喪失第一号(Lost No. 1) 3

【<大隅> 会議室】


「いや、参ったね」


 <大隅>の長椅子に腰を落ち着けると、六反田は備え付けのマッチを擦った。すぐに紫煙が立ち上る。


 竹川は所在なげに近くのパイプ椅子に腰かけていた。内心では換気をしたかった。煙草は嫌いではなかったが、どうにも息苦しかった。


「儀堂少佐はどうされるおつもりですか?」


 恐る恐る尋ねる。六反田は天井を見上げた。


「さあな。どうしたもんか」


 儀堂は第十三独立支隊の司令から降りると申し出ていた。六反田にとっては、全く想定外の事態だった。


「つまり、それほどまでにあの二人は深く繋がっていたわけだ」


 あの儀堂が、いくさよりも任務よりもネシスを選んだのだ。


「いや、むしろだからこそか。どの道、嬢ちゃん抜きではやりきれんしな。まあ、間違っちゃいない。間違っちゃいないが……」


 最後は誰にともなく小さく呟いていた。


 竹川は驚きを覚え、困惑した。少しして自分を驚かせた理由が分かった。この奇天烈な上官にも情があるとわかったからだ。そもそも、今の姿こそが本来の六反田なのかもしれない。


 月読機関に来て、それなりの月日を経ていたが、未だに竹川は六反田の人となりを掴みかねていた。今日、その片鱗を垣間見たような気がする。


「閣下は、儀堂少佐を随分とかっているのですね」


 確かめるように言う。彼の上官は上を向いたままだった。


「まあな。あいつは昔の俺によく似ている」


「それは……閣下も若い時分は物堅かったのでしょうか?」


 心外とばかりに六反田は顔を下ろした。


「何を言う。俺は昔から不真面目だった。見てくれだ。あれくらい引き締まって、それはまあ精悍で器量よしだったさ。通りを歩けば女どもの視線を一手にひきつけていた」


 いよいよコメントに困る。


「それは、まあ……」


 笑うべきか、聞き流すべきか、唐突に竹川は選択を迫られた。結局、その両方を取ろうとして失敗した。


「何と言いますか、その、羨ましい限りです」


 取り繕うのに失敗したかに思えた。しかし、当の本人は気にした様子はなかった。気まずい沈黙が訪れそうになったが、ドアのノックが全てを解消してくれた。


「失礼します」


 入ってきたのは御調少尉だった。


「おう、来たか。ちょっと、そこに座ってくれ」


 六反田は対面の一人掛けソファーを指した。言われるまま御調は腰を下ろすと、すぐに本題を切り出した。


「正直なところを聞きたい。お前さんにネシスの代わりが勤まるのかい?」


「遺憾ながら、それは不可能です」


 ほとんど即答だった。


「俺が何を聞くか、分かっていたな」


 六反田は口の端を曲げ、方眉をあげた。


「よし、では質問を変えよう。全部とは言わんよ。ごく一部、例えば<宵月>あのふねを少し持ち上げるくらいなら、貴様にもできるだろう?」


 念を押すようだった。


「30分程度なら……」


「十分だ」


 六反田は上機嫌に手をたたいた。御調はわけがわからなかった。


「私に何をさせるおつもりですか」


「難しいことじゃない。ちょっとした悪だくみに付き合ってもらうだけだ」


 嫌な予感しか覚えなかった。


「詳細は後で話そう。お前さんに聞いておきたいことが、まだある。ネシスの嬢ちゃんだが、あれは本当に死んだのか?」


 思わぬ問いかけに御調は言葉を失った。


「あの嬢ちゃんの身体を見たところ、奇麗なもんだった。俺が着くまでに随分と時が経ったはずだが、腐敗も進んでいない。儀堂君の報告を読んだが、いかなる蘇生措置も効果はなかった、そうだな?」


「おっしゃる通りです。我々も彼女の異常は気が付いていました」


「まあ、そうだろうな。さもなければ、ただの怠慢だ」


 六反田が来るまで、儀堂は御調と軍医に手段を問わず、ネシスの治療を行うように命じていた。しかしながら、その全てが無意味だった。電気ショックや薬物投与、魔導の治療を受け付けず、今に至っている。


「ネシスの脈は止まり、呼吸もしていません。生物学上は確かに死んでいます。しかし……彼女は月鬼です。我々の生物学上の死を、彼女に適用するのは疑問に思います」


「なるほど、表の論理じゃ納得できないってか」


 六反田は我が意を得たようだった。


「ではお前さんの分野、魔導とやらでどう解釈する?」


 御調は予め準備していたかのように続けた。


「肉体はたしかに死んでいますが、魂はまだ肉体から離れていない。自分はそのように考えます」


 六反田は怪訝そうに首を傾げた。傍で竹川が少し上体を前かがみにする。


「どういうことだ?」


「本来ならば魂は死後に肉体から離れます。あらゆる宗教、神話体系において、この原則は共通しています。生物学的には生命活動の不可逆的な停止を死と定義します。しかし魔導では同義ではありません。魂が肉体から離れなければ、例えどれほど肉体が損壊していようと死にはならないのです」


 竹川は手のひらを拳で打った。


「ああ、そうか。御調少尉、それは屍鬼グールのようなものかな?」


 御調は浅く頷いた。


「厳密には異なりますが、今はその解釈で問題ありません」


 グールはBM周辺で遭遇する魔獣の一種だった。元は人間で、それが死後に活動を再開、集団を形成して襲撃してくる。襲撃された人間もグールになり、その原理は解明されていない。


「グールですが肉体は腐り果てていますが、強制的に魂を固定していると思われます。ただ、その魂が肉体の所有者とは別物ではないかと私は考えています。話を戻しましょう。私はネシスの魂が肉体に留まっているため、完全には死に至っていないと考えています」


 六反田は椅子に身体を沈めると、腕組みをした。


「仮に、お前さんの言う通りだとして、ネシスの嬢ちゃんは蘇生できるのか」


 御調は顔を曇らせ、六反田は答えを察した。


「それは、わかりません。閣下がここに来るまで、私が知る魔導の術を試しましたが、効果はありませんでした。彼女の魂を呼び覚ますことができないのです。儀堂少佐にも話をしましたが、手の施しようがなく今に至っています」


「ははあ、だから儀堂君は艦を降りると言い出したわけか。それで、あいつに何か算段があるのかね?」


「わかりません。私もあの場では初めて知ったので……」


 うつむく御調に竹川は同情的な視線をなげかけた。一方の六反田はさもありなんと平然だった。


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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