愚鈍な王
その王は歴史上もっとも愚鈍であった。杜撰で、だらしなく、注意散漫の、粗忽者だった。冠を戴いても子どもと遊び耽り、野山に分け入ったり、田畑を駆けずり回ったりしていた。先代の王は世継ぎが彼しか産まれなかったことに悩み苦しみ、それが患いの元だったのではと思われるほど、ハズレであった。
財政難と聞いて隣国に戦争を吹っ掛けることを思いつけば、家臣たちに散々脅されて撤回し、寝物語に聴いた英雄の話に感動して募集をかけたはいいが、翌日集まった屈強な男たちをどこに向かわせればいいかわからず、どんちゃん騒ぎをして解散となった。
万事がそんな調子なので「玉座には足を乗せる台が四つある」という冗談が市井で流行る始末だった。なお、その冗談は王の耳にも届いたが、彼には何が面白いのか理解できなかったらしい。まさしく馬の耳に何とやらである。
執政のしの字を知らず、産まれた家が異なれば農夫すら務まらなかっただろう愚か者だったが、国は今のところ平穏無事であった。彼もまた、自分の国がどうやって動いているかすら知らなかったが、この平和が千年続くことを心から願っていた。まあ、願うだけならできるのである。
そんなある日、人心を乱す大事件が起きた。
子どもが誘拐されたのだ。始めは数人だった。それが二人、三人と続き、当局が本腰を入れて捜索を始めた頃には一〇人にまで膨れ上がっていた。
捜索は難航した。山には王とその小さな友人たちが這入った形跡はあるが、かといって目ぼしい証拠も見つからず、海岸にも怪しい人影は見当たらなかった。牢に繋がれた罪人たちを問い詰めても、何も知らない様子だった。組織的な犯行ではないらしい。
進展がないままに月を跨ぎ、延べ二〇人もの子どもが消えた。民は次第に当世の政治を罵り始め、王宮の前で示威運動まで起きた。税率を上げた直後にこんなことがあっては、国が亡んでしまう――家臣のひとりがそう呟くと、王もさすがに冷や汗を拭って舌を舐めた。家臣たちが、こいつでも不穏な空気を察するくらいはできるのかと感心していると、彼は夜のうちに王宮を抜け出す芸当までやってのけた。
家臣たちは二一人目の大きな子どもを捜すため、捜索の手を広げた。恥を忍んで隣国に助けを求め、間諜を疑われる覚悟でその隣国の街にも足を運んだ。すべてが解決したのは、それから三日後のことであった。
「ときに王よ、なぜ子どもたちがみな、人頭税を逃れるために家々で隠されているとわかったのです?」
「簡単だよ、君」図に乗った王は、指を立てて得意げに話し始めた。
「いつもの遊び場にあいつらがいない。ということは、家から出てないのは間違いない。それに、ぼくが父上に口酸っぱく言われていたことを思い出してね。曰く、お前が産まれていないことにする方法はないものか、だと。酷いこと言うなと思ったさ、ぼくにもかかるんだろ? その、ジントウゼイってのは」
税率を下げるより、王にカネの話をするほうが難しい――家臣はそう確信した。
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