喪失第一号(Lost No. 1) 2


【????】


 魔導機関ネシスの異変を聞いた直後、儀堂は艦橋から<宵月>の艦内を走り抜けていた。息を切らして、たどり着いた先に分厚い鉄扉があった。


 その先の惨状を覚悟しながら、彼は扉を開けた。


 直後、絶句し、呆然と佇む。


 目前が突然と開け、儀堂は伽藍とした空間に投げ出されていた。忘れもしない、帝国大学の安田講堂だった。振り向けば、鉄扉は消えている。ありえない事態だが、疑問に思わなかった。


 講堂内から椅子や机は撤去され、硬い床がむき出しになっていた。そこへ白い布や筵で包まれた不定形な塊が埋めつくすように並べられている。


 その塊の間を縫おうと、無言で足を踏み出した。途端、嗚咽と死臭がまとわりついてくる。


 乾いた足音をたてながら、一角に置かれた塊にたどり着く。いつもの光景だった。


 いつのまにか傍らに白衣の青年が佇んでいた。疲れ切った顔で白い布に手をかける。このあとで「お気の毒に」と彼は言う。


「どうぞ、お確かめください」


 いつもと台詞が違った。気づく間もなく、ヴェールが開かれる。


 かつて自分を慕ってくれた妹の半身、江田島へ行くとき見守ってくれた母の頭部が突きつけられるはずだった。


 しかし、そこにあったのは全身を鮮血に染めた少女だった。額から伸びた紅い角が冷たい輝きを放っている。


 夢だと儀堂は気が付いていた。


 取り返しのつかない後悔の傷痕、逃れようのない罪の証


 過ぎ去った現実の再現で、覚めても終わらない悪夢だ。


 無言のまま片膝をつき、顔を覗き込む。


「おい」


 血にまみれた鬼子へ問いかける。


「それでいいのか」


 何も鬼子は答えない。


「約束しただろう。それなのに……莫迦野郎が、こんな終わり方でいいのか。お前、ここで終わるのか」


 肩に手をかけ、抱き起こす。


「莫迦野郎! 許さない。断じて許さない。駄目だ。こんなのは駄目だろ! 俺はお前と……」


 そこで彼の肩に誰かが手をかけ、ゆさぶった。


「邪魔をするな」


 振り返りざまに睨みつけると、現実悪夢に引き戻された。



 初めに目にしたのは、息をのむ御調少尉だった。艦長室にいた儀堂を呼びに来たところだった。当の本人は椅子でうなされており、思わず揺り起こしたのだ。


「失礼しました……」


 かすれた声だった。そこで儀堂は自分が彼女を握りしめているのに気が付いた。人肌と小さな震えが伝わり、そっと放す。


「いや、すまない」


「お休みのところ、恐れ入ります。六反田少将がお越しです」


「わかった。魔導機関へ通してくれ。先に行って待っている」


「了解」


「それから──」


「はい?」


「ありがとう」


 少し御調の表情が和らいだ。


「いいえ」


 儀堂は立ち上がると、御調に続き部屋を出ようとした。途中、扉の前に立ち止まり、ベッドの片隅へ目をやった。


「どうかされました?」


「いや、なんでもない。行こう」


【<宵月> 魔導機関室】


 御調の案内で六反田と竹川は<宵月>の中枢へ足を運んでいた。途中、竹川が艦内あちこちへ目をやり、物珍しそうに観察した。その竹川を兵士たちが怪訝そうに見ている。士官にしてはあまりにも落ち着きがなかった。


「愉しそうだな」


 からかうように六反田が言うと、竹川は気まずそうに頭をかいた。


「すみません。物見遊山のつもりはないのですが、このフネは初めてなもので、つい──」


「学者の血が騒ぐか。まあ、わからんではもないがほどほどにしておけ。心配せんでも、この艦とは長い付き合いになる。士官らしい振る舞いを忘れんようにな」


「はあ……」


 そうこうするうちに一行は魔導機関室の前に立っていた。


 魔導機関室の分厚い扉を開けると、直立不動の儀堂がいた。六反田に続いて竹川、そして御調が入るや、耳障りな音を立てながら扉が閉め切られた。


「よお、久しぶりだな」


 無言の礼を儀堂は行い、六反田は軽く手を挙げた。


「それで状況は?」


 備え付けのパイプ椅子に腰を下ろし、六反田は尋ねた。背後の竹川が興味深そうに、|魔導機関《マギアコア》を見ていた。


 儀堂は立ったまま報告を始めた。


「ネシスを喪いました」


 簡潔に結論を述べ、現状に至るまでを漏らさずに辿っていく。


 儀堂がネシスの異常を知ったのは、禍津竜が弾け飛んだ後のことだった。飛行状態から着水後、すぐに御調から連絡があった。


 マギアコアから出されたネシスは全身から血が噴き出し、銀髪が紅く染まっていた。外傷によるものではなく、内臓の血管が破裂し、大量に吐血していたからだった。


「御調少尉と軍医によって、あらゆる蘇生措置を行いましたが、回復しませんでした」


 背後から御調が進み出た。いつのまにか書類の綴りを手にしていた。


「詳細をこちらに記録しました」


 御調から受け取り、六反田はパラパラとページをめくった。結論部分だけ目を通す。今回の不始末ついて、責任の一切は儀堂指揮官にあると明記されていた。


 六反田は綴りを閉じ、身を預け足を放り出した。背もたれが悲鳴を上げる。


「まあ、言ってしまえば我々は切り札を失ったわけだ」


 両手を後頭部へ組み、不動の儀堂へ視線を投げかける。


「で、どうする? 腹でも切るか?」


 意地悪く六反田が言うと、重い沈黙が室内を圧迫した。当事者の間で緊張の糸が張られる。


 固唾を飲んでいた竹川は、直感的に即興の査問と理解した。おそらく返答次第で、儀堂の司令職から更迭するつもりなのだ。


「命令でしょうか?」


 淡々と儀堂は聞き返した。


「いいや、提案さ」


 六反田は背もたれへ身を預けたまま、悠々と答えた。


「ならば、できません」


 首を振り、答えるまでに数分かかった。


「ほう、なぜだ? 理由を端的に言ってくれんか」


「小官が自決したところでネシスは元に戻りません」


「なら、どうするね? お前さんなりのけじめのつけ方を聞こうじゃないか」


「閣下の処断に従います」


「へえ、そう」


 六反田があからさまに失望の色を見せ、竹川は儀堂の更迭を確信した。当たらずとも遠からずだったが、ある意味で大きく裏切られた。


「しかし、自分としては──」


「なんだ?」


「ネシスを諦める気はありません。あいつを地獄から取り戻します。そのため司令職の任を解いてほしいのです」


「なるほどねえ。そうきたか」


 潮目が変わったと竹川は感じた。六反田と儀堂の間で張られた糸が消えつつあった。


「何か腹案があるのか」


「ありません」


 すがすがしいほどの開き直りだった。


「だからこそ、私は解任を申し出ているのです。あいつの目を覚まさせる方法を探しに行かねばなりません。恐らく、それは一戦隊の司令を片手間・・・でやるものではないでしょう」


「ま、そりゃそうだ」


 虚空を見上げ、彼の上官は頷いた。


「よかろう。貴官の意思は理解した。結論は追って伝える」


 立ち上がると六反田は部屋から出て行った。


「司令……」


 途切れるような問いかけに、儀堂は目を向けた。


「御調少尉、そういうことだから、よろしく頼む」


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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