cupful

@toshinthepump

cupful

「替えてください。小人が入ってます」


 僕は溜息を押し殺しながら「失礼しました」といってカウンター上のマグカップを取り、台所に流した。新しいカップを出し、コーヒーマシーンにセットして、しばらく待つ。そのあいだ、お客の顔を見ることができなかった。小綺麗にしているパンツスーツ姿の女性だったが、きっとその相貌は烈火のごとく怒っていることだろう。この苦情を入れてきたのは今日で三人目だ。まさか全員が同じような妄想にとりつかれているとは思えない。


 抽出が終わったコーヒーをもう一度出す。彼女はコーヒーの水面をじろじろと睨み、今度は怒鳴った。


「ねえ、また入ってるじゃない! どういうことですか!」


 どういうことなのか、僕が聞きたいくらいだ。はあ、という間抜けな声しか出ない。強く眼を擦り、老眼鏡をスライドさせて何度見つめても、黒々としたキリマンジャロが静かに揺れているようにしか見えないのだ。


「お嬢さん、そう怒らないで。俺の短い休憩時間を壊さないでほしいな」


 常連の男が助け舟を出してくれた。女性は作業服姿の彼がにやりと笑ったのを見て、顔を強張らせてすぐさま出て行ってしまった。


「……すみません」


「構わんよ。最近の若い子は眼が良いんだね。流行ってんだと、新手の矯正手術が」


 彼の冗談にどうにか生返事で答えながら、僕は棚のなかのカップをもう一度総ざらいしにかかった。どれもこれも真白い陶器が濃いオレンジの照明に反射し、埃一つ見当たらなかった。だがコーヒーマシーンをひっくり返す気にはなれず、僕は唇を舐めて唸る。もう二度も試しており、もちろんその漆黒の海に沈殿物など一切なかったからだ。


「なあ、マスター。俺はアンタのコーヒーが好きだよ。たとえ猫の糞が入っていようと、ここでの一杯は至福のひと時なんだ。元気出せよ」


「実際、猫の糞から作るコーヒーはございます」


「そうなの? まあ、なんでもいいさ。コレ、捨てるならいただくよ」


 男がカウンター上のコーヒーを取り、前のカップを代わりに下げた。僕はそれを片付ける気力すら湧かなかった。こんな小さいカフェ、悪評一つで潰れてしまう。


「いっそ小人を売りにしたらどうよ。ウケるかもしれないぜ」


「ええ、そうですね。それもありかもしれませんね」


 客の前でありながら、僕は大きく溜息を吐いた。店内BGMが緩やかに聞こえてくる。それに交じって、男が何かをガリッと噛む音も。

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