百鬼夜行(Wild Hunt) 13

「ざまあみろぉ!」


 紅蓮に染まる地中海上を旋回しながら戸張はぶちまけた。肩で息をしつつ、戦果を確認する。見渡す限り、彼らが燃やすべき敵は大半いなくなっていた。


「やったな、おいシロ! 俺たちはやったぞ!」


 腕をまくって時計を見れば、発艦してから1時間ほど経過しつつある。シロの体力を考えてみても、そろそろ潮時のように感じた時だった。


『戸張大尉……』


 思案している戸張の鼓膜を、嘉内少佐の低い声が震わせた。戸張は応答すべきかどうか悩んだ。明らかに怒っている。大空の鉄火場で説教を食らいたくはなかった。


『戸張大尉、聞こえているのはわかっている。この回線は本郷少佐から教えてもらった。いいから早く出ろ』


 戸張はシロを空中停止させた。観念し、応答ボタンを押す。


「こちら戸張」


『おお、よかった。ついに振り落とされたかと思っていたぞ』


 嘉内は冗談めかして言った。


「そりゃあ、どうも」


『安心しろ。君の莫迦げた行動フライトを責めるつもりはない。それは後回しだ。端的に言う。こちらの電探から大半の反応が消えた。君の目で、そこの状況を伝えてくれ。そこなら明るいだろう?』


「ああ……幽霊船のご一行なら海の藻屑になりましたぜ。あと2、3隻が以前として南西へ針路をとっていますがね。だけど少佐が知りたいのは、こんなことじゃないでしょう?」


『その通りだ。敵怪異の詳細を知りたい。見たままに私へ伝えろ』


 戸張は自身が見たままの状況を伝えた。火炎による攻撃は限定的であり、砲撃との連携が有効であったこと、全てが木造で甲板に古風な砲を備えていること、そして何らかの力で自力航行していたこと。


『砲があるのか?』


 訝し気に聞き返される。


「ええ、それが何か?」


 戸張にとっては、大半の船は砲を備えているものだった。


『砲を備えたガレー船……どんな砲だ?』


 戸張はつい数十分前の光景を脳裏で再生させた。あれは、どこぞの史跡でしかお目にかかれないような前装式の大砲だった。


「関ケ原で使われていそうなやつです」


『関ケ原? 東軍、西軍のあれか?』


「あれです。あんまり大きくないやつですよ。どちらかと言えば大筒ってところですかね」


 大雑把だが的確な報告だった。


『八木大尉、そうだ。海図を見せてくれ。はっ、レパントの亡霊とはよく言ったものだな。戸張大尉、私はとても嫌なことに気が付いたぞ』


「なんだってんです?」


『敵はオスマントルコ帝国海軍、その残骸だ』


「はあ? トルコが裏切ってことですか?」


『違う。数百年前のトルコ海軍だ。かつてレパントの海域でキリスト教国とトルコが一戦を交えた。結果はオスマンの大敗さ……』


「はあ……」


 面白くなさそうに戸張は応えた。彼は歴史学が苦手だった。過去よりも今に生きる男だった。彼にとって今は戦場にあって、オスマン何某どうでもよかった。もう無線を切ろうかと思ったとき、嘉内が史実を告げた。


『戸張大尉、レパントの海戦では双方合わせて30隻以上の船が沈んでいる。君の目の前には何隻いた?』


「ああ、それは……」


 戸張は、記憶を手繰り寄せた。最初の一撃で3隻やっつけて、次に本郷少佐が2隻ほど木っ端に返したはずだ。それで、俺とあの人の協同で……。


「ざっと十五隻ってところですかねえ」


 自棄になったかのように彼は言い放つと、相手の返信を待った。嘉内が言わんとすることに気が付いたのだった。嘉内の無線を受信すると、無線機の耳あての向こうが騒がしくなっているのがわかった。


 対水上電探がどうのこうのとか、新たな反応がやら、聞きたくない単語が大行進で鼓膜を震わせる。


『戸張大尉、電探に新たな反応を捉えた。方角は君らから見て、北東だ。まだ正体は不明だが──』


「もう見えていますよ。嘉内少佐、あなたの予感通りです」


『……わかった』


 ぼんやり青白い光を放つ塊が遠くにあった。本当に見るだけならば綺麗なのだが。


「まあ、やることはひとつでしょう?」


『君らは、まだ飛べるのか?』


「飛べる限りは飛びますよ。俺たちはそういうものです。あなたならわかるでしょう」


『そうだな。野暮なことを言った。そうしてくれ。ただし帰還はしろ。君の後任を探すのは苦労しそうだ』


「はは、そりゃそうだ」


 戸張は無線を斬ると、手綱を軽く一振りした。


「シロ、もうひと仕事だ」


 咆哮とともに白い翼が夜空を切った。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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