吸血鬼
既に市は馬鹿にならない額を吸血鬼退治にかけていたが、夜の王たちの蛮行は収まるどころか激化しており、海外メディアからも手酷い批判を受けていた。大臣は辞任し、深夜営業のバーは軒並み潰れたが、スマートだが日中は屋敷から出られない特殊な事情を持つ男が、そこに迷い込んだ女性に恋をする設定のウェブ小説は非常に読まれていた。
市の吸血鬼緊急対策本部は、なけなしの予算を叩いてエキスパートを三人呼んだ。これでダメなら戒厳令を敷くか、いっそ吸血党でも発足しようかという覚悟である。
一人目は、害虫駆除業者のジム。
コウモリ、ネズミ、ゴキブリ、ムカデ。ありとあらゆる虫を根こそぎ撃退する超高性能スプレーを開発し、ひと財産を築いていた。あるレストランでは、台所に「ジム・ブロッカー」が置かれていないことが発覚し、ミシュランの星を剥奪されたほどである。
彼は市中に改良型のジム・ブロッカーをまき散らした。独特の異臭は立ち込めたが、たしかに数日間はコウモリもネズミも見なくなった。だが、一週間目のある日、彼は鋭い爪で引き裂かれた姿で発見された。残念ながら、オオカミは守備範囲外だったようである。
二人目は、猟師のポール。
百発百中の異名を持つ歴史的ガンマンで、水鉄砲からレールガンまであらゆる銃を使いこなした。彼をモデルにしたドラマは連日連夜放送されており、高視聴率をたたき出していた。口下手の三枚目なのが玉に瑕で、夜のマグナムのほうは今のところ不発らしい。
彼は水銀弾を大量に発注し、弟子たちと討伐隊を組み、命懸けの戦いに出向いた。翌朝は吸血鬼の血で路面が滑るほどであった。遂に街から吸血鬼が根絶されたかと思いきや、彼の遺体は娼館で発見された。パンツ一丁で、心底ニヤついた顔だったという。まあ、誰に噛まれたかなど想像がつくところである。
最後の一人は、広告マンのリー。
大した伝説はない。三六歳。墓守にしか見えない風貌で、趣味は人間観察らしい。
彼は面倒臭そうに頭を掻きながら、コーヒーをがぶがぶ飲んでパソコンの画面を凝視している。デスクを渡してからずっとこの調子だった。「大丈夫ですか?」と訊ねてみても、SNSを指差しながら「いま忙しいんで」としか答えなかった。職員の不安を煽るように、吸血鬼由来の事件はさらに増加した。その間も、リーはコーヒーマシンとトイレとパソコンの前をうろうろしているばかりだった。
二週間後、吸血鬼たちは突然消え去った。
「リー、一体どうやったんだい?」
いそいそと荷造りをするリーに職員のうちの一人が訊ねた。彼はびっしりと茶渋のついたマグカップを「洗ってくれ」と言わんばかりに手渡しながら、眉間に皺を寄せて答えた。
「いつも通りの仕事をしたまでですよ。巷じゃ日光浴が流行ってる、と書き込んだんです」
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