喪失第一号(Lost No. 1) 4

「まあ、当てがあろうとなかろうと儀堂君の意思は変わらんだろう。実際のところ、あいつの判断は間違ってはいない。代わりの月鬼が見つからん以上はネシスの嬢ちゃんなしでは厳しかろうて」


 明言こそしなかったが、六反田は月鬼ならネシスでなくてもよいと漏らしていた。


「思えばオアフBMの月鬼……あー、シルクだったか。彼女は腐ることもなく結晶化しちまった。あれも俺たちの考える死とはまったく別物だ。まあ、とにかく嬢ちゃんたち一族は俺らの常識の埒外なわけだ。おい、竹川君」


「え? あ、はい」


 唐突に呼ばれ、竹川は立ち上がった。


「別に座ったままでいいぞ。お前はどう思う? ネシスの嬢ちゃんを見たろ?」


 座り直し、竹川はうなった。


「少し考えさせてください」


 六反田は発破をかけるように手をたたいた。


「おいおい、別に正解を聞いているわけじゃないんだぜ。難しく考えるなよ。矢澤君じゃなくて、お前さんを連れてきたのは俺ら軍人と違う見方ができるからだ」


 竹川はもともと帝大の研究室にいたところ、予備士官として軍に招集されている。専攻は考古学と民俗学だが、それに限らず幅広い学識を有している。学者畑の竹川の視点は、六反田にとって得難い知見だった。


「いつも通り思うままに言ってみろ。ここは学会ではないのだ」


 ままよと竹川は口火を切ることにした。


「はあ、では思ったまま述べます。あれは一種のミイラじゃないですかね」


 何んとなしに口から出たのは、ここがエジプトだからなのかもしれない。竹川はツタンカーメンイクナアトンの棺を思い浮かべていた。


「何やら面白いことを言い出したな。あの嬢ちゃん、エジプト人にしてはちょいと肌が白すぎやせんか?」


「もちろん例えですよ。古代エジプト人は死後に冥界で生前の行いについて審判を受けると考えていました。そこで生前の行いが正しければ、死後の世界で安寧の日々を過ごし、やがて現世に復活する。そのとき元の体へ戻すためにミイラとして彼らは埋葬していました。肉体の死は一時的で、いずれ復活する。それが彼らの死生観です」


「ではネシスは審判の真っ最中か。ならば弁護のため法務士官を派遣せねばならんな」


 顔を曇らせる竹川に、六反田は冗談だぞと付け加えた。


「さすがに彼女がオシリスの冥界にいるとは思っていませんよ。僕が言いたいのは彼女の魂はどこか別の場所にあって、肉体が帰りを待っているのではないか。そういうことです。だから、目を覚まさない。操り手のいない、浄瑠璃人形のようなものです」


「なるほど、そもそも肉体に魂はないか。御調君はどう思う? 君の見解だと嬢ちゃんの魂は肉体にあるということだったが?」


「私は竹川大尉の意見には賛同できません」


 御調少尉は納得しかねる様子で答えた。


「エジプトだけではなく、復活信仰は世界各地で見られます。そして多くの場合、肉体の保存へ重点を置きます。大尉の説明通り、現世へ戻ってきたとき魂が入るべき肉体がなければ霊としてこの世を彷徨うことになるからです。逆説的に言うと、魂の乖離によって肉体が腐敗するからこそミイラのようなかかたちで残さざるを得ないのです」


「つまり、あれか。どうあがいても魂が肉体から離れたら腐る。だから腐っていないネシスの嬢ちゃんの身体は魂がある?」


「はい、その理解で問題ありません。ありませんが──」


 御調は竹川の全てを否定する気はないらしい。いつもの彼女なら、より明確に「違います」と断言するだろう。


「私自身も疑問には思っています」


 竹川が首を傾げた。


「と言うと?」


「ネシスから霊力が感じられません。仮死状態であっても、人間ならば幾分か霊力を放っているものです。まれにその漏出が多くなり、人の形をとるこもあります。市井で幽霊と呼ばれるものです。月鬼ならば我々の何倍も霊力を放つはずです。しかし今の彼女はほとんどそれがない」


「ほとんどということは、ゼロではないということかな?」


 竹川が確かめると、御調はためらいがちに肯いた。


「はい、恐らくは微弱すぎて私に感じられないのです。まるで今のネシスは置物のようです」


「こいつは慎重な判断が必要そうだ」


 六反田は立ち上がると室内を所在なく歩き始めた。一歩踏み出すごとに、誰にともなく思考を垂れ流しにしていく。


「嬢ちゃんの魂がどこにあるかで今後の行動が決まってくる。身体の中にあるなら、そいつをなんとかして引き出せばいい。一方で──」


 立ち止まり、会議テーブルの灰皿に煙草を押し付ける。


「もし竹川君の仮説が正しく、嬢ちゃんの魂がどこかへお出かけなら余計に厄介だぞ。そいつを探しに行かねばならんからな。おいご両人、魂とやらを探す手段を思いつけるか」


「内地から霊媒に長けた者を呼べれば、あるいは……魂の扱い慣れた魔導士ならばネシスを呼び戻すことができるかもしれません」


 どこか躊躇いがちに御調が口にする。


「ほう、心当たりがあるのかね? ああ御調君のお師匠様かな?」


「はい、ほかにも何人か心当たりがあります。でも時間がかかります。何しろ居場所が定かではありませんので……」


「なるほど、そいつは困ったね。まあいい。物は試しだ。宮内省へ頼んでみてくれ。さて、ほかに算段は?」


 先に首を振ったのは御調で、竹川が続いた。


「まあ、そうだろうな。そもそも全てが仮説で語られているのだから、無理もあるまい。よし議論は出尽くした。ここいらで第三者の意見も聞いてみようじゃないか」


「第三者ですか?」


 御調が訝し気に尋ねる。竹川も同じ疑問を抱いていた。


「いるだろう? 御調君と同様に魔導へ通じている士官がな。今は囚われのジョーカーだが、彼は西洋こちらの魔導体系を学んでいる。我々と違う切り口を提供してくれるかもしれんよ。それに聞くところによれば、ずいぶんと興味深い玩具を持っていたそうじゃないか」


 ようやく誰のことか御調は気が付いた。竹川はまだ要領を得ないようだった。


「それで、いまローン大尉はどこにいる?」


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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