に入られる。下手に高い土産を持って行くより、ずっと効果的だった。いつしか俺とグレイのコンビは有名になり、業界紙に取り上げられるほどになった。


 良い相棒ができて、仕事に張り合いが出てきた頃合いだった――




「なあ、グレイ。俺、転職しようかと思ってるんだ」


 行きつけの呑み屋に連れて行き、酔いが回ってきた俺は、不意に本音を漏らしてしまった。美味いとも不味いとも言わずにホッピーをグビグビ飲みながらも、やつは「ホントウデスカ?」といかにもサラリーマン風の相槌を打ってきた。


「ああ、経営方針に沿えなくてね。のし上がってきたが、ここまでみたいだ」


 そこから先は堰を切って愚痴が漏れ出した。ボーナスが出ないのはまだいい。だが、ド田舎に本社移転とはどういうことだ? 都内オフィスのテナント代すらケチらなきゃならないほど火の車なのか? 片道三時間はかかるぞ? 他にも企画部のくだらない妄言に付き合わされるだの、余計な飲み会に社内費を使い過ぎているだの、些末なことまで言い始めたらキリがなくなってきた。


「まあ、なんだ。先を見据えた転職ってやつだよ。お前も新天地を探すなら今のうちだ。まったく、あんな会社、なくなっちまえばいいのにな」


「ゴシンパイ ニハ オヨビマセン」


 やけにきっぱり言い放ったグレイだが、一体どのくだりが心配に及ばないのか、俺には読み取れなかった。酒も回っていたし、条件反射的に曖昧に頷いた。


 その晩は終電を逃すまで深酒し、タクシー乗り場まで連れて行った。いや、むしろ俺があいつに担がれていた形だ。まったく、やつらの肝臓はどんな作りをしているんだ。


 別れ際、グレイが妙なことを言い出した。


「ヤガミ サン ハ サイコウ ノ ジョウシ デス。ダカラ、アシタ ハ シュッシャ シナイデクダサイ」


「なんだ、いきなり。どうして?」


 明日は本社が移転して初の出社日だ。雑務を片付けたら辞表を叩き付けるつもりだが、それまでに辞めるのは流石にグレイ含め部下たちが可哀想だ。そこがわからないグレイではないはずだ。


 グレイはニヤリと笑い、俺をタクシーに押し込めた。


「ワレワレ ノ アクヘキ ガ オモワズ デテシマウ カモシレマセン。シャチョウ ニモ ジキソ シタンデスガネ」


 グレイの顔を見たのは、それが最後だった。




 翌日。結局のところ、俺は出社した。だが、それは成功しなかった。足許で社長が絶叫を上げるのを聴きながら、俺は眼の前に広がる巨大な穴を見つめていた。


「わ、私の、か、会社がああ!」


 グレイはたしか「悪癖」と呼んでいた。「思わず出てしまうかも」と。のちのニュースで知ったことだが、畑には幾何学的な模様の溝が刻まれ、上空から叩き付けられた牛は内臓を散らして腐り始めていた。


 見上げれば、上空で旋回するUFOが弊社の一階を飲み込むところだった。だから、俺は軽率にエイリアンを雇用するのはよくないと忠言したんだ。


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