百鬼夜行(Wild Hunt) 9
本郷が飛行甲板へ至ると、先客が翼を広げて待っていた。
「君らは何をやっているんだ?」
「え! いや! これから! こいつと派手に暴れてやろうかなって!」
戸張がシロにまたがったまま大声で答えた。<大隅>は船足を増したのか、横殴りの風に声がかき消されそうだった。
「中佐こそ、そんな物騒なもん引き連れてどうしたんですか?」
戸張はシロともども歯をむき出しにして尋ねた。
本郷はマウスの
「僕は、これから露払いの手伝いをするところだ」
マウスは仄かに紅い光を放っていた。ユナモの魔導が発動し、重量が操作されていたのだ。さもなくば、マウスの履帯が甲板をぶち抜いていただろう。
「へえ、そいつは景気がいい。でも、こんな夜中に当たるんですかい?」
戸張は首を捻った。すると展望塔からユナモが頭をのぞかせた。
「わたしが見るから、だいじょうぶ」
「あらら! そいつは頼もしい限りだ」
戸張の表情はよくわからなかったが、おそらく大口を開けて笑っているのだろう。シロの背後から華奢な人影が現れるのが見え、本郷へ向かって駆けてきた。
「本郷さん!」
小春が苦々しい顔で本郷へ懇願してきた。その腕には小型の無線機を抱えている。
「どうか、うちの莫迦兄貴を止めてください!」
兄の暴挙を止められず、いやいやながらついてきたらしい。
「おいおい! 迷惑だろうが!」
硬質な足音が飛行甲板を震わせ、戸張がシロをマウスの前まで連れてきた。よく見ればシロの頭部には小型の無線機がつけられていた。かつてキールケ・リッテルハイムが小春に託したものだった。
「迷惑は兄貴のほうでしょ。整備兵の皆さんを脅して! 無理やり甲板に上げたくせに!」
「仕方ねえだろ! こいつが飛びたかったんだから!」
「シロのせいにしない!」
「なに大丈夫だって、心配するな」
「何がどう大丈夫なのよ!」
「ああ、もう、ごちゃごちゃうるせえな」
戸張は飛行帽ごしに頭をかいた。
「だって……」
小声でうつむく小春に、戸張はバツの悪い顔で答えた。
「あのなあ、やれることは全部やるのが戦争だぜ。そりゃ無謀は百も承知だが、そんなものはこれまで腐るほど味わってきたのよ。だいたい──」
小春が乗っている船を沈ませるわけにはいかなかった。真夜中の漂流者に待ち受けるのは、圧倒的な絶望と恐怖だ。戸張には経験があった。
「とにかく譲れねえから。なにかあったら無線で助けを呼ぶわ、そんときは頼んだぜ」
「……わかった」
しぶしぶながら小春は肯いた。
「ちょうど、よかった。本郷中佐、いざとなったら頼めますか? あなたとユナモちゃんなら、まあ何かあっても生き残るでしょう?」
けろりと戸張は問いかけた。本郷は苦笑しつつも、肯いた。
「かまわないよ。君が帰還するまで、小春ちゃんは僕が守ろう。さあ小春ちゃん、来なさい」
本郷は展望塔から身を乗り出すと、小春を砲塔まで引き上げた。
「さあ、ここに入りなさい。すまないけど、少し狭いよ」
「……ありがとうございます」
小春は借りてきた猫のように、大人しくマウスの砲塔内に潜り込んだ。
「よっしゃ、じゃあ中佐、お先に……!」
「行先はわかるのかね?」
「それは、こいつが知っていますよ!」
戸張が、シロの首筋を叩く。月夜の地中海に咆哮が木霊し、白い翼が飛び立った。遠ざかる一翼を見送ると、本郷は再び展望塔に身を潜めた。
「さて、僕らも始めるか」
◇
<大隅>の対水上レーダーが迫りくる敵集団と遠ざかる輸送船団を捉えていた。<大隅>から北東の光点が敵集団で、南西が輸送船だった。
増援が来る見込みはあった。少なくとも輸送船団の南側―アフリカ大陸より─をカバーしている水上部隊が無傷だ。ただし、彼女ら到着するのは少なくとも30分以上先だろう。その間は、<大隅>だけで耐え忍ばなけれなばらない。
「探照灯の使用を許可する」
艦橋で嘉内は思い切った決断をした。夜間戦闘に自ら光を発するなど、自殺志願者に等しいがやむを得なかった。<大隅>に備えられた高角砲は電探と連動していない。予算の都合がつかなかず、目視照準でしか敵を撃てなかった。電探と連動できる高射装置は、次回の改装まで待つ必要があった。
海面上を眩い光の束が複数交差していく。
「どうせ点けても点けなくとも、こちらの位置は把握されているだろうさ」
実際のところ、嘉内の言う通りだった。敵集団が三日月状に包囲してくるのが、PPIスコープに映し出されている。おかげで、輸送船団が逃げ切るまで時間は稼げそうだった。代わりに<大隅>は酷い目にあうだろうが。
八木が複雑な顔で近づいてきた。
「どうした?」
「艦長、格納庫の整備兵からです。戸張大尉とドラゴンが……」
頭上で竜の咆哮が木霊した。
「またか……」
おおよそを悟ったつもりで嘉内はぼやいたが、実は何もわかっていなかったと思い知らされる。
「ドラゴンに跨って、
うちの部隊は指揮官含め、どいつもこいつも破天荒が過ぎる。自身を棚に上げ、嘉内はこめかみを押さえた。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
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