百鬼夜行(Wild Hunt) 12


 3度目の火炎放射・・・・を行わせると、戸張はシロを空中停止ホバリングさせた。


「畜生、埒が明かねえな」


 舌打ちとともに、戸張はぼやいた。その拍子にせき込んでしまう。海上から立ち上る煙を吸い込んでしまったのだ。


 眼下には、壮絶な炎の海原が広がっていた。油槽船オイラーでも爆発したかのような、有様だったが、全ては彼のまたがる竜によって実現されていた。


 放射開始から5隻のガレー船を火だるまにしている。そのうち3隻は焼け崩れ、行動不能になっていた。しかしながら、残り2隻は未だに航行を止めていない。木造とはいえ、燃え尽きるまで時間がかかるのだ。それに中途半端に壊すと逆に沈みにくくなるのもわかった。


 戸張はゴーグルを額に上げると、眉間に皺を寄せた。


 さきほど盛大に燃やしたガレー船が半壊し、海に没した。しかし海面下にいたのは束の間で、再び浮上してくる。海中でシロの炎はかき消されていた。


「こりゃ対地噴進弾で、粉微塵にするしかねえか。なあシロ、どうするよ?」


 相棒の太い首を軽く叩いた。シロは不満そうな鳴き声で答えてきた。


「まあ、そう急くなって。お前だって莫迦じゃねえんだ。このまま燃やし尽くすのは無理だってわかるだろう?」


 低いうなり声が返される。


「わかっている。だから、考えているんだ」


 甲高い鳴き声。


「ああん? 無駄だって、どういう意味だ。お前、俺を莫迦にするなよ。おれだって江田島の海兵を出てんだからな。頭はいいんだ」


 戸張は適当にシロと会話を続けながら、海上を観察していた。傍から聞くと意思疎通できているようだが、実際のところはいい加減なものだった。戸張もシロもお互いの言語を、なんとなく・・・・・でしか理解していない。


 海上では、また一隻が海に没しようとしていた。見たところ、船体は原型を保っているので、また浮上してくるだろう。またやり直しかと思ったとき、船体中央部で爆発が生じた。


 戸張は一瞬目を見張ったが、何が起きたのかすぐにわかった。マウスが放った榴弾が炸裂したからだった。ガレー船は炎を纏ったまま、真っ二つに沈んでいった。こいつは轟沈判定となるのだろうか。


 我に返り、<大隅>へ目を向けると同時に無線が入った。


『戸張大尉、僕だ。本郷だ』


「景気よく吹き飛ばしてくれましたね」


『すまない。君の戦果を奪ったのなら、許してくれ』


「いやあ、ありゃあ、俺たちだけじゃあ無理でしたわ」


 不満げな鳴き声が前方から響いた。無線越しにくぐもった笑い声が聞こえる。


『実は、こっちも苦戦していてね』


 マウスの榴弾だけでは、ガレーの船体を砕くまで時間がかかった。


『協同しよう。君らが焼いた船を僕らが叩く。引き受けてくれるかな?』


「もちろん、お安い御用ですぜ。派手に的を燃やしてやりますよ」


『有り難い。<大隅>に近いやつから頼む』


「了解」


 戸張は軽くシロの胴を蹴った。


「シロ、作戦変更だ」


 手綱を引くと同時に、シロの咆哮が轟く。純白の翼を広げ、左旋回をとりながら、ゆっくりと滑空する。狙いは<大隅>の前方を遷移する一隻のガレー船だった。その針路を塞ぐように飛行し、船首側で空中停止する。潮の香りが戸張の鼻腔に充満した。今の高度は、ざっと30メートルほどだろうか。


「よぉし、良い塩梅だ。シロ、やっちまえ」


 紅蓮の炎が視界を開き、熱波が頬を打った。たちまち、ガレー船は炎に包まれていく。シロは十秒近く火炎を吐き続け、船体の木材を炭素に変えていった。強度が十分に落ちたところで、とどめの榴弾が彼方より飛来する。


 マウスの榴弾は船腹を貫き、フジツボや甲殻類にまみれた船底をぶち抜いたところで信管を作動させた。破裂した砲弾によって破孔が生じる。ぎしぎしと歪な音を立てながら、マストが折れ、地中海の亡霊が沈んでいく。


「こちら戸張、命中確認。効果十分と認む」


『本郷、了解。目標変更す。次は君たちから見て、3時方向にいる船だ』


「了解! シロ、こっちだ」


 戸張は右手で手綱を引いた。シロは高度を維持しつつ、針路を変更した。すぐに次の目標を捉える。今度は右舷に停止し、火炎を吐きださせた。たちまち、海上に禍々しい松明が灯される。


 胸がすくほどにガレー船は良く燃えたが、物足りなさを感じなくもなかった。とどのつまり、これは一方的な蹂躙であって、命のやり取りではない。戦闘以前の作業だった。


──やはり、俺には空戦があっている。


 シロはどうだろうか。こいつのなりに戦いの美学たるものがあるのかと思案する。闘争本能のようなものはあるようだが……。


 ふいのことだった。燃え盛る甲板上で、筒状の物体が蠢くのが見えた。確信はなかったが、直感が戸張に危機を告げた。


「シロ! 上れ!」


 胴体を大きくける。シロの羽ばたきとともに、すぐに数メートル高度が加算された。


 直後、火薬の弾ける音が響き、甲板から何かが放たれた。


「ふざけてんのか!」


 額から冷や汗を垂らしながら、戸張は正体を確かめる。眼下で遠ざかる船の甲板には古風な―それこそ博物館でしかみられない―前装式の大砲が精いっぱいの仰角をとっていた。


 ガレー船の大砲は、なおも戸張たちを指向しようとした。機構的に不可能だった。なにしろ対空戦闘の概念がない時代に造られた代物だ。やがて、マウスの砲撃によって物理的にも反撃は不可能となった。


「危ねえところだった……」


 ばらばらになった船体を見ながら、戸張は額の汗をぬぐった。


『戸張大尉、何があった? 大丈夫か』


 本郷が強い口調で尋ねてきた。


「ご心配なく。ちょっと対空砲火を喰らいかけただけなんで」


 戸張は見たままを本郷に話した。


『なるほど、横須賀でも<アリゾナ>の武装は動作していたらしいからね』


「はっ、アメさんの戦艦に比べれば、屁でもないですよ」


『わかった。とにかく気を付けてくれ』


「了解。終わり」


 むやみに空中停止は使わないほうが良さそうだった。少し面倒だが、低速で水平飛行しつつ、じっくり燃やしてやろう。


 すぐに攻撃方針を変えると、戸張とシロは戦闘を継続した。


 数十分後、本郷との協同により、怪異艦隊の大半は海底へ帰された。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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