階段

 彼らは階段に住んでいる。階段に生まれ、階段に死ぬ。


 左右の幅は八〇センチ、一段の高さである蹴上けあげは一八、脚を乗せる部分である踏面ふみづらも一八と、至って平凡な寸法だ。折り返し、回り、螺旋――形状だけでなく、ライトや塗装、材質すらも階によって様々であるが、サイズだけは決して変わらない。無機質な手摺の向こうは真っ白な穴が広がっており、発狂した者が身を投げ出して帰ってこなかったとの噂だ。


 彼らだって眠るし、着飾るし、あまつさえ殺し合うことすらある。毛布もシャツも当然どこからか流れてくるわけだが、由来を聞いたところで上階か下階から仕入れてきたに決まっており、わざわざ訊ねたりはしない。流通における真理は昇降を続ければ辿り着けるのかも知れないが、求道者が出ない程度には身を投げた者の話は有名であった。


 基本的に彼らの人生は無機質だ。大体は三から四階層くらいを行ったり来たりして一生を終える。もっとも親しまれているスポーツは階段垂直マラソンだ。理由は言うまでもない。反対に、嫌われているのはボードゲームだ。上階の者の影で盤面が見えづらくなるし、横に広げると通行の邪魔である。本質的には上昇するか下降するかしかやることのない彼らにとって、幅を取る行為はどんな事情があっても目の敵にされる。


 天気が良い日は階段の真下に広がる城を見て空想に思いを馳せ、曇りがちの日が続くと魔が差して誰かが目の前で揺れる背中を押してしまう。転落に任せた身体は、誰かが支えなければ永遠に駆け下っていき、その四肢は砕け散る。上から雪崩れ込んでくる肉の塊に巻き込まれないよう、彼らは手垢塗れの手摺から離れられずにいた。


 足が悪くなったらどうするのか、いよいよそう思われた頃だろう。そんな者のために踊り場がある。彼らにも歳上を敬ったり、厄介者を押し退ける思想はあるわけだ。フラットな床に腰を落ち着け、上っていく者と下っていく者を眺める。愚者は急いて足を踏み外し、智者は一歩一歩を踏みしめている。老いてこそわかる理がそこにあり、硬くなったふくらはぎを揉みながら、遠い眼差しで若き頃の自分を見つめつつ、ゆっくりとその生涯に幕を閉じる。踊り場とはかくたる場所なのだ。


 そんな彼らでも最上階がどうなっているかは誰も知らない。実を言うと、それは最下階に繋がっている。横からはそういう具合に見えるよう、この絵が巧みに描かれているからだ。

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