喪失第一号(Lost No. 1) 5


【<宵月>】


 六反田たちと入れ替わるように、儀堂は新たな来訪者を迎えていた。相手の態度は友好的とは言えず、儀堂にとっては奇襲を受けた状況に近かった。


「艦を降りる? お前、何言ってんだ?」


 のっけから不機嫌な口調で戸張は尋ねるも、彼の親友は言い返さなかった。それがまた気に食わない。


「言ったとおりだよ。俺は失敗した。その責任を自分なりに取るつもりだ」


「らしくもない。逃げるのか?」


 戸張は挑発したつもりだったが、儀堂には通じず一瞥を加えられただけだった。余計に腹立たしさを覚える。


「おい、衛士。何とか言えよ」


「何を言いたいのかわからないが、俺はネシスを取り戻さなくてはならないんだよ」


 儀堂は真意を打ち明け、親友の誤解を解いた。しかし、なおも戸張は釈然としないようだった。


「ネシスを蘇らせるのはいいが、お前、何か当てはあるのか?」


「いや、ない。これから探すところだ」


「行き当たりばったりってことか? いくらなんでも無鉄砲すぎる」


「そんなことはわかっているよ」


 確かにその通りだが、戸張に言われると妙に腹が立つ。


「だいたい、お前こそ何の用でここに来たんだ? お互い暇じゃないだろ?」


 儀堂の質問に戸張は小さな舌打ちで答えた。彼とて遊びに来たわけではなかった。かわいい妹が、しきりに儀堂のことを気にかけていたので、仕方なく代わりに様子を見に来たのだ。


「なあ、少し薄情すぎやしないか? せめて決める前に俺に一言あってもいいだろ?」


「それは……」


 なぜだと言いかけて、儀堂は彼の親友が身を案じていると気づいた。虚を突かれた思いだった。


「お互い長い付き合いだろ。それに今は海にも出ていねえ。その気になれば、こうやってフラッと会いに行けるだろ」


「すまない」


「小春もお前のことを心配していたんだぜ。ネシスについては本人は知らないがな」


 ネシスの喪失については部隊内で箝口令が敷かれている。それでも何かあったのは察せられた。


「あいつだって、シロの件でネシスの世話になっている。俺から見ても、あの二人は良い付き合いに見えたぜ」


「それはそうだな。確かに小春ちゃんには世話になっていたよ。俺もアイツネシスもな。ああ……すまない。そこまで気が回らなかった」


 儀堂に頭を下げられ、戸張の溜飲は少し下がった。


「わかりゃいいんだよ。なあ考え直せよ。ネシスちゃんのことは専門家に任せろ。それに何も自分から職を降りなくてもいいだろうが。正式に沙汰が下るまで待てないのか」


 無駄と分かりつつも戸張は食い下がった。儀堂の強情さは江田島時代から骨身にしみてわかっている。だいたい、この野郎は手前陸軍の親父の反対を押し切って、海軍に入った奴なのだ。答えは案の定だった。


「待てないな」


「この野郎、少しは悩めよ。だいたい、当てもなくお前どこに行くつもりだ? なんだ、四国お遍路参りでもするつもりか?」


「そんなわけないだろ。さっき、お前が言ったじゃないか。専門家に任せろと。俺には心当たりがあるんだ」


「御調少尉か?」


「そう、彼女と……」


 キールケの名を言いかけて、飲み込む。彼女が生きているのは、儀堂を含め一部の人間しか知らなかった。


「誰だよ?」


「いや……」


「わかったぞ」


 にやりと戸張が口元を曲げ、儀堂は肝を少し冷やした。こいつは昔から妙に勘がいいのだ。


「あの英国人の大尉だろ。聞いたぞ。妙な術を使って、牢屋にぶち込まれたらしいじゃねえか」


「え、ああ……」


「なんだ、違うのか」


「いや、そうだ」


 儀堂は盲点に気づかされ、密かに自分を叱咤した。ローンがいたところを忘れていた。あの食えない大尉は西洋の魔導に通じている。ならば、今のネシスについて何かしらわかるかもしれない。


「戸張、すまないがそろそろ出て行ってくれ。用事を思い出した」


「なんだよ、用事って?」


「軍機だ」


 そう言うと、容赦なく部屋から親友を叩き出した。



 ローンが軟禁されている自室前には、先客が来ていた。


「よお、奇遇だな」


 六反田だった。背後には竹川と御調がいた。さして儀堂は意外には思わなかった。


「考えることは同じだったようだな」


「はい、恐らくは……行きましょう」


 答えながら儀堂は扉を開けた。すると声が聞こえたのか、ローンはティーセットの用意をしていた。


「やあ、これはこれは皆さんお揃いで。ちょうど良かった。これからティータイムでした。よければご一緒にいかがですか」


 白々しさを隠しもせず、ローンは言った。


「いいね。大賛成だ。ひさしぶりに本場の味を楽しめそうだな」


 六反田が嬉々として応じる。


「ただ、ここは少しばかり手狭だ。河岸を変えよう。ああ儀堂君、どこか適当な場所は?」


 問われて不服そうに儀堂は目を細めた。茶など飲む気にはなれなかったが、どこか断りにくい雰囲気が漂っていた。六反田は威圧的ではなかったが、場の流れを絡めとってしまうのだ。


「食堂へ」


 渋々儀堂は答えた。


「そこなら湯を沸かせます。ええ、たっぷりとね」


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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