百鬼夜行(Wild Hunt) 10
ゴーグルごしに見る空の景色は、いつもと違い大味だった。
戸張は夜間飛行の訓練を受けていたが、実戦で飛んだのは数えるほどしかなかった。ましてや、竜にまたがって飛ぶなど想定外でしかなかった。
「かぁ! 寒い!」
風防も何もない剥き出しの身体に、夜風が容赦なく叩きつけられた。飛行服の下に着こめるだけ着こんできたが、それでも寒さは身に染みてくる。加えて体勢もやや窮屈で慣れるまで時間がかかりそうだった。シロの鞍から振り落とされないために、ベルトとハーネスで身体を固定しているからだった。飛行規程では脱出用のパラシュートを携行しなければいけなかったが、そんなものを積む余裕はない。文字通り、シロと一蓮托生だった。
幸いなことにシロは良い子だった。何も指示しなくとも、胴にまたがる戸張を気遣ってくれている。言葉は通じなかったが、戸張にはわかった。
シロは緩やかに、高度一千メートルまで上昇していった。
「よおし、シロ。ここまでだ。待機!」
戸張は両腕で手綱を引き、携行式の無線機でシロに命じる。儀堂の携行しているタイプと方式は同じだが、充電池が大型化し、肩から背負わなければならなかった。
手綱と無線音声の組み合わせ、シロは正しく命令を理解した。一声鳴くと、羽ばたきを大きくして空中停止する。初めてにしては上々だ。
夜風からシロの合成風力が差し引かれ、少しだけ寒さが和らぐ。戸張は鞍から身体を起こすとゴーグルを額へ上げた。ようやく周囲を確認することが出来た。
眼下には月光に照らされた地中海が、どこまでも広がっている。
少しだけ今が夜であるのが惜しかった。昼間ならば、さぞ気持ちのよい眺めだったろう。航空機では味わえない剥き身の俯瞰図だった。
まず<大隅>の現在位置を確認しようとしたとき、海上に数条の光の帯が交差するのが見えた。<大隅>の探照灯だ。
「へえ、ありがてえ。道行きを示してくれるってか。あの艦長、意外と気が利くじゃねえか」
能天気に戸張は言った。嘉内が聞いたら、恐らく微妙な表情を浮かべるだろう。
シロが長い首を後ろに向け、焦れたように鳴き声をあげる。
「わかってる、わかってる」
戸張は懐からコンパスを取り出すと、移動する
シロに方向指示を出そうとして、戸張は右の口角を上げた。
「なあんだ。お前、わかってんじゃねえか」
すでに彼の相棒は北東へ頭を向けていた。ゴーグルを装着する。
「じゃあ、いっちょ行きますかぁ! シロ、発進! 急げよ!」
戸張が手綱で軽く首を叩くと同時に、シロは翼を閉じた。偉そうに跨っている主に言われるまでもなく、彼女は急発進した。
「ばっか野郎!」
加速によるGへ耐えながら、嬉しそうに戸張は罵倒した。素知らぬ顔でシロは重力の加速を受けながら、急降下を続けた。まもなく目標はすぐに見えた。
敵集団はぼろぼろのマストを掲げ、朽ち果てた船体を海からのぞかせていた。
「あれが噂の幽霊船団か……」
有り難いことに敵集団は僅かに光を放っていた。原理は分からない。あるいは怪異特有の現象なのかもしれなかった。仄かに青白く光り、見る者をぞっとさせる空気を漂わせていた。しかし、空を征く者には全く効果がなかった。
──良く燃えそうだな
怪異艦隊を見た戸張の第一印象だった。続いて彼は自分の印象が正しいか、確かめたくなった。「シロ、降下。放射用意」
手綱を二回軽く叩き、さらにシロを降下させる。何の迷いなくシロは従った。ガレー船の群れに対して、主と似たような印象を抱いたのかもしれない。
シロは海面すれすれ─目測にして高度30メートル─まで一気に降下すると、翼を全開にして水平飛行に移った。
ちょうど雷撃機が魚雷を投下するときと同じような飛行体勢だった。マストの森が迫る中で、戸張は奇妙なほど落ち着いた気分になっていた。時間にして数秒しかなかったが、やるべきことは少なかった。すでに準備は完了している。
「射て」
戸張のゴーグルが
断続的にシロは火炎放射を行うと、飛行針路上が眩い火炎に包まれていった。息を飲むほどに、綺麗な破壊の奇跡だった。
ひとたび火炎を浴びるただけで、船全体に火災は広がり容易に鎮火しなかった。シロの災は異常なほどにしぶとく、強風を耐え、波しぶきを蒸発させた。アメーバのように張り付き、腐りかけの船体を消し炭に変えていく。
原理としては、とても簡単だった。数百年前のビザンツ帝国で用いられ、現代では火炎放射器でも取り入られている機構だ。粘着性の可燃剤を吹き付け、着火する。ただそれだけのことだった。ドラゴンの吐き出す体液は、ゲル化したガソリンと似た性質を持っている。それらを肺から空気とともに吐き出し、着火することで地獄の業火を作り出すことが出来た。
怪異艦隊をフライパスしながら、シロは海上に即席の松明を掲げていった。最初の攻撃で、彼らは3隻の船を炎上させた。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
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