百鬼夜行(Wild Hunt) 11

 突如、海面に上がった篝火は<大隅>の甲板上からも臨むことが出来た。


「派手にやったなぁ」


 展望塔キューポラから上半身を出したまま、ぼやくように本郷は言った。本郷は首に下げた双眼鏡を顔にあてがい、倍率を調整する。


 ぼんやりとだが、海に浮かぶマストの群れが見えた。ジブラルタルの記録フィルムで見た通り、古代のガレー船団だ。


 ぞっとするほどに幻想的な眺めだったが、残念なことに奴らは敵だった。


「ホンゴー、どうするの」


 車内からユナモのくぐもった声が聞こえてきた。


「まだ少し遠いね」


 敵集団との相対距離は10キロ以上の開きがあった。


 マウスの12.8センチ砲の射程は2キロほど。敵船団まだもう少し近づく必要があった。<大隅>は北西から北へ回頭しながら、敵集団の針路を塞ぐように動いていた。


 すでに速度は15ノットを維持している。いざとなれば第一戦速で逃げ切るつもりだった。必要なのは時間稼ぎであって、刺し違えることではない。


 まもなく敵集団がマウスの射程に入った。


「よし、やろう」


 もはや双眼鏡は必要なかった。シロの放った火に照らされ、幽鬼のように漂うガレー艦隊が見えた。外の光景を網膜に焼き付けながら、本郷は車内の乗員へ告げた。


「これより敵怪異を攻撃する」


 砲手と装填手二名がうなずく。三人とも北米以来の長い付き合いだった。あのボッティンオーで竜と戦ったときも一緒にいた。


 本郷は新たに加わったセーラー服の女子を見た。


「ごめんね、小春ちゃん」


 小春はユナモを砲手の席で抱きかかえていた。本来は正規の兵士が座っているはずだが、今はユナモと小春専用の席だった。いつもユナモは車体前部の操縦手の席にいたが、今日に限っては砲手としてマウスに乗っていた。


「私は大丈夫です。その、本当にここに座っていていいんですか」


 二人に席を取られた砲手を気遣いながら、小春は言った。


「ああ、気にせんでええよ」


「そうそう、どの道うちらは座る余裕なんてありませんから」


「お嬢さん、布で口を覆っときな。燃焼ガスは慣れるまできついぜ」


 笑いながら砲手と装填手たちが言うと、本郷は苦笑した。


「彼が言った通り、口を覆って方が良いよ。適当な布がなければ僕の手ぬぐいを貸そう」


 小春は丁寧に断ると、セーラー服のスカーフを口に巻いた。


「いい感じだ。少し窮屈だけど、小春ちゃんがユナモと一緒にいてくれて助かるよ。ユナモだけじゃ、照準器を覗けないからね」


 小春のひざに乗ったユナモが照準器に顔を近づけた。


「ホンゴー、はじめていい?」


 上目遣いにユナモが聞くと、本郷は肯いた。


「うん、頼むよ。一番近い敵から順にね。シロが燃やしているのは避けて。まだ無事な奴から狙おう」


「わかった。右ににど、上にじゅうど……」


 ユナモの指示に従い、砲手がマウスの旋回ハンドルを回す。


「ホンゴー、あの船の大きさはどれくらい?」


「大きいので50メートル、小さいので30メートルくらいかな」


「わかった」


 照準器に映った大きさから、距離を割り出そうとしているのだろう。<宵月>と違い、マウスには魔導機関が搭載されていない。暗視装置もなかった。頼りにできるのはユナモの視覚だけだ。月鬼は夜目が効き、赤外線も感知できる。恐らく本郷のような人類とは全く異なった景色が広がっているのだろう。


「ちょっと右、とまって。少し下……あ、撃って」


 小さな鈴のような掛け声の直後、火薬が爆ぜる。小春は思わずびくりと身体を震わせた。


「いっつ……!」


 両耳を手で押さえたことで、燃焼ガスを吸い込んでしまった。咳き込む小春をよそに、装填手が二人がかりで巨大な砲弾を入れ替える。


「だいじょうぶ?」


 けろりとした顔でユナモが小春に尋ねる。


「だ、大丈夫、大丈夫だから! ありがとう」


 口元のスカーフをきつく縛りながら小春は言った。兵隊さんって、こんなに大変なんだと素朴な感想を抱く。


 足元が騒ぎになっている中で、本郷は戦果を確認していた。ユナモが狙った船は<大隅>の針路から見て二時方向にあった。装填された砲弾は榴弾で、非装甲の車両や歩兵支援に用いられるものだった。着弾と同時に破裂し、破片で敵に損害を与える。


 一隻のガレー船、その衝角が吹き飛ばされたのが見えた。


「よし、命中だ! ユナモ、えらいぞ」


 本郷は砲塔内に聴こえるように大声で言った。そのまま降りて、ユナモの頭を撫でる。


「ホンゴー、じゃま。敵がみえない」


 ユナモは迷惑そうに首をいやいやした。


「あ、ごめん」


 本郷は少し傷ついた顔で展望塔へ戻っていった。


「あーあ。ユナモちゃん、ご機嫌ななめか」


「いやあ、今のは隊長が悪いですぜ」


「再装填完了」


「わかった、わかったよ。ユナモ、次も頼む。同じ船を撃ってくれ」


 衝角を吹き飛ばされたガレー船が未だに航行していた。一、二発の榴弾では足を止めることは出来なさそうだ。


「完膚なきまでに粉砕しよう」


「うん、わかった。左へむけて……もっと早く…あ、そこ、撃っていいよ」


 小春は耳を塞いだ。


 マウスが咆哮するたびに、ガレー船のどこかしらが破壊され、原型すらわからないほどの破片へ変換されていった。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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