百鬼夜行(Wild Hunt) 21
【特務輸送船<大隅>】
音の衝撃に頭蓋骨が横殴りにされる。駐退機が下がると同時に巨大な薬筒が吐き出された。
鋼鉄のマウスの中で、小春は朦朧とした意識を必死に引き留めていた。漂う空気は硝煙と排ガスで淀んで、呼吸が苦痛で仕方がない。少し前にガスマスクを手渡されたが、余計に息がつまりそうなり、着けていられなかった。
もちろん
「装填完了!」
「ユナモ、次を頼む!」
「右さんど、上へ少し……まだ、まだ……そこ」
「撃て!」
再び音の暴力に、小春は殴打された。耳当てをしていても、鼓膜がじりじりと痛んだ。本郷が指揮するマウスは驚異的な発射速度で、砲撃を行っていた。練度の高さも要因の一つだったが、それ以上にユナモの
ユナモの魔導は砲弾の重量と装填手の負担を軽減した。普段は重量挙げに等しい装填作業が、夢かと思うほど容易になっている。
装填手が砲弾を片手に、もう片方で薬筒を抱えて手際よく装填を済ませてしまう。その顔つきは普段と変わらず、穏やかですらあった。射手や無線手も同様で、わずかに眉を潜ませるくらいだった。見上げれば、指揮官の本郷が
奇妙な感覚に小春は囚われた。これまで小春は戦闘に参加したことがなかった。戦災に見舞われはしたが、それは戦闘とは全く別の次元の話だった。銃後の彼女にとって、戦争とは街が焼かれ、隣人が亡くなることだった。
──これが普通なんだ。
たった今、小春は戦争を認知した。どこか遠くで行われた特別な出来事ではない。
記録映画に映っていたのは、勇ましい軍人さんたちばかりだった。兄の戸張から戦場の話を聞いていたが、彼女の兄は決して暗い話はしなかった。そして儀堂も多くは語らなかった。
内地にいた頃は自分が知らないだけで、もっと悲惨な一面があるのだろうと思い込んでいた。実際のところ一面の事実ではあるが、それは戦場の全てではない。
戦場の大半は日常と続いている。数時間前まで談笑していた兵士が、今では何食わぬ顔で破壊行為に従事している。自分だって例外ではなかった。少し前まで小春の悩みは連れてきた竜をどう宥めるかだった。それが今では戦車に乗り込み、騒音と呼吸困難に苦しめられている。覚悟をする猶予すらなく、戦いに飲み込まれている。
弾薬庫を見た装填手が小さく舌打ちをした。
「部隊長! あと榴弾三発で看板です!」
「いったん下がりますかぁ!?」
射手が枯れた声を張り上げた。
「いいや! 手の空いているものに持ってこさせよう! 格納庫に繋いでくれ! 中村中尉がいるはずだから!」
「了解!」
無線手が忙しなく、ダイヤルを回した。
「あ! 中村中尉! 部隊長がありったけの榴弾を! そうです! すぐに!!」
足元の怒鳴り声を聞きながら、本郷は双眼鏡を海に向けた。相変わらず<大隅>の探照灯が海上を照らし続けている。光の帯はひときわ大きき燃え盛る海面へ伸びていた。
<大隅>に迫るガレー船団の大半が、火災に見舞われていた。いずれも戸張大尉とシロの戦果だった。おかげで夜中でも照準に苦労せずに済んだ。
海上に現れたガレー船団の半数は炭化するまで燃えつくされるか、榴弾で木っ端微塵になるか、いずれかの運命を辿っていた。
──残り……9、いや8隻か。
マウスの榴弾が、新たに1隻を吹き飛ばした。
戦況は優勢に見えたが、残念ながら追い詰められつつあったのは<大隅>の方だった。本郷は気が付いていた。少し前から戸張大尉とシロの動きが不活発になっている。盛大に火炎放射を放つことなく、途切れ途切れに火炎を放っていた。
「戸張大尉に繋いでくれ!」
無線手に伝える。嫌な予感があった。
『こちら戸張、どうしかしました?』
「ひょっとして君ら、そろそろ限界なんじゃないか」
『ありゃ……わかります?』
「うん。戻ったほうが良い」
戸張は本郷の指揮下にないため、命令は出来なかった。
『でも、あと少し──ああ、いや、戻ります。コイツもさっきから妙に怯みやがって……キレの悪いションベンみてえな炎しか出ねえみたいなんで』
「ああ、まあそうだね」
足元では小春が凄まじい顔つきだった。兄が何を言ったか、すべて無線の耳当てから筒抜けになっている。
戸張との交信が終わると同時に、マウスが最後の榴弾を放った。格納庫から中村中尉が新たな砲弾を持ってくるまで、ガレー船団は野放しになるだろう。
本郷は浮いているマストの数を数えた。
──7隻か……。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
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