死戦の地中海(Bloody Mediterranean sea)2

 ゆらりゆらりと迫る触手、それらをネシスも捉えていた。


「欲しかろう?」


 <宵月>に迫る触手の群れへネシスは蠱惑的に囁いた。


「はっ」


 乾いた笑いから一転して表情を消し、声音が冷たくなっていく。


「まったく風情のない。戯れの間すら待てぬとは……貪食にもほどがある」


 ネシスの魔導が発現し、<宵月>の周囲に五角形の方陣が展開される。


 方陣は一つだけではなく、幾重にも巡らされ、次々と<宵月>の全周をドーム状に取り囲んだ。


 浮島で吸収した五つの幼鬼、その霊気が体内を濁流のように流れ、巡っていった。


 気が付けば、限りなく球体に近い五角形の三十二面体に<宵月>が包まれていた。


「さて、細工は流々仕上げを御覧あれ」


 五角形の方陣全てが紅く輝き、魔導が発現される。各方陣は共通の方式で構成されていた。


 機能は単純だった。


 体内の霊力をエネルギーに変換、瞬間的に放射する。人類の技術に照らし合わせるのならば、噴式発動機ジェットエンジンや火炎放射に近い現象だ。


 方陣のサイズが小さければ、エネルギーの光弾を発射し敵を貫通できる。あるいは出力を調整し、放射範囲を広く取れば衝撃波を放つことも出来た。逆に出力を弱めて、味方を治癒することも可能だ。


 言ってしまえば、大変に使い勝手の良い陣だった。


 ところが、今ネシスが展開してる方陣のサイズは遥かに巨大で、その数はおびただし過ぎる。


 これほどの規模を一気に発動させるには、とうてい月鬼一人の霊力では事足りなかった。


 しかしネシスには浮島で吸収した幼鬼たちの霊力が宿っている。ネシスを含め六鬼分の霊力を放射すれば、さぞや大威力になるだろう。


「されど、それでも食い足りぬ。そうであろう? 禍津よ」


 全ての霊力をエネルギーに変換しても禍津竜を打ち倒せるか確信はなかった。普通の魔導では倒せぬ相手だ。


──大祓の陣も内にいては詮無きことよ。


 大祓は祓う対象を囲わなければ意味がない。禍津竜のことだ。祓った先から魂を吸収してしまうだろう。


 時間をかけず、確実に殲滅するほかなかった。ネシスが知る限り、大祓以外に該当する魔導は存在しない。


「ならば作ってしまうほかないではないか」


 妙に機嫌が良くなった。未知の領域への期待と不安によって、心が二分されている。


 常識を捨て、前例を囚われず、重ねて覚悟も決めておく。


 ネシスがいた元の世界では、確かに為す術がなかった。禍津竜は封じるものであって、倒すことは想定されていない。


 しかし、ここは地球だ。魔導ではなく科学が発達した世界だった。ネシスは儀堂と過ごし、<宵月>を駆使する中で地球の知識を身に着けていた。


 その中には魔導へ応用可能な概念も含まれている。


「知っておるや」


 誰にともなくネシスは言った。外側の方陣とは別に、体内に方陣を形成していく。形状は外側と同じで、五角形で構成された三十二面体が胸に出来上がった。多面体の中には、さらに高密度の球体が入っていた。


 身体が異様に火照り出した。だいたい体内に方陣を宿すこと自体、異物を混入させているのと同じことなのだ。ましてや、外側にも同時に方陣を展開している。陣を展開する身体の負担は相当なものだ。


「この世界には、街ほどの獣を一瞬で消し飛ばす武器があるのじゃ」


 確かシカゴとかいう街だ。そこでネシスは月獣に変異した同胞と戦った。


 月獣は数百メートルの体長で、通常兵器はまるで役に立たなかった。


 しかし些細な偶然と奇跡の巡り合わせが、儀堂たちに合衆国の秘密兵器をもたらした。インプロ―ジョン方式の反応爆弾だ。


 ネシスたちは魔導と反応爆弾を組み合わせることで、月獣を始末していた。


 月獣の直下で反応爆弾が作動した瞬間、ネシスの魔導で密閉空間を展開。爆発範囲を限定し、月獣を熱波の檻で焼き殺したのだった。


「あのとき妾は爆轟の原理を得た。小さな粒を刹那に潰せば、とてつもない力を得られるようじゃ」


 シカゴで戦ったとき、ネシスは結界で核爆発を封じ込めた。そのとき核分裂の原理を感覚的に体得していた。原理がわかっているのならば、それを再現することも可能だ。


 体内の方陣、三十二面体に囲まれたコアの球体が圧縮され、極限まで小さくなる。もし物理学者がいれば、すぐに気が付いただろう。


 爆縮レンズだ。今のネシスが構成しているのは、その魔導版だった。そして中心にあるのは核はプルトニウムの代わりに生成した高密度霊子だった。


「あの爆轟を今こそ試すときであろう。どうじゃ、一興であろう?」


 深く息を吸い込むと、ネシスは体内と<宵月>の方陣を接続、同期させた。


 体内の三十二面体が、<宵月>の三十二面体に共鳴し、導線が繋がっていく。


 あとは最高の時機タイミングで起動するだけだった。迫りくる触手の嵐を眼前に捉え、ネシスは喉を鳴らした。


「ほれ、来るがよい」


 魔導機関の中で、ネシスは囁く。


「妾はきっと美味いぞ。好きなだけ、食らわしてやろう」


 触手の先端が<宵月>の方陣に到達した。


「ならば喰らえ。遺さず平らげよ」


 体内の三十二面体から衝撃波が生じ、内側の核に向けて同時に叩きつけられた。衝撃によって霊子が崩壊し、次々と連鎖的にエネルギーに変換され、全方位に増幅していく。


 ネシスはおろか<宵月>ごと蒸発しかねない威力だ。しかし、いずれも無事だった。


 体内で行き場を失ったエネルギーは結界を経由し、<宵月>を取り囲む三十二面体へ送り込まれる。もたらせれた結果は単純だ。


 TNT換算にして20キロトン。


 反応爆弾に匹敵する爆発が放出される。


 <宵月>を囲む三十二面体が輝きを放ち、高熱の衝撃波が全方位を嘗めていく。瞬く間に触手の群れが焼き払われた


 竜の虚空で燃えるような月が生まれた。


 それは黒い月ブラック・ムーンではなく、紅い太陽レッド・サンと称するべきだった。


「……ああああああああああああああ!」


 こらえきれずネシスは声を上げた。


 爆発は結界を通じて、外へ逃がされている。結界はネシスに紐づいているため、その威力を全身に浴びせられていた。


 終わらないグラウンドゼロに立ちづけるようなものだった。


 反応爆弾ならば核物質の分裂が終わることで、爆発も収束する。しかしネシスが組んだ方陣は、ネシスが止めない限り爆発し続ける。


 その間、太陽に等しい熱に体内から焼き続けられることになる。


「……同胞はらからの恥辱、全てを焼き払ってくれる」


 業火に焼かれながら、ネシスは爆心であり続けた。彼女ができる唯一の償いだった。


◇========◇

twitter(@BinaryTheater)で各話の挿絵をランダムで公開中。

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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