百鬼夜行(Wild Hunt) 22

 <大隅>の艦橋から、戦場を望むのは難しかった。島型ではなく、飛行甲板の直下、しかも前方に配置されているためだ。それでも逼迫した状況は手に取るように把握できた。


 対水上電探に映る七つの光点が動き出したことがわかった。戸張大尉とシロが帰還し、マウスの本郷中佐は弾薬を補充している最中だった。攻撃が中断したことで、ガレー船団の動きが活発になったのだ。


 電探の光点を見つめながら、嘉内は思案した。


 怪異となったガレー船団は、再び味方の輸送船団を目指していた。速力は徐々に増してつつあった。これまで計測記録では、最大で20ノット以上は出している。


 <大隅>は面舵を取り、交戦距離を取ったばかりだった。あまり近づきすぎると、ガレー船の衝角攻撃を受ける恐れがあったからだ。妥当な判断ではあった。飛行甲板に鎮座するマウスへ弾薬が行き渡ったところで、再度反転すれば良い。


 問題は、その間に敵船団が目の前を通り過ぎてしまうところだった。


 所要時間は10分ほど。


 しかし、その間に敵船団との距離は一気に開いてしまうだろう。増速したところで、追いつくまで時間は要する。その後で照準、捕捉、撃滅する。


 1時間、あるいはもっとかかるかもしれれない。本郷中佐はよくやっているが、榴弾で木造怪異を吹き飛ばすのは、骨の折れる仕事だった。


 そもそも<大隅>はよくやっている。そう思ってもよかった。初めに現れた15隻の怪異ガレーを撃破し、増援の船団も半壊させている。誰の目から見ても明らかな大戦果だった。仮に取り逃したところで、後ろ指をさされることはないだろう。


 たかだか7隻のぼろ船だ。


 通り過ぎたところで、味方船団に追いつけるとは限らない。


──だが、気に食わん。


 嘉内は海図台へ目を向けた。屈みこんで、じっとコンパスを当てる部下がいる。


「航海長、敵船団との交差針路を出してくれ。可能な限り、正確に」


 問われた八木がコンパスと鉛筆を駆使し、薄く線を仮引きした。


「さっと……2ふた1ひとまるというところですね」


「よろしい。面舵いっぱい。針路210」


 続いて増速するように機関へ命じる。


『発艦準備ですか』


 怪訝そうに機関大尉が返してくる。


「違う」


 短く否定すると、嘉内は切った。


 電探上では七つの光点の向きが変わったように見えている。それぞれがレーダー波の中心、<大隅>へ向かいつつあった。実際の事象は真逆だった。近づいているのは<大隅>の方だった。


「あいつらか……」


 嘉内は双眼鏡を右方向に掲げた。うすぼんやりとした青白い光が左斜め前にいた。



 <大隅>の急な針路変更は小さな不幸インシデントをもたらした。


 戸張大尉がシロとともに着艦する寸前に、<大隅>は面舵を切ったのだ。


 本来ならば着艦前に無線誘導の要請と指示があるべきだったが、肝心の戸張が連絡を入れなかったのだ。<大隅>の対空電探はシロの影を捉えていたが、あまりにも進入速度が速かったため、よもや着艦しようとは考えていなかった。


 戸張は、シロを高空からグライダーのように降下させながら着艦しようとした。直感で、そのほうが生還できると思った。


 低空飛行ではシロの羽ばたく回数が多くなり、体力を激しく消耗させてしまう。今のシロには到底無理な相談だった。何しろ口から炎ではなく泡を吹き、小刻みに震えている。


 戸張の目論見通り、戦闘海域から<大隅>に辿り着くことは出来た。だが誤算が二つあった。ひとつは思ったように減速できなかったことだった。もっとも、これは仕方がないことだった。戸張ひとが考える減速と、シロが考える減速では尺度が違う。ざっと3倍の開きがあった。


 もう一つは先述した<大隅>の変針だった。これらが合わさった結果、シロは急角度で着艦、オーバーランした。


「だああああっく!!!」


 悲鳴とも怒号ともつかない、意味不明な奇声を戸張は上げた。


 シロは甲板に爪をめり込ませながら、エリマキトカゲのように突進していくと、艦首の直前で止まった。


「あああああ!!!」


 身体を固定したベルトがちぎれ、戸張は甲板から投げ出されそうになった。かろうじて手綱を握りしめて耐えるも、体勢を崩し、ついに前のめりに転げ落ちてしまった。


「シロ、下がれ! 下がれ!」


 シロの首にぶら下がりながら、戸張は必死に叫んだ。シロは気だるげに鳴くと、三歩ほど下がり、その場でへたり込んでしまった。


「あぶねええええええ!!!」


 甲板端から数十センチ手前に足を降ろすと、戸張も座り込んで動けなくなった。足ががくついてしまい、立ち上がるのも難儀しそうだ。


「ド畜生の大莫迦野郎めっ!! 急に針路を変えてんじゃねえ!!!」


 すぐ下にいる嘉内に向かって、戸張は怒鳴った。元はと言えば、戸張が着艦の連絡を出さなかったのが原因のはずだったが、そんなことは知ったことではなかった。


「何考えて……!」


 すぐ前方を過ろうとする、青白い塊が視界に入った。まさかとは思ったが、それ以外には考えられなかった。


 艦首の下側から凄まじい破壊音が木霊し、艦首から直下型の振動がへたり込んだ下半身へ伝わる。落雷のような破裂音と強烈な軋み音が合わさり、木造の悲鳴が響き渡る。


「嘉内さん、やるじゃねえか……」


 両耳を塞ぎながら、戸張は半笑いを漏らした。


 この日、<大隅>は日本海軍としては初めて衝角攻撃ラミングを成功させた。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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