海獣(cetus) 17

「やはり魔導具でしたか」


 奇妙なカメラを前にして、御調は微動だにしなかった。一向に刀を降ろす気配もなかったので、ローンはわざとらしく狼狽してみせた。


「おいおい私は白状したんだ。早くこの物騒なもののを下げてくれないか?」


 しばらく沈黙が続いた後で、ゆっくりと刀が下ろされる。しかし鞘には納められなかった。ローンは少し鼻白みつつも文句は言わなかった。主導権がない今、何を言っても空々しい。


「それをこちらへ」


 近くの作業机が指さされた。直接受け取るつもりはないらしい。さすがと言うべきか、懸命な判断だった。正体不明の魔導具に手を触れるなど、まともな魔導士ならば避けようとするだろう。いったいどんな呪いトラップが仕掛けてあるかわかったものではない。


 机の上にカメラを置くと、ローンは数歩遠ざかった。すかさず御調は細長い紙を取り出し、カメラへ貼り付けた。短冊のようだとローンは思った。細長い紙には崩し文字と図形が描かれていた。日本の魔導の一種だろうが、ローンには正体がわからなかった。


「安心したまえ、変な小細工はしていないよ。それの機能は極めて単純なんだ」


 得意げにローンは続けた。


「とある霊媒師スピリチュアリストから譲り受けた・・・・片眼が入っている」


 くぐもった嗤い声が銀の筒から響いてきた。


『おぬしは運に恵まれたようじゃ。なかなかに趣深い玩具ではないか。おぬしの命脈が延長されたぞ』


「それは実に喜ばしい」


 ローンの笑みが引きつった。下手にもったいぶるのは得策ではなさそうだ。儀堂や御調のような軍人ならば、手荒なことはしないだろう。しかし目前にいるのは月鬼だ。連中はジュネーブ条約を批准していない。


「そいつの使い方について話そう」


 咳払いで自身を落ち着ける。


「イビルシャッターは過去の映し出すカメラだ。元となった霊媒師の能力でね。彼女は物体や空間に記憶された過去を視ること出来たのさ」


「つまり、あなたはそのカメラで竜の記憶を──」


 御調が言葉を飲んでいるのがわかった。ローンが何をしていたのか、感づいたのだろう。


「少し違うかな。私はこのカメラで空間の記憶を撮った。それが外へ出た目的だ。竜の体内を望むなんて、こんな機会は滅多にないからね。それに何よりも──」


 良い淀んだが素直に白状することにした。今さら何を躊躇うのだ。


「このイビルシャッターを使えば、ここからを脱出できる。すまないが、少尉、この細長い紙を取ってくれないか。どうせ結界の類だろう。このままじゃ、カメラを起動することは出来ない」


 躊躇する御調にネシスが太鼓判を押した。


『かまわぬ。そやつの言う通りにするがよい。何かあれば、妾が手ずから首をはねよう』


「……いいでしょう」


 御調が護符をはがすとローンはカメラの背面を操作した。


 途端に背面が開かれる。そこへ懐から取り出した、小さな厚紙を挟む。再び背面を閉じると、背部で歯車の回る金属音が響き渡り、やがて仄かな紫色の光が放たれた。


「さて、答え合わせと行こうかオープン・アイズ


 光が収まった後で再び背面が開く。取り出されたのは総天然色カラーの写真だった。ローンは写真を手に取ると、ネシスにも見えるように掲げた。


「色付きの写真……」


 御調が物珍しそうに呟いた。魔導具よりもカラー写真の方に関心があるようだった。


「これは合衆国と共同開発されたものさ。普通のカメラでも使えるフィルムでね。お嬢さん、よければ一枚お撮りしましょう」


 気障な言い回しで御調の顔つきが能面となった。


「けっこうです。それよりも……この写真、まさか──」


 ローンの写真には集落の情景が映っていた。茅葺屋根の住居が立ち並び、とことなくノスタルジックな思いが呼び起こされる。それでいて絶対的に異質な存在だった。


 写真には集落とともに住民らしき数人の少女が映っていたが、その全員に角が生えていた。


「それについては私よりも適任な解説役がいる」


 ローンは意味ありげに銀色の筒へ視線を注いだ。


『……ローンとやら、大儀である』


 少し前と打って変わり、ネシスの声は厳かトーンへ変わっていた。


「恐悦至極。光栄の至りです」


 皮肉に聞こえないよう、細心の注意でローンは返した。


『ギドーよ、道が拓けたぞ』


 ローンと御調の三半規管が<宵月>の回頭を告げていた。やや右に傾いた感覚があった。取り舵をとったのだろうか。


『聞くが、なにゆえ馬脚を現したのじゃ?』


 ネシスの尋問は終わっていなかった。


「ここで死にたくなかったんですよ」


 ローンはボヤいた。再び銀の筒から嗤いが零れ出た。


『おぬし道化になり損ねたわけじゃな』


 全てを語る前に、ネシスはローンの企みを看破してしまった。


「ええ、まったくその通りです」


 涼しい顔で肯定したが、内心でローンはネシスの洞察に度肝を抜かれていた。理解から取り残され、御調が首を傾げる。


「どういうことですか」


「莫迦なガイジンの振りをして、それとなくこの写真を君らの上官に渡そうと思った。君やネシス嬢はともかく、儀堂司令や興津副長は魔導に疎いだろうからね。だからイチかバチか賭けに出た。イビルシャッターならば過去の記憶を遡って捉えられる。私はすぐに気が付いたんだ。ここが亡霊で溢れていることに……」


 さすがに御調でも気が付いた。


「それはつまり、あなたは──」


 答える代わりにローンはイビルシャッターを手にした。


「こいつに使われた魔眼は私の母のものだ。そう、私も同じ能力を持っている」


「やはり……」


 御調が再び刀を構えようとした。せっかちな娘だとローンは思った。ローンの魔眼で<宵月>の機密を読み取られたと思ったのだろう。


「安心したまえ。認めたくないが、私の能力は高くないのさ。さもなければ道具に頼らないよ。君も魔導士なら、言っていることの意味はわかるだろう」


『ミツギよ、そろそろ刀を収めよ。そやつの言う通りじゃ。ギドーも妾に同意しておる』


「……了解」


 儀堂に免じて、御調は刀を鞘にしまった。


◇========◇

twitter(@BinaryTheater)で各話の挿絵をランダムで公開中。

毎週月曜に投稿。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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