百鬼夜行(Wild Hunt) 14

【戦艦<ヴァリアント>】


 ジブラルタルを発した輸送船団―MW31船団―は、最大の危機に瀕していた。護衛戦力は奮戦しているが、脅威を振り払いきれていなかった。


 砲声が暗夜を震わせる。


 戦艦<ヴァリアント>が5斉射目の砲撃を行ったところだった。15インチ38.1センチ連装砲から火炎が吐き出され、8発の徹甲弾が夜空を飛翔していく。


 交戦距離は、とうの昔に十五マイルを切っていた。このままいけば、十数秒後に暗闇の向こうで敵艦隊は鋼鉄の洗礼を浴びることになるはずだった。


 艦橋で椅子に腰を深く落ち着かせながら、ウィッペルは目を細くした。十数マイル先で行われる破壊行為に思いをはせる。


 窓から望める景色は、ほの暗い海原に占められていたが、その一部がぼんやりと松明のように赤く輝いていた。つい先ほど敵戦艦に突っ込んだ駆逐艦<ターター>の灯火ともしびだった。恐らく乗員の生存は絶望的だろう。


『……3、2、1、弾着インパクト


 スピーカー越しに事務的な口調が艦橋内に響き渡る。<ヴァリアント>の砲術長だった。


「当たったな?」


 ウィッペルは満足そうに呟いた。敵艦から放たれている赤色の輝きに新たな光点が加わったのが見えた。


「ええ、ようやくです」


 艦長のロバート・ハイタワー大佐が肯いた。初の命中弾だ。言葉の裏から安堵の兆しが漏れていた。なかなか命中弾を出せず、無意識のうちに焦っていたのかもしれない。


 ウィッペルはハイタワーのいる方向へ顔を向けた。赤色灯に照らされた表情は良く見えなかったが、明るいものではなさそうだった。


「セント・アンドリュース、11番コースを思い出す」


 世界最古のゴルフコースを引き合いにウィッペルは言った。


「夜戦、レーダー頼りの射撃だ。ジーン・サラゼンでもない限り、初弾で敵艦へのホールイワンは難しかろうよ」


「32年でしたか……全英オープンジ・オープンチャンピオンシップで彼が優勝したのは?」


 ハイタワーが首を傾げた。ポーツマスの新聞で見た記憶があった。あの頃にはキャリア・グランドスラムを達成していたはずだった。


「そう、それだ。いつの日か、あのアメリカ人が再びコースに立つ日を見たいものだ」


 1860年から続く最古のゴルフトーナメントは数年に渡り開かれていなかった。世界中が戦争に忙しいからだ。


「ええ、まったく……」


 本音を言えばハイタワーはゴルフに興味がなかった。付け加えるとアメリカ人も好きではなかった。嫌いになる過去があったわけではない。単に馬が合わないだけだ。


 一連のやり取りでハイタワーはウィッペルに気遣われたことを悟っていた。せめてもの礼に何か気の利いたことを言おうと考えたときだった。


 <ヴァリアント>の針路上の近くに巨大な水柱が立ったのが見えた。間髪入れずに破裂音が響き、窓が揺れ、<ヴァリアント>が小刻みに震える。敵弾が飛来したのだ。


「はっ、お互いパッティンググリーンに乗ったところか」


 堀の深い双眸をぎょろつかせ、ウィッペルは言った。


「スコアなら、まだこちらのほうに分がありますよ」


 ハイタワーは、こともなげに言い返した。ウィッペルの表情は良く見えなかったが、悪い顔はしていないだろう。


「<サフォーク>が戦闘を開始しました」


 暗闇から幕僚の一人が報せてきた。重巡洋艦<サーフォーク>は怪異艦隊に必要以上に肉薄しようとしている。無謀な判断ではなかった。相手に戦艦がいるならば射程外アウトレンジから一方的に叩かれてしまう。


「<サフォーク>に打電。後続艦に気をつけろ。あまり近づきすぎるな」


 ウィッペルは<サフォーク>の行動を理解していたが、あえて釘を刺した。敵の能力が全て明らかでないうちに貴重な高速艦をリスクに晒したくなかったのだ。


 レーダー員が敵艦発砲を伝えてきた。ほぼ同時に軽巡洋艦<エイジャックス>と<アキリーズ>から連絡が入る。二隻とも<サフォーク>の合流まで30分近くかかるそうだった。<ヴァリアント>とは真反対の方向から駆け付けているため、やたらと時間がかかっている。


「ところで、<マイソール>はどうなっている?」


 思い出したように尋ねる。記憶が正しければ、まだ沈んでいなかったはずだ。


「未だ戦闘中です」


 ハイタワーが答えた。


「きっと酷いことになっているでしょうが、足は止まっていません」


「わかった。<サフォーク>よりも<マイソール>を支援してやるよう、<エイジャックス>と<アキリーズ>に伝えてくれ」


 ウィッペルが命じた十数秒後に<ヴァリアント>の前方へ敵弾が落下した。弾着の衝撃で水柱が立ち上る。艦橋の窓が派手に揺れ、今度も至近弾であることがわかった。夾叉されるのも時間の問題だろう。


「パーで終わりたいものですが、ぜいたくな相談でしょうな」


 自嘲気味にハイタワーが言った。


「仕方あるまい。なにしろ相手は化け物ボギーなのだから」


 <ヴァリアント>の主砲が六打目を放った。このコースの規定打数は誰にも分らなかった。それが判明する瞬間は、片方が沈んだ時に違いない。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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