死戦の地中海(Bloody Mediterranean sea)5

 突然海上に現れた化け物のせいで、戸張の飛行中隊はパニックになっていた。舌打ちして、周辺を飛び回る部下たちの回線へ無線を切り替える。


「いい加減にしやがれ。こんな化け物、今までさんざん見てきただろうが! それともお前ら学者様か何かか? こいつの正体や出所なんてどうでもいいんだよ。そんなことよりも、やるべきことがあるだろっ! <大隅>の退避を援護しろ! 化け物の変化があれば、すぐに伝えてやれ」


 一喝して黙らせたものの、無理はないと思う。


「BM? いやっ……ちげえな。なんなんだよ、こりゃあ……」


 <烈風>から眼下を見据えて、戸張は呟いた。悪い夢を見ているのかと思った。海面に規格外にでかい巨体が浮上してきたからだった。ざっと見たところ、全長2~3キロはありそうな化け物で、破裂寸前のザクロのようにパンパンに身体が膨らんでいた。


「畜生、どうしろってんだよ」


 半ば自棄になりながら、戸張はぼやいた。


 BMとの戦争は規格外の連続だったが、限度ってものがあるだろうに。あんなもの<烈風>の機関砲でどうにかできるはずがない。ド級戦艦を束にして主砲を叩き込むか、あるいは艦爆を数百機投入して、ようやく始末できるかどうか。


「こいつは、あの化け物か」


 海上を旋回するうちに戸張は気が付いた。はじめは正体がわからなかったが、<宵月ぎどう>を飲み込んだ竜に違いなかった。


 一転して戸張は期待に胸を膨らませた。


 傍から見ても化け物は苦し気で、ジタバタと短い手足で足掻いているようだった。体内で異常が起きたに違いなかった。戸張には原因の見当がついていた。


「儀堂の野郎、今度は何をやらかしやがった」


 戸張は儀堂の生存に疑問を持たなかった。きっと、いつも通りのしかめ面で碌でもない戦いを繰り広げているのだろう。


 操縦桿を倒し、機首を化け物の方に向ける。光学照準器から巨体がはみ出て見えた。


 眼下の敵はさらに膨張し続け、今にも破裂しそうだった。その昔、やらかした失敗を思い出す。ほんの出来心だった。ガキの頃、パンパンになった風船に針で突いたことがあった。あとで小春にギャンギャン泣かれ、親父にしこたま怒られた。


「あ……」


 いつの間にか、戸張は銃把を握りしめていた。何がなさしめたかはわからない。疲れすぎていたことは確かだ。この二十四時間で、戸張は空にいるほうが長かった。


 いずれにしろ<烈風>の発射機構は正しく動作した。



 禍津竜の腹の中では、悲鳴が木霊していた。


『おネぇがぃしマス』


『ねガィます』


『たぁスけぇテ』


『おねがぃ』


『チがぅ わるクなィ』


『やマぁて イめ やミェて やメて」』


 全方位から全力で命乞いがなされる。念話ではなく、禍津竜自身が発声していた。<宵月>の将兵は不愉快さとおぞましさで顔をしかめていた。聴こえているのは明らかに日本語だったが、脳みそが理解を拒否していた。


 しかし儀堂だけは違った。彼は禍津竜の恐怖を直に感じ、胸糞の悪さと怒りを滾らせていた。


 命ごいとは虫が良すぎる。ただそれ以上に腹立たしいのは、このクソ竜が人語を使いこなしていることだった。


──お前、これだけ話せたのなら聞こえていた・・・・・・よな。


 自分が食らった鬼や人間の断末魔が聞こえていたはずだ。当然のことながら、そいつがどういう気持ちで叫んでいたかも感じて分かっていただろう。


 さもなければ、こんなキレイな命乞いができようはずがなかった。


「つまり畜生のフリをしていたんだろう。ああ、お前は賢い。生き物としても俺たちよりも優れている。だが畜生よりも醜く、生き汚ない」


 喉頭式マイクに手をかける。


「ネシス、伝言を頼む。いま泣きわめいている奴にだ」


 少しあって、愉快そうに返事があった。


『かまわぬよ。言付かろう。申してみよ』


「ありがとう」


 短く一言だけ伝える。


「……以上だ」


 ネシスは咳き込みながら哄笑した。



「禍津よ? そろそろ終いにせぬか?」


 口元が逆さの三日月をかたちづくっていた。その端から幾筋も紅い雫が垂れている。


『ィやだ いやダ しにタくなィ』


 赤子に似た嘆きが脳内に木霊する。


「おお、そうか。死にたくないか。そうであろうなあ』


 血反吐を吐きながら、憐れみの言葉を投げつける。


「そうそう、おぬしに言付けがある。我が契約者からじゃ……とっととくたばれえ!」


 BMの輝きが増し、霊力が奔流となって全周囲に解き放たれた。行使している魔導は極めて単純で、体内の霊力をひたすらにBMに変換し拡張させるだけだった。しかし、その密度が桁違いに濃ゆかった。


 マギアコアの覗き窓の向こう側から、御調が近づいてくるのが見えた。ようやくネシスの急変に気が付いたらしい。


「来るな」


 紅く染まった視界から御調を睨みつける。途端に動きを止まった。苦し気に御調はマギアコアに手をかけたが、力が入らなかった。一瞬にして、御調は身体の自由を奪われていた。


「ネシス、あなた──」


 御調は懸命に艦内電話に手を伸ばした。目前で何が起きようとしているのか、儀堂に伝えるべきだと思った。しかし、その前に破局が訪れた。


 禍津竜の代謝が臨界に達する。溢れる霊力を消費しようと竜の身体は急激に成長していった。大量の霊力を注がれ、おまけにBMで圧迫される。這い虫のような禍津竜の身体は、歪な青白い球体に変貌してしまった。


 ひたすらに身体をBMに合わせていくも、膨張へ成長が追いつかなくなっていく。


 ついに表面が薄皮一枚になったとき、<烈風戸張>の機関砲が貫いた。


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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